10.ルンバ
女神さまと並んで横になったり膝枕をしてもらったりと、変わり映えがないながらも充実した日々を送っていた。
しかし、このところ女神さまが水に溶けて不在になってしまうことが増えた。時間の感覚がもはやないのだが結構長い時間居なくなっていると感じる。
女神さまが居ないとなんだか落ち着かず、俺は体を起こしたり散歩したりして気を紛らわすのだった。
天気もこのところ変化が激しい。以前は晴れの日が殆どでたまに曇る程度だったのだが、現在は雨が降ったり強風が吹くこともある。
この前は小さな竜巻が起きていて結構ビビった。女神さまの不在と天候の不調が重なった日はなんだか俺も気分が憂鬱になってしまう。
今日も今日とて女神さまの姿は見えない。そして俺はいつも通り散歩をしていた。
『やあ、精が出るね』
俺は女神さまの世界を移動する存在に声をかけた。平べったい円盤のような姿をしており、ゆっくりと水の上を滑っていく。
それは俺が居た世界で言うところのルンバのようなものだった。この世界の水は極めて清浄だが、永い時間放っておくと淀んでバグのようなものが発生するらしい。
彼らは女神さまに代わってこの世界を巡回しており、インプットされた指令に従って水を清浄に保っているそうだ。
ちなみに自我はなく自動操縦とのことだ。だが小さく洗練されたフォルムを見ているとなんだか可愛く見えてくるので、見かけるとつい話し掛けてしまうのだった。
『調子はどうだい?』
屈んでつるつるとしたボディを撫でながら問いかけるも返事はない。そうして俺の手を避けて迂回しながら巡回経路を進もうとする動きを見せた。
『最近女神さまはどこに行ってるか知らない?』
そんな彼らをゆっくりと追いかけながら話し掛ける。俺の問いかけに対しての返答はもちろんなかった。俺自身答えを求めているわけではない。ここは女神さまの世界で俺は外部からの人間だ。
さらに言えば、俺には女神さまの心をかき乱すことはできても癒やすことは難しい。彼女のプライバシーに踏み入ることでプラスの方向に働くとはとても思えないのだ。
なので俺が抱えている少しばかり心配な気持ちとかそういうのは、物言わぬ存在に吐き出すのがいいと思った。業務外のことをさせて悪いが彼らには甘えさせて貰っている。
『大海さん。ただいま帰りました』
『あっ……お帰りなさい』
ルンバを撫で回していると背後から女神さまに話しかけられた。いつの間にか帰って来ていたようだ。なんとも恥ずかしいところを見られてしまった。
『寂しかったんですか?一人にさせてしまってごめんなさい』
『いっ、いえ。これは知的好奇心と少年の心が命じたことでして……』
『ふふっ、興味が引けるデザインだったのならよかったです』
俺はしどろもどろになりながら弁解する。女神さまは微笑を湛えてそんな俺を見ていた。その笑みからは大体事情はわかってるしそんな俺を受け入れるという母性が感じられる。
ふと、女神さまが後ろ手になっており俺からは両手とも見えないのが気になった。何か見せたい物があるけれど出すタイミングを計りかねているように見えたのだ。
『女神さま。手に何か持ってるんですか?』
『…………ええ。大海さんにお話しするかは少し迷ったのですが。あなたなら力になってくれるかと思って』
そう話す女神さまの表情には少し緊張が見えた。何か悩みごとがあるらしい。だが、俺を信頼して悩みについて話してくれるようだった。
『はい。なんでも話してください。きっと力になります』
彼女の力になれるなら俺は全力で知恵を絞る。俺を受け入れてくれた彼女に信仰を示すと誓ったのだ。俺は固唾を飲んで女神さまが話し始めるのを待った。




