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21.衝撃

 "ゴボゴボ"という水音を耳にして意識が覚醒する。目を開けると心配そうな様子で顔を覗き込んでいる女神さまが居た。



 『ああ、よかった。目が覚めたんですね』


 『……おはようございます』



 このアングルはとても慣れ親しんだいつものやつだ。膝枕である。そこまで考えて今この状況に至るまでの記憶がないことに気付いた。


 これはいわゆる記憶喪失という奴だろうか。確認してみよう。俺の名前は海原 大海。元は地球に住んでいたが現在は別の世界に転移した。


 俺を心配そうに見ているだいぶ小柄な女性は、転移した異世界で出会った女神さまだ。彼女の魅力を表現する言葉は俺の中にはない。至上の存在の魅力というのは極めて繊細だからだ。


 語ろうとすればするほど神秘性も清廉さも幻のように消えて無くなってしまう。真実や本質が目を凝らさないと見えないように、そういった存在はとてもかすかな要素で構成されているのだ。


 無理に表現しようとすれば本物を求め続けた挙句に本物との隔たりを崩せず、絶望して不気味の谷に落ちてしまうかもしれない。


 ……混乱しているのか思考が止めどなくなっている。失われた記憶は海に入る直前からだ。多分だがそれ以前の記憶が失われているということはない、と思う。


 まあ実際失われていたら失われていることにも気付けないのかもしれないが。



 『その、大海さん。大丈夫ですか?思ったよりも間欠泉の勢いが激しかったですね』



 女神さまが話しかけてきたことで、目まぐるしく駆け巡る思考に翻弄されていた俺は正気を取り戻した。



 『すいません。俺はどうなったんでしたっけ?』


 『ええと、二人で海中を散歩していたんです。そうして間欠泉の近くまで来たら、大きな振動と衝撃で大海さんが気を失ったんです』



 言葉から情景を想像するように思考を巡らせると、うすぼんやりと記憶が蘇ってきた。そうだった、二人で手を繋いで海底散歩をしていたんだ。


 初めは非常に面白かったが変わり映えしない風景に飽きてきたころ、気を効かせてくれた女神さまが水晶を弄って距離を縮めてくれたのだ。


 だが、一気に距離を縮めすぎたのかいきなり衝撃に襲われたような……。記憶がとんだのはその時の影響だろうか。



 『ああ、思い出してきました。結構強い衝撃だった気がしますね』


 『……軽率なことをしてしまいました。本当にごめんなさい。あなたが目を覚まさなかったらどうしようかと……』



 俺に謝罪する女神さまは酷く気落ちした様子だった。これはいけない。俺は彼女に感謝こそすれど落ち込ませたくはないのだ。どうにかして彼女に笑顔を取り戻してほしい。



 『反射的に体が勝手に驚いちゃった感じですけど、別に嫌な感じはしませんでしたよ。むしろ貴重な体験だったみたいな?』


 『そうでしたか……』



 俺の言葉に女神さまは相槌を打つ。だがその表情は晴れない。やらなければよかったという後悔に苛まれているのかもしれない。



 『こんな綺麗な場所に連れてきてくれて俺は本当に感謝していますよ。それに女神さまが貼ってくれた膜が頑丈だったからか傷ひとつありません。だから大丈夫です』


 『ありがとうございます。……あなたが無事で本当によかった』



 俺が感謝の意を示すとようやく女神さまは笑顔を見せてくれた。幼い少女の姿をしているということもあり、彼女にはうららかな笑顔がよく似合う。



 『ああ、よかった。ようやく笑顔が見れました』


 『大海さんがここに来てから喜んだり沈んだりする頻度がとっても増えたんです。時々気疲れしますけど、こういうのも悪くないですね』


 『申し訳ないと思ってるんですが、その一方で女神さまに影響をあたえられて嬉しいと感じてしまいます』


 『ふふっ……いいですよ。他の神はともかく私は寛大ですから。もっと甘えてもらっても大丈夫です』


 『ありがとうございます』



 二人の間の空気はすっかりいつもの調子に戻った。軽い調子で言葉を交わせること、そして清らかな笑顔が見られること。改めて彼女との日常が尊いと感じていた。



 『このあとはどうしましょう?また危ないことをするのもなんですから、もう元の場所に戻りましょうか?』


 『ここは女神さまと俺との間にできた世界なわけですし、もう少しこうしていたいです』


 『ふふっ。わかりました。それじゃあもうちょっとこうしていましょう』



 女神さまは俺のわがままを快く受け入れてくれる。そうしていつもとは違う海の底の風景で、膝枕の体勢のまま時を過ごした。

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