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黄昏のガンダルヴァ  作者: 猫弾正
第3章 Z_275年 牛を買い付ける話

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03_51 砂塵商道

 マギーの最近の趣味は餌付けであった。可愛い女の子を餌付けするのだ。

 ココは、セフ衆に属する廃墟漁り(スカベンジャー)徒党の一員だ。冬の間、碌に食べられなかったと見て、酷く痩せていた。

「お前、瘦せたねぇ」マギーは猫に話しかけるような口調で、ココの髪を撫でた。ココの目は、湯気を立てる麦のポリッジに釘付けとなっている。

「ガリガリじゃないか」野菜主体のお粥を食べさせてやる。二杯を食べると、ココはマギーの膝で丸くなって眠った。

「きちんと分け前を貰ってるのかな?」マギーに構われて嫌がる様子はないが、尋ねるも無視をしている。

 引き抜こうかな。とも思うマギーだが、役に立つかは疑問だった。引き抜けるだろうか?とも思う。結局、なるようにしかならない事も多い。

 黄昏の世に生きる渡り人(オーキー)や自由労働者の大半は、明日をも知れない日々を生きている。友人、知人もぽつぽつと命を落としていた。突然に見なくなる顔がある。


 それにマギーにだって、賞金稼ぎ時代の暴力的な側面は幾らか残っている。少女をいいように使って分け前も渡さない連中を前に、怒りを抑えて交渉するのはストレスが溜まる。文明崩壊時代ポストアポカリプスの世である。マギーにも不快な経験は少なからずあって、屑とは言わないまでも、自己中な者らと接すれば、己が踏みにじられたり、不当に奪われたりした記憶を呼び覚ましてしまう。だから、不快なものや嫌なものには触れないようにするのが、最良でないにしろ、悪くない生き方だと考えていた。信頼できる者たちだけと付き合いながら、楽しく人生を過ごすのが、比較的にマシな生き方の筈だ。


 善良であったり、公正な徒党の領袖は、別にマギーだけではない。ポレシャだけでも少なからずいて、利己的であったり、悪辣なもの以上に多い筈であった。

 望めば逃げられる境遇に、ココ自身が甘んじているとも見える。別に暴力や脅迫で縛られている訳でもないのに、己の意志で残っている以上、引き抜こうとすれば拗れるかも知れない。だから結局、マギーはココを甘やかすだけ甘やかしたが、ココはマギーと微妙に距離を保っている。野良猫を懐かせるには時間がかかるものだ。


 兎も角も、マギーとニナが暮らせる家を作り、同時にトリスの面倒を見てやる。それから、いつ死ぬか分からんリリーを面倒見てやる。居留地に来たばかりの頃、親切にしてくれた娘が、野垂れ死にするのは見たくない。幾ら婚約者寝取られたとはいえ、いい加減、立ち直らせないと駄目だ。

 ジーナも仲間に加えるだけの装備を揃える。金を貯める。家を作る。武装を揃える。交易路の地図を作る。中途の補給基地デポを構築する。やらなければならないことは山ほどあるし、ココ以外にも良さそうな人材も見つかるかも知れない。




 ※※※※




 人生とは兎角、儘ならないものだが、黄昏の世(トワイライトエイジ)においてはなおさらだった。物事が予定通りに進むのであれば僥倖と言っていい。


 交易路の地図。マギーたちの所持する交易路の地図は完成度が高い。主要な街路や廃墟の市に関してはほぼ完ぺきであるし、盗賊団の出没場所や縄張りに関しても、ほぼ網羅している。ほぼである。盗賊団は時として思わぬ場所に出没するし、知られていない盗賊団の縄張りも存在している。月に二、三度も自由都市と往来していれば、どれほど用心深くても、いずれは盗賊と遭遇する機会もどうしても巡ってくる。


「糞ッ!」小高い丘の稜線から駆け下りてくる盗賊たちを目にして、マギーは口汚く罵った。周囲に纏まっていた旅人の集団が、或いは悲鳴を上げ、或いは銃を構えながら、迎え撃とうとしていた。


