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黄昏のガンダルヴァ  作者: 猫弾正
第3章 Z_275年 牛を買い付ける話

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03_55 道を選ぶ

 ……前哨の砦は、赤い炎に包まれていた。もはやオークの大軍の王国中原への侵攻を留める手段は、尽きていた。君たちは、クエストに失敗したのだ。


 淡々と読み上げる声に、テーブルに崩れ落ちた面々から「ふああー」などと気の抜けたうめき声が洩れた。

「十面ダイスを二度振って、6以下が一度でも出れば砦の防衛は成功します」

 最後の局面。PCの代表が八十四%を外したのが致命傷であった。


「むしろ、このタイミングでゾロ目出す方が……」

「もう呪われてるレベルだろ……」一同の視線が、サイコロを振った当のPCへと集まる。本人は両手で顔を覆いながら、机に突っ伏したまま微動だにしない。


「……別動隊に戦力を割きすぎた」

「増援を阻むのに呪文と回復薬、使い過ぎて……」

 敗因を分析する者もいれば、気持ちが収まらずに今回のGMスタンフィールド氏に文句を言うものもいるが、サブマスターが、終わったクエストの資料と戦力分布を見せられる部分を開示すると、六~七割でプレイヤー側にも勝ち目があったので、しぶしぶと納得する。


 魔法と斥候技術を駆使して増援を悉く遮断したにも関わらず、パーティーは敗北した。しかし、壊滅した訳ではない。今、一同の行っているのはTRPG。キャラクターは成長するし、いずれは捲土重来の機会も巡ってくるだろう。


「これ、次のクエストどうなるんだ? 王国はもう壊滅寸前ってこと?」僧侶役が尋ねる。GMは苦笑しつつ、手元のシナリオをめくる。そして、ニヤリと意味深な笑みを浮かべた。

「――さて。君たちは、燃え盛る砦を背に、敗残兵として逃げ延びることになる……」テーブルに張り詰める緊張感。絶望的な戦況からの生還、そして次なる選択肢に、一同はごくりと息をのんだ。敗北したとはいえ、まだ物語は終わらない。GM、スタンフィールド氏はシナリオをめくり、ゆっくりと顔を上げた。


「生き残った王国兵の数は、元の半数以下。物資も乏しく、次に進むべき道も険しい。だが、ここで諦めるわけにはいかない……王都に伝令を送るか、それとも近隣の砦で立て直すか。選択の時だ」

「いや、待ってくれ。まずは確認させてくれ」戦士役のプレイヤーが手を上げる。

「俺たちが撤退するとして……オーク軍はどこまで侵攻する? もう王都は危ないのか?」ドルイドが鳥の使い魔を使えるレベルに達しているので、近隣であればある程度の戦況は把握する能力をPTは持っていた。GMは苦笑し、準備していた戦況ボードを開く。

「オークの大軍は、砦陥落と同時に前進を開始。君たちの撤退ルートに沿って、いくつかの村も襲われるだろう」

「マジか……」


「しかし、すぐに王都へなだれ込むわけではない。前哨の砦を落としたとはいえ、王国側もまだ本軍を温存している。問題は――」GMの視線がプレイヤーたちを見渡す。

「――君たちがどう動くか、だ」一同は顔を見合わせる。敗北の悔しさを噛みしめつつも、まだできることはある。王都への伝令か、別の砦への逃亡か、それとも……

「よし、もう一度作戦を立て直そう」戦士役のプレイヤーが気を取り直したように言った。物語はまだ続いていくが、機械式時計が時刻を知らせる

「……おっと」GMスタンフィールド氏が時計をちらりと見て、肩をすくめる。

「どうやら、続きは次のセッションになりそうだな」


 幾人かは不満げな声が漏れる。物語の続きが気になるが、もう夜も更けていた。「まあ、次回までに作戦を考えておいてくれ。撤退ルートの選択が次の展開を大きく左右するんだ。王都に伝令を送るにせよ、近隣の砦で立て直すにせよ……君たちの判断次第だぞ」GMの言葉に、プレイヤーたちはそれぞれ考え込む。敗北からの逆転の可能性を探る者、次の戦略を練る者、無念そうにサイコロを握りしめて祈るもの。

 代表である女騎士役は、まだ放心している。「次は絶対、勝とうぜ」戦士役のプレイヤーの言葉に、幾人かは頷いた。物語はまだ続くのだ――次回のセッションを待ちながら。


「次回までに辺境から王都方面へと脱出させたい、それぞれの知人のNPCにチェックを入れておいてくれ」スタンフィールド氏は、コンピューターの前に置かれた紙を示した。

「Aが100%。Bが90%。Cが75%で無条件救出成功判定になる。なお、この判定に限って、致命的失敗ファンブルは存在せず、失敗しても、自力での脱出判定と成功判定を行う」

