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黄昏のガンダルヴァ  作者: 猫弾正
第3章 Z_275年 牛を買い付ける話

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03_52 迷い道

 おおよそ週に一度、マギー親方とニナは家を改築していた。同居しているトリスも手伝っている。家と言っても、段ボールの小屋であるが、行商から持ち帰った段ボールや布、木板、針金にダクトテープ、防水用のニスなどを使って、資材を地面に敷いたり、壁や屋根を作って少しずつ大きくしている。


 マギー親方は、渡り人(オーキー)上がりの行商人だった。材料や資材を揃えるのはお手の物だが、黄昏の世(トワイライトエイジ)渡り人(オーキー)が天幕やあばら家を建てるのであれば、自力で組み立てるものと相場が決まっている。


 当初は、マギー親方のデカい図体が寝ころんだら一杯一杯で、ほとんど寝袋にしか見えなかった段ボール天幕も、今は一応、小屋と言える程度には……正直、言えば、大して変わらない。鶏小屋や兎小屋にも及ばない狭くて小さな小屋だけれども、しかし、露天で寝るよりは遥かに暖かく、ラミネート加工と言えるような代物でもないが、表層にビニールを張り付けてニスを塗ってるので、小雨くらいなら防いでくれる。


 黄昏の世(トワイライトエイジ)渡り人(オーキー)たちは、有りものを使って工夫したり、工作するのが中々に上手く、中には厳しい冬を段ボールハウスと毛布、そして冬着の重ね着だけで乗り越える剛の者すら少なくない。針金を使って蝶番ヒンジにし、砂埃を防ぐために布を二重に張る。地面も盛り土してあるので、初期よりはよほど快適になってきている。ニナとマギー、トリスの三人で寝転んでも、それほど手狭とは感じない程度にはなってきていた。



 先々週、マギー親方とニナが盗賊に捕まった。身代金を払って帰還するも、マギーは入院してニナが付き添い、トリスは暫く一人で留守を守っている。若い女だが、マギー親方は用心深いし、割合と腕も立つ方だ。強靭と言っていい肉体の持ち主で、一応の武装だって携えている。それでも死に掛ける。黄昏の世の一歩先は闇だ。何が起こるか分からない。少なくとも、ニナとトリスが独りだち出来るようになるまでは死なないように気を付けるさ、とはマギー親方自身の言葉だったが、しなないようにするさ、と断言しないのが、できるだけ嘘をつかないマギーらしいとニナは思った。


 マギー親方とニナがいないでも食料は充分にあった。プラスチックの籠に芋や麦、野菜が入っている。だが、食料泥棒は多い。廃墟一帯と違って、強盗やら追い剥ぎに襲われる事はないが、目を離した隙に、釘や薪などのちょっとしたものが消えることも偶にはあった。新参者の居住者も多ければ、食うや食わずの食い詰め者もいる。よそ者からの盗みであれば、親が褒めるような退廃したモラルの廃墟民や放浪者のガキも混ざれば、手癖の悪い奴になにかしらパクられてしまうのはどうしても避けられない。日常茶飯事、という程ではない。其処までではない。だけど油断は禁物だった。


 仮に食料を盗まれたとしても、トリスが直ちに困窮するわけではない。金は肌身離さず財布に入れて持ち歩いている。それでも、なにかしらの対策は欲しかった。町外れ地区に長く暮らしている家族など、でかい南京錠のかかった頑丈な木箱に食料を入れている。或いは、壊れた冷蔵庫などを調達してきて、氷と一緒に食べ物を保存していた。鍵は一家の長が首からぶら下げている。マギー親方は越してきて三年か、四年ほどだと聞いている。一から家を作った渡り人(オーキー)としては、悪くない住居ではあるが、まだまだ足りない備品や家具も多い。同居しているトリスも何か役に立ちたいとは常々、考えていた。


 方鉛鉱ガレナを使った鉱石ラジオ。正直、仕組みは分からないが。電池も無しに受信してくれる。中波帯ミディアムウェーブしか聞けないし、チャンネルを操作することも出来ないが、日がな一日音楽を流し続けてくれる。廃墟で拾ってきたそれを聞きながら、留守を守っているトリスは掃除したり、鼠の欲し肉を作ったり、仕掛け罠を作りながら、一日を過ごしている。鼠肉と仕掛け罠の販売が、最近のトリスの生業であった。


 仕掛け罠は結構、高価であったが月に一つ、二つは売れた。町外れの食糧チケットで40クレジット相当。食料8日分に匹敵するが、しかし、上手く仕掛ければ延々と鼠肉を得られるので人気のある品だった。廃墟と違って、持ち主の名を刻印すれば早々、盗まれる事もない。トリスは、マギー親方と同居して、衣食も世話になっているので、金は溜まる一方だった。読み書き計算も習って、今は自習している。今年か、来年に登録すれば、学校にも通えるだろう。恵まれてる。だから、トリスがすることは二人を待ちながら、いつも通りに留守を守る事であった。