 襲撃者どもの装備は整っていて、部族でも追い剥ぎでもなかった。そうした連中の武装は、大抵がクロスボウや手製の弓、或いは投げ槍に下手糞な投石器など粗末なものだ。工房の正規品ではないとは言え、ソーンオフ・ショットガンやライフル、マシンガンを多数、所持しているのは拠点と豊富な資金を持つ手練の盗賊団に違いなかった。或いは、盗賊を兼業している大手の傭兵団かも知れないが、犠牲者にとって然したる違いは存在しない。


 盗賊共を認識した瞬間、マギーとニナは一瞬も迷わずに走り出した。背後では武装商人や護衛の傭兵たちが遮蔽を取りながら応戦を始めていたが、彼ら彼女らの大半は若く、装備は盗賊たちに劣っていて、そう長くは持ち堪えられそうになかった。


 街道沿いには防備の整った集落や旅籠、農場が点在している。近場の旅籠も尖塔には常に狙撃兵が配置され、街道一帯を哨戒していた。旅籠の従業員たちの武装は基本、盗賊たちに大きく劣っており、ミニエー銃やエンフィールド銃、下手をすれば火縄マッチロック銃などを携えているが大抵、練達の射手であり、しかも、銃眼から見える木立や岩などを目印に、正確な距離感を把握しきっている。頑丈な石壁の旅籠に籠った幾人もの射手が相手では、装備に勝る盗賊たちも到底、太刀打ちは出来ない。


 マギーは、脳内で最短の逃走経路を割り出し、可能な限りの速度で遠ざかろうとするも、前方に立ちはだかる人影があった。街道を遮断するように木立から人影が複数、現れて「止まれッ!」叫びながらの威嚇射撃を始めた。

(……伏兵ッ!おまけに追尾してくる連中の足は……)

 マギーは必死に息をしながら、一瞬だけ背後を振り返った。

(かなり早いッ!向こうは荷物を持っていない。糞ッ!)

 走ってる間は喋りにくいが、隣のニナへと何とか言葉を伝えた。

「廃墟に逃げ込む。振り切れるかも」マギーが言うと、喘ぎながらニナも頷いた。

近場の廃墟へと進路を変更するが、他の旅人たちも大半がついてくる。おい、止せ。こっち来んな。


 マギーは失敗した。案の定、逃げる旅人の一団を標的として盗賊団の追撃が掛かった。背筋をゾクゾクと冷たい感覚が走り抜ける。駄目だった。全力で走って建物に逃げ込んだ時点で、ニナと少し距離が離れていた。埃っぽい空気が喉に刺さる。古びた木材の軋む音が、嫌な風に反響した。身体が重いのに時間がゆっくりと流れている。良くない物事の流れが来ている。何かを失う兆候に思えて、乾いた喉に痛みを感じるほど強く唾を呑みこんだ。数年ぶりに死神の気配を間近に感じている。焦燥に鈍った思考で必死に優先順位を絞り出す。まず、ニナを死なせない。次に自分の命。いや、違う。命を投げ出したら、オーと同じになる。二人とも助かる為の最善を探さないと。壁際にへばりつくと、ひび割れた壁からかすかな風が漏れ、錆っぽい匂いが鼻を掠める。


 古い廃市街の一角の廃墟に逃げ込んでも、盗賊たちの足音はどんどんと迫ってくる。砂ぼこりが舞い上がり、喉を刺すようないがらっぽさが口腔に広がった。

「戦おう!」若い馬鹿者の誰かが叫んだ。ニナがクロスボウを取り出して構える。「馬鹿!」叫んで近づこうとする。瞬間、撃ち合いが始まった。


 ニナが窓の影からクロスボウで盗賊を狙い撃った。遠く、盗賊の一人突き刺さった。毒づきながら引き抜き、投げ捨てると、盗賊は物陰へと隠れる。盗賊たちの反応は早い。戦い慣れている。他の盗賊たちも素早く散って、即座に反撃が来る。一斉に放たれる銃弾に、窓辺に陣取っていた旅人たちの頭が撃ち抜かれた。