 長く続けてるキャンペーンなのでNPCのリストも膨大だった。

「ええと、今のリソースで。

 馬車の数で+3で……途中の伝手で+7

 Aが10人、Bが15人、Cが25人?」盗賊役のPCが用紙を見ながら、首を傾げた。

「この後ろのチェックは?」


「騎士階級や土地に根付いた農民は脱出するよう説得しないと駄目だから。

 で、失敗した場合、時間浪費するので、枠を一つ消耗します」GMの台詞に誰かが呻いた。

「……うへぁ」

「コンピューターで一斉に判定するんで」説明しているGMに「あー、この巻物を手に入れた新しい呪文。ファイアーボール、覚えられる?」魔法使い役が尋ねる。

「集中力-2の疲労判定で始めるけど、急いで覚えたってことにしていいよ」

「じゃあ、次回は、再来週の――」

 サイコロやフィギュアを片付けながら、PCたちが予定を調整し始める。


「あー、再来週か。畑の手入れが。土起こししないと」エルフ役の愚痴に「うちも、牛が欲しいんだが」スタイリッシュな盗賊役をしている肥満した副保安官が呟いている。


「人数、揃わんなぁ、別のゲームやる?」「隊商がボードゲーム仕入れてきたな」春開けには、様々な商品が大型居留地の市場へともたらされるものだ。新しい映画のフィルムやデーターなどがもたらされるのも、この時期であった。

「隊長に勧められたんだが、この間の映画を見たか?」「銀行強盗のやつか。終盤の銃撃戦が凄かったな」「あれは、参考にならんよ。ライフル弾が幾らでも手に入った時代の……」市に雇われてる傭兵隊長がやたらと布教しているらしい映画から、治安の話へと移っていく。

「強盗団が都市の銀行を襲って……手配書が廻ってきたな」「うちの町の銀行を襲うやつはおらんだろ。紙幣が地元でしか使えないし」強盗に襲われるとしたら、広域通貨を貯め込んでる両替商などが標的になるだろう。つまり、市民スタンフィールド氏の邸宅である。住人三人のうち二人は銃の名手で、巨大な変異犬が三匹も飼われている。加えて頑丈な石壁に鉄格子の嵌まった窓で、スタンフィールド邸は殆んど要塞めいている。それでも来客の誰もが、何かしらの武装を携えているのは、危険な時代を生きる人々の嗜みであった。


 黄昏の時代(トワイライトエイジ)には、時間配分や過ごし方も色々と独特の慣習が生まれている。大勢で集まっていた方が安心できるので、休日には誰かの家に集まる事も多かった。特に余暇と電気の明かりを持て余した裕福な市民は、怪物が彷徨う夜間を頑丈な家で過ごし、警備隊が動き始める日中になったら家路について眠りに落ちる昼夜逆転を行いがちだった。夜に警戒するのは、防御の薄い貧しい人々も同じで、うつらうつらと夜明けまで耐え忍んでから、昼間は陽の光の下で安眠を貪るのだ。電気を使える大型居留地では、音楽を掛けて、夜通し若者らが踊り狂う施設も存在している。


 ポレシャは比較的に安全な居留地だが、それでも怪物や強盗と言う要素は、常に生活に暗い影を落としている。特に春先は新参者の移住者が多く、中には不埒ものも混ざっているので、油断できない時期であった。菓子を摘まみ、お茶を飲みながら、夜明けまではのんびり過ごすつもりの一同だったが、不意打ちのように扉がノックされる。副保安官が、摘まんでいた茶菓子を喉に詰まらせて、小さく鳥のような咳を、ケケッと二、三度繰り返した。


 壁の近くにいた者たちは素早く拳銃を引き抜いたり、ライフルを手に取った。壁に近い椅子で編み物をしていた未亡人のエンブリー婦人が、強盗を警戒して、扉越しにそっと尋ねた。

「……どちら様?」扉ののぞき窓からいきなり撃たれないよう、鏡越しで見る工夫がされている。頑丈な石壁越しにぼそぼそと話してから、エンブリー婦人が戸惑ったように振り返った。

「ええ、と。お乞食さんかしら?多分、マルグリットさんに会いたいんだと思うけど……」

 魔法使い役のプレイヤーが、やはり首を傾げながら「……私に?」と立ち上がった。




 ※※※※




 例え、防壁内の市民区画であっても、日が落ちてからの来客は異例の事だった。

 肥満した副保安官は、来客を見て頷いていたが、事情通だけあって、何時ものように何かしら耳に挟んでいたのだろう。マギーは、スタンフィールド氏に断って、空いてる部屋のテーブルと椅子を貸してもらった。

