09.少女(母)
その後は時間の感覚も忘れて女神さまの世界でのんびりと過ごした。濡れない水は頭の疲れも吹き飛ばしてくれるのか無為に横たわっていても苦にならない。
女神さまとしてはこの世界に転移した俺の存在がイレギュラーだったようだが、なし崩し的に受け入れてくれた。
今の俺は意識だけの存在だからか、以前は生活する上で必要だった食事や排泄も必要ない。基本は二人で横になってぼんやりしたり話をしたりしていた。
既に過去の出来事となりつつあった元の世界での出来事をかなりの時間をかけて説明したり、同様にこの世界での出来事を相当な時間をかけて説明してもらった。
この世界が出来てからはそれほど慌ただしくない日々だったそうだが、それまでは他の神との切磋琢磨や上位存在に仕えるのが大変だったらしい。
なお女神さまが俺を快く受け入れてくれたのは、そういった他の神々とのしがらみを感じずに済む話し相手というのも大きいそうだ。
結構重要なことまで喋ってくれた気がするので『俺なんかにそこまで喋って大丈夫ですか?』と聞くとただ一言『信頼していますので』と返答があった。
元の世界でそこまで深く信頼関係を築けた存在がいなかったのでその一言がとても沁みた。
そして今日も、退屈で変わり映えしなかった俺の日常を膝枕をしながら聞いてもらっている。
『そんな訳で家からほとんど出ることなく生活サイクルを確立してましたね』
『ふむふむ。スマホとパソコンとやらがあれば大抵何でも出来るわけですね』
『偉大な文明の利器です。身の回りの物を調達するのも収入を得るのも、これがあればどうとでもなりました』
『個人の自由な生活様式が認められているのですね。話を聞いていると案外楽しそうに感じます』
『俺はあんまり馴染めなかったです。女神さまが居なかったですし』
『嬉しいことを言ってくれますね』
『なんだか女神さまの側にいるとホッとするんですよね。お袋を思い出します』
『お袋というと母親のことですよね?私ってそんなに雰囲気が成熟してますか?』
『ええと、はい。なんというか安心感がありますね。側にいてもらえると凄く落ち着きます』
『そうなんですか…………。もしあれでしたら、私をお母さんとかママとか呼んでもらっても構いませんよ』
『ええ…………?えーっと、気恥ずかしいので今はちょっと……』
『ふふっ、私はいつでもあなたの母になりますからね』
『あっ、はい。ありがとうございます』
そういった経緯で女神さまは俺の母になってくれた。その時は気恥ずかしくて呼ぶことが出来なかったが、その後膝枕をしてもらっている時に何気なく『母さん』と呼んでみた。
初めは目を丸くしていたが彼女はすぐに受け入れてくれた。どうも母性本能が強いようで、子供として俺を受け入れることに抵抗がないようだ。
言葉でお互いをそう呼び合うだけだが、なぜだか妙に嬉しくて興奮した。少女でママ。控えめに言って最高である。