 時々、商人や職人が身寄りのない子供を引き取って、稼業を仕込む話を耳にすることもあった。だから、トリスの境遇も珍しい訳ではないが、だからと言って、大勢の中から拾われる子供はけして多くない。奇跡ではないが、幸運には違いないのだ。無駄遣いしない様にしようと、トリスは自戒していた。恐らく、マギー親方も、そこを見込んで、幾らでもいる廃墟の浮浪児からトリスを選んだのだろうから。



 気づけば、太陽は西に大分傾いていた。腹が減る。昔は朝夕の二食に少なめの間食で腹を何とか誤魔化していたが、今は三食しっかり食べている。

「ありがてぇありがてぇ」呟きながら、着火用のファイアーピストンを使って、竈に火を付けた。鍋に野菜と肉を放り込み、油で炒めて水を足し、適当に塩コショウを振りかける。がちがちに硬いパン。パンは元々、保存食として発明された……をナイフで切って、適当に鍋に放り込む。ぐつぐつと煮立ってきたら、隣人のリリーを引っ張ってくる。恋人寝取られて脳破壊された渡り人(オーキー)の姉ちゃんだ。親切でいい奴だが時々、鬱に入るのが玉に瑕だ。今もそうらしい。目の焦点が合っていない。


 面倒見るように言われてるので、皿に料理をもって目の前においてやる。目の焦点があってないが、数分もすれば正気に戻って、何事も無かったように話し出すので気にしない。奇行と言えば、間近にいるうちに気づいたが、マギー親方だって銃声を聞いてるうちに身体をやたらと撫でる癖があるし、ニナもゾンビの呻き声が響く時は、毛布に閉じ篭って陰鬱に沈黙する時がある。トリスも他人に裏切られると、冷静さが吹き飛んでしまいそうになる。黄昏の世(トワイライトエイジ)に無傷の人間は少なかった。誰だってどこかしら……身体や心、脳の一部に癒えない傷を負っているのだ。


 ごった煮したスープとも粥とも言えない料理をトリスが口に放り込んでいると、街路の彼方から小さな人影が近寄ってくる。フードを被った人影にクロスボウを手に取りながらも、多分、ココだろうと見当をつける。


 それでも油断はしない。時々は、子供の屍者ゾンビなんかが迷い込んで、親切で不用心な大人が危うい目に遭う事例だって無くはない。年に数回は、警戒網やバリケードを潜り抜けて居住区近くまで屍者が潜り込んでくる。殆んどは住人たちが対処して事なきを得るが、何年かに一度は痛ましい犠牲も出るし、十数年に一度はかなりの被害も出てしまう。リリーは、正しく危うい目に遭いそうな、親切で不用心な類型の娘だった。普段は、馬鹿でも間抜けでもないのに、他者を助けようとする時に自身を顧みない性質が厄介で、しかし、廃墟育ちのトリスでも心配になる程度には、危ういし、優しくもあった。


 クロスボウで狙いを付けると「ココか?!なら、止まって、手を振れ!」トリスが叫ぶと、ココは立ち止って、ぴょんぴょん跳ねながら、手を振った。トリスはため息を吐くと、ココの分のリゾットをブリキの皿によそった。ココが駆け寄ってくる。堂々と座って、お皿を手に取ると、しかし、すぐに食べずにきょろきょろと周囲を見回している。

「マギー親方とニナは、ちょいと出かけている。もう、二、三日すれば戻ってくる」トリスが言うと頷いて、料理を食べ出し、一口食べて停止した。水筒を取り出すと水を飲み、お皿を置いて遠ざかった。哀しげに腹の音を立てながら、トリスを見ている。

「なに?私の料理に文句あるのか?」トリスは怒るが、ココは沈黙している。

「確かに、親方より下手だけど、食べられなくはない」


 再起動したリリーが料理を口に運んだ。そして「あかん」顔を顰めた。

「まあ……そうかな。そうかも」トリスは認めたくない事実を渋々と認めつつ「でも、作ったものを無駄にするわけにもいかないし」強弁してみる。


 リリーは少し考えてから、「無駄にはせんよ」と肯いて「使ってええか?」と食材の箱を指さした。

「ああ、うん。箱の食材は食べ過ぎなきゃ自由にしていいって」トリスの言に頷くと、野菜、人参やキャベツ、芋などを包丁で刻み始める。オリーブオイルで炒めながら、トマトのペーストと鶏肉の茹で汁を灰汁を取りながら別の鍋へと足していき、途中からは、かなり多めの塩コショウを含んだトリスの失敗作料理をつぎ足し、つぎ足し、味見しつつ、僅かなバラの豚肉や脂身までフライパンで炒めながら、チーズやバターと一緒にスープにつぎ足すと、油膜の浮かんだ真っ赤なトマトスープが出来上がった。