 マギーはニナを押し倒して、覆いかぶさった。ニナを庇った。次の瞬間、衝撃が背中を走り、身体が跳ねるように震えた。鈍い痛みが肉と骨を齧るように広がり、呼吸が詰まった。だが、歯を食いしばって耐えた。血の生温かい感触が背中を伝い、じわりと衣服を濡らしていく。

 盗賊たちが窓際に張り付いて叫んだ。「降伏しろ! 抵抗すれば殺す!」

「……マギー?」不思議そうなニナの声が少し遠かった。

 血を流しているマギーが、呻きつつも、真っ先に書類を取り出た。

「二千払う。身代金。保険も入ってる。確実に二千。此の子と私。都市クレジット」

 掠れた声で呟くように言う。聞こえてるだろうか。真っ先に取り出せる場所に入れて置いた命乞い用の書類は、指先の血に少し濡れていた。




 ※※※※




「四千だ。保険あり」肥満した商人が、拳銃を放り捨てながら、呻くように言った。

「クリオ商会に照会してくれ。番頭のガーニーだ。八百は確実に支払ってくれる」

「誘拐保険で千七百を支払います。死後報復保険にも入ってます」名も知らぬ令嬢が、震える声で伝える。

「死んじゃう!誰か助けて!死んじゃうよぉ!」出血している男性の傍らで、子供が半狂乱で叫んでいた。


 踏み込んできた盗賊たちが、降伏した旅人たちから身代金の金額を聞き取っていく。油断せずに縛り上げ、或いは手錠を掛けつつも、大金払うと見込める相手は、少しだけ丁重に扱っていた。

「……二千か。こいつを手当てしてやれ」書類を一瞥した盗賊が、大声で命じた。

「わああ!マギー!」ニナは涙をポロポロと零していた。

「どけよ。お嬢ちゃん。手当してやる。二千だからな」一人の盗賊が不機嫌そうに眉を顰め、ニナを軽く押し退けた。ニナはバランスを崩して尻餅をついたが、すぐに這うように戻ろうとする。

「マギー……」掠れた声が震えていた。

 盗賊は膝をつき、マギーの傷を確認した。赤黒い血が布を染め、じわりと広がっている。

「……クソッ。意外と重傷だな」顔を顰めて呟くと、右手で傷口を押さえつつ、手慣れた動きで応急処置の道具を取り出した。古い布を裂き、傷口に巻き付け、血止めを試みる。


「……ニナ、注射」がマギーが呻くように言った。痛みが強いのか、目を閉じている。ニナが頷きながら、涙を拭った。

「注射……あの注射ね?」落ち着いた口調で小さく囁きながら、マギーの背嚢を探る。盗賊が止めようとするが「手当をさせて。此のままだと二千が千になっちゃう」

 盗賊が鼻を鳴らしてから銃を構えながら距離を取った。他の盗賊が歩み寄ってくるのも手で制止する。

「ありがとう」ニナは小さく礼を言い、金属ケースからメスと鉗子フォーセップを取り出した。慣れた手つきで、次に消毒液と脱脂綿を取り出し、慎重に準備を整える。

「……先に弾を取って。教えたはず」囁くようにマギーが告げる。


 短く息をついてからメスを手に取る。鋭い刃を慎重にマギーの傷口に当てる。痛みにもマギーは表情を歪めず、声を上げることもなくじっと耐えていた。


「大丈夫、すぐに終わる」ニナは低い声で呟くと、慎重に傷を切り開いた。弾が肉に食い込んでいるのが目に見えてわかる。ライフル弾。WWⅡの頃に比較しても威力の低下した再生弾と防弾素材で脇腹を貫通しなかったらしい。弾頭が体内で破裂しないのは幸いだった。血が少しずつ流れ出るが、ニナは慌てることなく、弾丸を引き抜くために必要な鉗子フォーセップを手に取り、慎重に弾丸の位置を確認する。鋭い先端で弾丸を掴み、力を入れて引き抜いた。弾丸が引き抜かれると、マギーの体がわずかに弛み、息を吐いた。血が止まることはないが、弾は無事に取り出された。


