逃走と追走
くぃかその意地を見せる即興投稿、
とくとご覧あれ!
部屋の隅に追い詰められ、私はしなやかに、沈めるように四肢を折り曲げた。
猫特有のバネの強い足が、力を限界まで引き出せる位置で固定され、
開放のときを待っている。
物の少ないこの部屋では、荷物を崩す、上って時間を稼ぐ、
隙間に入って眼をくらます等の「技」が通用しない。
一発勝負の力押ししかないだろう。
「大丈夫だよぉ、怖がらなくても」
大きな影が扉を閉めながら言うと、倒れるように、
しかしそっとその場で四つん這いになる。
扉を閉めると流石に薄暗いが、元来猫は夜を駆る者。
この程度の暗さはまったく問題がない。かえってアドバンテージを稼げた。
扉の方も大丈夫だ。閉められるぐらいは予想済み、
幸いこの家のドアノブは全て丸いタイプではなく、
バーを握って傾けるタイプ。しかもあの扉は室内から見て押し戸だ。
まだまだ余裕な状況、しかし油断はしない。
目の前の揺らめく大影は、私の11時の方向から、ゆっくりと近寄ってくる。
現スピード維持で到着まであと4,6秒。
まだだ、まだ近い。
到着推測時間およそ3,1秒。
部屋の角を背に構える私に、大影――大道叶冶は四つん這いで、ゆっくりと近づいてくる。
「おいで~、怖くないよ~」
などと、人攫いのような台詞を吐きながら、片手にねこじゃらしを模したおもちゃを振って、
じりじりと距離を詰める様は、私には最早人ではなく、怪物か妖怪のそれに見えた。
到着までおよそ2,4秒。今だ!!
「にゃ!」
解き放たれた私の全力の跳躍は、
大男、大道叶冶のはるか後方まで私を飛ばし、
その勢いでドアノブに飛びついて扉を開ける。
「あ!?」
扉を開けた私は、まさしく脱兎のように逃げ出した……。
事の起こりは今から10分ほど前。
レイと私がこの家に来たときに始まる。
レイに抱えられたまま、怪しく微笑む大道叶冶に危険を感じた私は、
家の玄関扉をくぐると、
「レイ、すまん」
「え?」
レイにだけ聞こえるように事前に謝ると、その場で思いっきり身をよじって暴れだした。
普段は仕舞いっぱなしの爪も今日ばかりは全開だ。
「わわ!」
レイの腕から投げ出された私は、猫特有の平衡感覚で着地、
家の中へ猛ダッシュで駆け込んだ。
私の作戦はこうだ。
1、大道叶冶は私を追うだろうから、
その間にレイが全力で本を捜索する。
2、その間、死ぬ気で逃げ切る。
外に出なかったのは、レイが捕まえるという名目で私を追い回し、
大道叶冶に献上するというシナリオを避けるためだ。
(私がレイに追いかけっこで勝つのはかなり難しい。何故か)
今更だが私は人見知りだ。それも尋常ならざる。
レイ曰く
『恥ずかしがり屋を10段階評価して、
僕や美鈴さんのような開けっぴろげた人間を1とすると、
君はだいたい36位だね』
だそうだ。
そんな私にとって、ろくに話せもしない、
「にゃあ」と「にゃん」しか話せない状況で、
いつ見つかるかも分からない、しかも自分のものではない本を探すために、
見ず知らずの大男に撫で回される猫身御供になるのは嫌だ。断じて嫌だ。
考えても見て欲しい。
人見知り指数36の私が、
見ず知らずの人間にベンチで隣に座られるだけで固まってしまうこの私が、
この状況で逃げずにいられるものか!
レイには悪いが多少状況が悪くなろうが、
ここは全力で逃げさせていただく。命に関わる、死活問題だ。
「にゃにゃにゃにゃ!」
いささか力の抜けるかけ声とともに、玄関先に付いた急な階段を一気に駆け上がる。
この勾配なら人間にはさぞ上りにくいだろう。それだけ時間が稼げる。
階段を上って、とにかく部屋や家具などの配置を頭に叩き込む。
扉の開く方向や、細かな距離なども出来うる限り覚えていく。
決して身を隠す真似はしない。
見つかれば即アウト、賭けにしては分が悪い。
後ろから階段を軋ませながら上ってくる足音が二つ。
左右の扉が大きく開かれた廊下の真ん中で臨戦体勢に入る。
この位置なら最悪、壁を蹴ってフェイントをかければ3つめの部屋にも入れる。
さぁ、地獄の鬼ごっこの始まりだ。
「じゃ、あの猫を捕まえたらちゃんと手伝ってくださいよ」
「おう、任せろ」
「本を一緒に探して、返してくれたら、1時間までなら貸し出しますので」
「おお!」
「じゃ、打ち合わせ通りに。大丈夫、言う通りにすれば5分で捕まりますよ」
などという会話が、実は二人の間で繰り広げられていた事は、
その時の私には知る由もなかった…………
レイは外道ではありません
悪戯好きで、職務を全うしたいだけの、
ただの面倒臭がり屋なのです
大道叶冶も変態ではありません
ただ見かけによらず動物が大好きな、
しかも言葉が少し幼児退行する、
ただのいい大人です
南様、今回はバトン手渡しです!
(出来てますよね?)