第12章-34 ないものねだり
「そんなの、今の俺にはよくわかりません。俺にあるのは、ここで生きてきたそのことだけです。俺はフヨウさまのほうがうらやましいですよ」
「わたくしが?」
今度はフヨウがあっけにとられてライモンを見つめる番だった。ライモンはそれに重々しくうなずく。
「フヨウさまは陛下のご息女として、今までたくさんいろんなことを学んできたでしょう。さっき俺が言ったような礼儀作法とか、学問とか教養とか。俺が牛や動物たちの世話をする時間、フヨウさまはたくさん勉強してきたはずです」
フヨウは目を瞬いて、ライモンを見る。
「ええ、そうですわね。わたくしは国王の娘として恥ずかしくないよう、幼いころからたくさんの人に囲まれ、多くの教師がついて様々なことを学んできたと思いますわ」
「それが、俺にはうらやましいですよ。俺は読み書き計算は何とかできますが、本をたくさん読んだわけでもないし」
「まあ……」
フヨウが突然、くすくすと笑い始めた。ライモンは少し驚いたように彼女を見やる。
「では、わたくしたちはお互いにうらやましがっているというわけですね。まるで、ないものねだりのよう……」
そう言われて、ライモンは確かに、と合点が言ったかのようにうなずいた。
「ああ、本当にそうですね。俺たち、自分が持っていなくて、相手が持っているものを欲しがっているみたいだ」
ふたりは顔を見合わせると、どちらともなく笑みを交わした。だが、その笑みはどこか苦笑にも似ている。
「不思議ですわね」
フヨウは笑い収めると、急にまじめな表情でライモンを見つめた。
「ほかの人が持っているものはよくわかるのに、自分が持っているものには気が付かない。他の人が羨むほどのものをこれほど持っているのに、自分でその価値に気付かない……」
「そうですね」
ライモンはゆっくりと言った。
「人は自分のことは自分が一番わかっているとよく言いますが、実のところ、本当に一番わかっていないのは、自分自身なのかもしれませんね。近くのもののほうが見つけにくい、というか、それがどれほどの価値があるかわかっていないというか。だから、外から冷静に眺められる他人のほうがよくわかるのかもしれませんね」
フヨウは静かにうなずいた。
「わたくしたちは、これほど多くのものを持っているのに、わかっていないのですね」
「ええ。でも、まだ足りない。まだまだたくさんの知らないことが世の中にはある。さっきも言ったように、俺はそれを知りたいし、自分のものにしたい。……俺は欲張りだと思いますか、フヨウさま」
「いいえ」
フヨウは笑って首を振った。まぶしいような笑みだった。