「ジーナといいます。ジーナ・クレイ。牧者をしていました」二十代半ばの女性は、そう名乗った。牧者たちの好む機能的で分厚い装束だが、薄汚れて所々が解れており、苦しい生活が垣間見える。


「失礼。いまは、廃墟で生活しているので」顔を赤らめた女性は、失業中、乃至は、求職中と言ったところか。数年前の巨大蟻の侵攻で、ポレシャは畜産と牧畜に甚大な被害を受けて、今、なお回復しきっていない。他所へと流れた牧者もいるが、しかし、居留地の牧畜業の回復を夢見ながら、耐え忍ぶことを選んだ者たちも、それなりの人数がいて、恐らくはジーナもその一員なのだとマギーは見当をつけた。

「先々週。議事堂でお会いしましたね」とマギーが言うと、牧者のジーナ・クレイは、頷いた。マギーには同名の知り合いジーナがいるのでややこしい。牧者のジーナさんと呼ぼう。


 ジーナが手紙を差し出してきた。マギーは宛名を見て、眉を上げてから内容を一瞥した。雑貨店の爺さんからの紹介状。どういう繋がりだろう。

「……あの爺さんも、無茶ぶりばかりする」呟いてから、マギーは向き直ると、口を開いた。「取りあえずは、お話を伺いましょう」


「ご存じのように、私は。私たちは、牛の買い付けを居留地から請け負いました。護衛と案内を引き受けていただけないでしょうか?」牧者のジーナ・クレイが切り出した。

 少し考えてから、マギーは「なぜ、わたしに?」と慎重に尋ねてみた。

「あ、あなたは腕利きの行商人で、案内人だと聞きました」と牧者のジーナさんが告げる。

 誰から聞いたのかしらん?思いつつ、考えを整理したマギーは割に合わないと遠回しに断る事にした。

「ポレシャだけでも、私より上と思える行商人が四人はいます。もっと経験を積んでいる行商人も、もっと稼いでいる者もいます。一度も盗賊に捕まってない者もいるし、人数を集めて強力な隊商を編成している者もいる」

 牧者のジーナさんは、力なく首を振った。

「グラハム・バートンは、すでに他の人と組んでいます。ヴァル・ドレイクとニコラス・カフマンには、危険な賭けをする気にはなれないと断られました」

 マギーは頷いた。老グラハム『狐』なら、抜け目なく有能な相棒を捕まえているだろう。百戦錬磨の老商人だ。人を見る目に関しては、ずば抜けている。


 ヴァル・ドレイク『キャプテン』は元々、隊商を編成するのに充分な時間と手間暇を掛ける男だ。積み荷の割に手練の護衛を多めにつけるので、盗賊や略奪者からも割に合わない獲物と見られている。リスクを嫌い、規模の割に稼ぎは少ないが堅実な商売を行う男だ。こんな賭けに乗らないでも、充分に稼いでる。


 ニコラス・カフマン『影』は、三代前から行商人だった。街道の抜け道を知り抜いているし、顔見知りの旅籠や村が多く、遠回りをしても着実に目的地にたどり着ける。十数年の行商生活で、一度も盗賊に捕まったことがない。勿論、足を遅くする相棒を抱え込むなど御免だろう。


 残るマリナ・クレイグ『お嬢さん』も、代々の商人の家柄だった。古くからの仕入れ先を多数抱えていて、割のいい商品を捌いている。居留地で特に著名な四人に比べると、行商人としてマギーちゃんは一段落ちた。二番手か、恐らくは三番手グループの一員に過ぎない。



 それでも地区では一、二を争う腕利き商人だし、ポレシャと近郊で四、五十人は下らない行商人たちの中で、裸一貫から始めたとしては異例の出世と言ってもいい。確かに、マリナ・クレイグには向いてない仕事だな。思いながら、マギーは問いかけた。

「貴方と組んで、私にどんな得が?わたしは充分に稼いでいますし、生活に満足しています。貴方を護衛して、足の遅い牛を守ると言うのは、私にとってリスクでしかありません」多分、同じ断りの文句を何度も聞いてきたのだろう。牧者のジーナさんは、落ち着いた様子で頷いてから、軽く唇を舐めて対価を示してきた。

「牧者のシェルターや隠れ家、休憩地を紹介できます。街道筋に幾つかあって、利用できるようになれば、あなたの商売にとっても有用だと思います」

 ふむん、と難しい表情を浮かべながら、マギーは考え込んだ。







Z_275年 五月上旬


   8101クレジット


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