第1章-22 若奥様はエニシダ
料理人が多いのは、アジロの店で働く者の賄いもしているからだ。主に館で寝起きしている者たちが食べているが、店や館で働くものならだれでもここで食事をしていいことになっていた。賄いのない店も多い中、珍しいといえた。
賄いの食材の中には、アジロの店で取り扱っているものもあった。自分の店で扱っている品は知っておけ、ということらしい。
アンズは通りかかった侍女を呼び止めて、エニシダを呼んでくるように言った。ライモンは驚いて慌てて手を振る。
「いや、いいよ。これを持ってきただけだから。わざわざ来てもらうこともない……」
そう言いながら、持っていたチーズをテーブルに置いた途端、部屋の扉が開いた。淡い金色の髪を軽く結い上げた若い女性が飛び込んでくる。エニシダだ。
「どうしたの、アンズ」
「……若奥様、もう少しおしとやかにお願いしますよ」
アンズは軽くため息をついて首を振った。エニシダは肩をすくめてみせる。半年前に嫁いだばかりの彼女は、まだ娘時代の行動の癖が抜けないようだ。それが可愛いんだと、ライモンはアジロから何度惚気を聞かされたことか。
アジロとエニシダは当人たちが望んで結ばれたのではなく、家と家との契約のように定められて結婚した。だが、ふたりは家同士の付き合いもあって、見知らぬ仲ではなかった。また互いに憎からず思っていたため、決してこの婚姻はふたりの意に反したものではなかった。
そのせいか、それともまだ結婚して半年のせいか、ふたりは仲睦まじい。アジロがエニシダのことを惚気るたびに、そしてふたりを見るたびに、ライモンは、アジロはよい結婚をしたと思っていた。
エニシダの様子に、ライモンは思わずくすりと笑ってしまった。それに気づいたエニシダがライモンを見つけ、ぱっと笑顔になる。
「あら、ライモン、いらっしゃい。玄関からいらっしゃればいいのに」
「いや、それは」
「そうそう、私もそう申し上げたのですよ」
この家を取り仕切る女性二人に言われて、ライモンの笑みは苦笑に変わった。この女性二人に勝てるわけがない。
「アジロに頼まれて、チーズを持ってきただけだ。表から入れるような用事じゃないよ」
「だめよ、ライモン」
エニシダは腰に片手を当て、薄くそばかすの浮いた鼻の前で、指をふる。大店の若奥様がする仕草ではないが、気にしていないようだ。
「あなたがどう思おうと、あなたはこの家にとって大事な人なんですからね。堂々と表から来てほしいわ。ねえ、アンズ」
「そうですとも。旦那様も若旦那様も、いつだってライモンさんを歓迎しておられますよ。むろん、私どもも。そうでしょう、若奥様」