 トリスの失敗作は、まだ半分以上残っていたが、「火にかけて、別のスープに足してしまえばええんやで」リリーは言いながら、スープを三人のブリキ皿へとよそっていった。ココもいつの間にか戻ってきて、スープを食べている。トリスは大きく息を吐いてから、二度、三度と頷いた。スプーンでトマトスープを口に運ぶ。脳が痺れるほどに絶妙な味付けで、美味い。暖かさ、口触り、舌の上で溶けそうな野菜や肉が絶妙な割合でハーモニーを奏でている。

「……おぅ」トリスは喘いだ。「マギー親方が大事にする理由が分かるっすね」三下めいた口調で褒め称えると、リリーはぼやいた。

「いあ、あいつらに飯作ってやったことないで」




 卑しい『猫』のココは、二杯もお代わりしてから、リリーの膝の上で寝息を立てていた。マギー親方が何度、呼んでも中々に近寄らないのにリリーには一発で懐いたのは、いかなことだろう。兎も角、すっかりと日が暮れて、食後にタンポポの根を煎じた珈琲を飲みながら、トリスは見張りをしていた。小さな焚火が空き地を照らしていた。他には、近場で自警団の籠る建物二階から焚かれているドラム缶の炎が、微かに街路を照らしていたが、町並みは大方が薄暗い闇に包まれている。


 マギー親方は、空き地の入り口に杭を打って、縄を張る計画を立てていた。完全な無防備よりは幾らかましだろうと考えているようだが、それにしたって金や資材が必要だし、手間暇も掛かる。或いは、もう少し、マシな場所に引っ越すのもありかも知れないが、リリーを置いていく気には成れないようだ。


 トリスも食べ過ぎて、いささか眠かった。リリーはあまり食べずにトリスの半分ほどをよそった一杯で食事を終えている。

「ええよ。うちが見張っとる」リリーが告げた。欠伸をかみ殺しながら、トリスが何か言おうとしたが、「ええんや」リリーが重ねて言うと「お願いします」と告げて、クロスボウを預け、段ボールハウスへと潜り込んだ。


 数秒で寝息を立て始める。壊れた廃屋の壁に寄りかかったリリーは、暗闇に包まれた街路を見張りながら時折、炎に揺れる瓦礫の影をじっと見つめていた。





※※※※




 居留地の診療所に入院中のマギーだが、僅かな検査と二、三日の入院を終えたら、もう退院して構わないと判断されていた。元より、異様に傷が治るのが早い体質らしいと薄々、ニナは悟り始めていたが、或いは、特殊な薬剤の影響で勘違いかも知れない。


 兎も角、健啖なマギーがいつもの倍、三人分ほどの食事をあっさりと平らげると、アルコールの替わりに清潔な布巾に包んだ林檎を素手で握りつぶして、ジュースを作っている。「飲む?」「貰う」コップに並々と注いだリンゴジュースを飲み干すと、今度は冷たいレモネードを飲み始める。食事を終えると、二十キロほどの手製ダンベルを片手で上下させ始める。ゆっくりとした動作だが、休憩を挟んで十分単位で延々と続けるのだ。

「鍛えていてもライフルだといちころだったねぇ」マギーがしみじみと言った。

 ううん、とニナが唸っていると、マギーは苦笑を浮かべる。

「スネイクバイトの頃は、今よりずっと早く動けて、ずっと当たり難かった」ため息をつくと、鉄製のダンベルをあっさりとへし曲げて寝台の上へと放った。

「……私は弱くなってる」


「ええ、と……突っ込み待ちかな?」ダンベルは軟鉄だが、それにしても相当な膂力にしか思えない。ニナは戸惑ったが、マギーは浮かない表情を向けた。

「こんなの出来ても、拳銃持ってる方がよっぽど強い」素手限定では強くなったかもしれないが、総合的に見れば鈍いし、当たり易いしで弱体化以外の何物でもないとマギーは分析していた。文明崩壊ポストアポカリプス時代だけあって弾薬も貴重で白兵の機会は多いけれど、一定以上の武装を持った賊を相手取ると、途端にカモになるのだ。


 マギーは寝台の上で指をトントンと叩きながら、考え込んでいた。目は遠くを見つめ、答えを求めているように感じられる。ニナは少しだけ胸が痛んだ。何か元気づけたいと思うけれど、どう言葉をかければいいのか、簡単には答えが見つからない。

「参るなぁ……なにか、考えておきたいね。傭兵商売じゃないとしても、此の侭だといくら何でも拙い」マギーがつぶやいた言葉には、微かに焦燥が滲んでいるように思えた。

 マギーは充分に助けてくれている、ニナは告げようとしたが、今は言葉は届かないかも知れない。なので、肩に顔を埋めて、ただ寄り添う事にする。マギーが、大きな手でニナの掌を優しく握り返してきた。力強い、安心できる大きな手だったけれど、マギーは不満なのだろうか。ニナは少しだけ哀しく思った。











 Z_275年 4月上旬


  6265クレジット





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