勉強会
四人でケーキ屋に行った日の翌日に事件は起こった。
櫻田は、いつも通りに学校へ登校し自分の教室へと入ろうとすると
突然ガシッと左腕を掴まれてぐいぐいと引っ張られてしまう。
「えっ?なにっ…」
「りゅーちゃん、おはよう!」
櫻田の腕を引っ張っていたのは、なんと畑本だった。
なにやら慌てている感じだったため、「どうしたんですか?」と聞いてみると
「きー君とゆーと君が喧嘩してるのっ。だから止めるの手伝って」と彼はどこから分からない力で、櫻田を二人がいる場所までそのまま向かっていったのである。
やって来たのは、旧校舎二階の空き教室。
現在櫻田達が普段出歩いているのは新しく創られたもので、昔はここで授業
などを行っていたというが、今では補習や生徒会会議等で使われるのみで
あまり他人が出入りしない場所となっている。
「だーかーらっ。俺は嫌だって言ってるだろっ!」
「なぜだ?お前なら余裕で出来るだろ?」
「まっ、まぁまぁ。二人共、落ち着いて…」
少人数教室前の廊下より、木崎と宮間は言い争いになっていた。
それを東間がなんとかしようと仲介役に出るが、止まる気配がなく困り果てて
いた。
「みゆきちゃん、おまたせっ!りゅーちゃん連れて来たよ」
「おう、櫻田。助けてくれー」
東間は畑本に引っ張られて連れてこられた櫻田を見て、涙目になって叫んでい
る。櫻田はとりあえず木崎と宮間の話を聞くことにした。
「あの…おはようございます。その、お二人の喧嘩の理由は…」
「聞いてくれよ、地味子!こいつ、俺にS組に入れっていいやがるんだよっ」
「…はっ?」
櫻田は、彼の言っている意味が理解できなかった。
S組は分かるが、入れという部分が。
木崎の言葉から、宮木がそれについて説明する。
「うちの学校が、成績でクラス分けさえていることは知っているな?」
「はい。知ってます」
「進級する際、成績によってはBからA、またはBからCにクラスが決められ
る。これを決めるのは一年間を通しての中間・期末試験や授業態度等で、
今から頑張れば二年進級時にクラスがBからAになることもSになることも
可能と言うわけだ」
「…なっ、なるほど」
「ゆーと君はS組に仲の良いお友達がいないから寂しいんだって」
「道久。俺はそんなこと言ってない」
本人が否定しているものの、嘘ではないらしく畑本から目を逸らす宮間。
櫻田と東間は彼を見て「ツンデレだ」と同時に思った。
「とにかく俺は嫌だからなっ」
「木崎、お前が本気を出せばS組ぐらい余裕でいける。高校受験を控えていた
というのに遊んでばっかでろくに勉強もしていなかったお前が、合格してしかも
B組になったと聞いた時は驚いたぞ」
「「えっ…」」
これには櫻田と東間もドン引きした。
二人は中学時代の成績はあまりにも良いとはいえずに、私立高校を専願で受験
することを決めて学校が行う試験対策授業や補習などを受けたり、家でも学校
からもらったプリントを何度もやったりして対策をして、合格通知が来た際には
涙を流して喜んだというのに…木崎という男子は、それを全くせずに合格した
ということに、彼女達はお互いに肩を抱き寄せて彼をまるで恐ろしい怪物でも
見るような目で見て、距離を少しずつ離していった。
「おいっ、結斗。地味子達が俺を変な目で見てるぞっ!なんとかしろよ」
「俺は事実を言ったまでだ。それよりも、来月に入れば中間考査が始まる。
俺達のクラスはその二週間前辺りから、お前達と同じ6時間授業になる。
そこで、少人数教室を借りてここで勉強会を行う」
「ちょっ、勝手に決めてんじゃねぇよ!?俺はやらねぇからな!」
木崎は宮間の言葉に反論する。
しかし宮間の意思も固いらしく、木崎の言葉にどうしようかと悩んでいると
その本人が彼にある提案を出した。
「じゃあ、こうしようぜ?中間考査で地味子が全教科で80点以上採れたら
考えてやってもいい」
「えっ!?」
「木崎…」
「それが嫌なら~「わかった」
「って、ちょっと…「櫻田、そういうわけだ」
「そんなっ、ぼっ…私には無理」
「心配するな。徹底的に俺が基礎からすべて叩き込んでやる」
宮間の顔が豹変した。
それは気のせいではない。その証拠に東間でさえも怯えている。
「覚悟、しておけよ?」
この日により、宮間結斗はドSのスパルタイケメンということが判明し
また櫻田が男子に対してのトラウマが出来てしまったのである。
そして、中間考査二週間前。
S組は通常7時間授業に対して、6時間授業となり櫻田達と同じ時間帯で
終わることになった。
「えっ?これからテスト勉強するの?」
「そうなんです。木崎のせいでもうひどい目に合いましたよ…」
授業が終わってすぐ、隣の稲井に愚痴をこぼす櫻田。
「それはお気の毒だね?俺、何もできないけど、頑張ってね」
「…はい」
それからすぐ稲井と別れて、櫻田は少人数教室へと一人で向かっていくので
あった。
到着すると、少人数教室に明かりがついており中に入ると既に宮間は机を
揃えて用意をして待っていた。
「こっ、こんにちは。すみません…遅れてしまって」
「気にしなくていい。俺もちょうど着いたところだ」
「そっ、そうですか」
櫻田は宮間と1対1で会話したことがあまりないこともあり、話ずらい・
緊張する・怖いと無意識に身体がびくびくと震えていた。
すると、それをまるで分っているかのように宮間が櫻田に口を開く。
「そんなに緊張しなくていい。それから、敬語と…一人称は「私」じゃなく
ていい」
「っ!?」
「これから共に勉強していくという中で、気を遣いすぎて集中できないという
のがあっては困るからな」
「…あっ、そういう意味か」
櫻田は、同級生だから敬語は使わなくていいという意味でとらえていたらしい
が、彼の言葉を聞くと勉強に集中するためというのを聞いて少しがっかりした
ものの、それでも自分のことを考えてくれているのかなと考えれば少し嬉しく
思えたのであった。
「あと、俺のことは結斗でいい」
「えっ?でも…」
「苗字で呼ばれるのは好きじゃない」
「そうで…っ。そっか。分かった」
それからすぐに好きな教科・苦手な教科と質問をされて、まずは苦手教科から
順番にやっていくことになり、勉強会はスタートした。