「……終わった」ニナは小さく息を吐き、弾丸を取り出した手を拭いながら、再生用の回復薬の注射を取り出した。素早く、かつ慎重に、できるだけ深く、傷口に注射針を突き刺した。これは貴重な薬品なので、盗賊に奪われるかも知れない。なので、隙を与えずに一気に使い果たす。回復用の生体細胞が含まれたナノ薬剤を注入する。血管や骨、奥の臓器さえも再生させるというそれは、正直、得体の知れない薬ではあるが、今は頼るしかなかった。マギーが目を細めた。手を伸ばして、ニナの髪を撫で、引き寄せて抱きしめる。「いい子、いい子」ホッとしたニナの身体から、強張っていた力が抜けた。




 ※※※※



 薬が効いてくるまで、マギーは寝かされていた。勿論、マギーも、ニナも、他の旅人たちも全員、武装解除されている。

 盗賊の伝令が走ってきて伝えたところでは、交戦していた旅人たちも、大方は死ぬか、降伏したようで、旅人の何人かが悲しげに天を仰いだり呻いたりしていた。

 仲間が合流してくるまで盗賊たちは廃墟に陣取るらしい。ホラー映画だと怪物が襲ってきそうだが比較的、浅瀬の場所で装備も強力なので問題は起きないだろう。


「手紙を書いてもらうぞ」盗賊が裕福な人質に紙とペンを手渡してきた。

「あいあい」言いながら、ニナはペンを受け取った。商会連宛てに盗賊たちに捕まったこと。マギーも、ニナも、無事であることから始まる内容で、さらには当座預金から二千の身代金を支払ってほしい旨を記してから、捕まった際の暗号と担当者への合言葉、文面を慎重に整えてから、サインを添えて書き終える。


 ペン先が紙に擦れる音が静かな空間に響く。盗賊たちはじっと見守っていた。他の人質たちが先に手紙を書き終えると、それぞれが盗賊に渡す。誰もがまだ不安の色が隠しきれない。

「終わったか?」盗賊が低い声で尋ねた。「ええ、終わった」ニナは力なく答えて、ペンを元の位置に戻すと、手紙を手渡した。盗賊はそれを丁寧に包んでポケットにしまうと、足音を立てて去っていく。


 解放されたら、また次の金額と新しい暗号を決めなければならない。今度こそ、使用する機会がないように祈りたいものだが、とは言え、行商を続けている以上、盗賊のリスクは避けられないものでもあった。

「……二度目だよ。やれやれ。おまけに捕まってる間は、稼げないし」マギーがぼやくと肥満した商人が苦笑を浮かべた。

「私は三度目だ。正直、破産しそうだよ。一万以上払ってる」


「お得意様がたは丁重に扱えよ。お嬢さまもだ」盗賊が部下たちに皮肉な口調で命令している。

「他の連中は、こっちだ」連行する見張りたちも気を抜いておらず、一斉の距離を保っている。


「奴隷に売られるんだ。くわばらくわばら」呟いた商人を眺めて、盗賊は距離を保ったまま、ぽつりと呟いた。

「あんたたちは、運がいい。妙な真似しなければ、生きて帰れる」


「……運がいい。盗賊に捕まっただけで、結婚に影響しそうだけど」と令嬢。

「会頭が金をケチりませんように」番頭も額を掌で拭いながら、祈っていた。


 不満げに睨みつけたニナに気づいたのか「分かってるさ。ろくでもない稼業だ」盗賊が口元に笑みを湛えた。「当てたのは、いい腕をしてる。腕は磨き続けることだ」盗賊はニナを眺めながら、淡々と呟いた。

「その装備と腕前じゃあ、まだまだ力不足だがな。いずれ曠野の餓狼どもも返り討ちに出来るようになるかも知れん」




 03月下旬


 8536クレジット


 03_51開始時の所持金 身代金は次回、引かれます。

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