不機嫌に
「はぁ〜次は大道…叶冶?」
レイは例のリストを睨めつけながら言った。
あれからまた私達は電話の置いてある別室に閉じ込められている。
暇をもて余した私は忙しそうなレイを観ながら、丸くなっていた。
「また珍しい名前だな」
「うん…叶うに治めるだって、読み方に自信がない」
「お前も似たような物じゃないか」
「心外だよ、そんなつもりはないって」
「しかも毎日名前が変わるし」
「…さ!はりきって電話するぞ!」
「…」
私は呆れて漏れそうになった溜め息を欠伸にかえて、伸びをした。
ま、人は自分の事は不思議なほどにわかっていないものである。
しかしその、私の経験上、人には種類というものがあって、他人に言われてそれを気づけるものと、気づかない、むしろ意地になるものがいる。
…あえてレイがどっちとは言わないが…。
今度こそ溜息をついた。
とても心地いい室温についつい眠くなってきてしまう。
今日はもうここで眠ってしまおうか…。
いや、レイの仕事に付き合ってやろうか…。
ぼうっと瞬きを忘れていると近くの物が霞み、遠くのある一点にピントが合う。
目が次第に痛くなってきて瞬きをしていない事に気がつく。
あわてて目を閉じると世界が元に戻った。
「もしもし…はい、潮騒図書館です。本日は図書の返却に…はい、はい?」
結局決めかねて、なにをするでもなくレイを見ていると顔がどんどん険しくなってきた。
いじくっていた茶色の髪を離して頭を掻く。
どうしたんだろうか、もしや…
「…ですから、それは先程も申し上げました通り…え?いや私ですか?…はい、レイと言いま…いや、ですから…はい、わかりました。すぐに伺います」
ガチャっと不機嫌そうに受話器を置く音がしたので、ちらりとレイを見ると、出かける準備をしていた。
「どこへ行くんだ?」
「お客のとこ…本は無くしたから返してほしかったら一緒に探せって」
予想は当たった。
まあ、返却期限を守らないやつで、しかもリスト入りするヤツときたら、それはもう図書を無くしているヤツとか、単なる面倒くさがり屋なヤツとかしかないのだ。
そいつらにいきなり電話して「貸した図書を返せ」といっても、そう簡単に返すわけがない。
なにしろ一年近く“忘れていた”わけだから。
「脅迫めいてるな」
「うん、しかもかなり上から目線、『探せ』だよ『探せ』」
こりゃ、ご立腹だ。
「眉間にシワがよってるぞ」
「いいもん、別に」
本当、かなり気が立っているんだろう。いったいどんな相手だったんだ。
ドスドスと足音を立てながら部屋を歩き回っているレイを眺めて、また一つ欠伸。
少し会話の間が開いて、レイが私の前に立った。
のんびり上をむくと、珍しく、レイのイライラして歪んだ顔が視界に映った。
「で、行くのか」
「うん、しつこかったからもう行くって言っちゃったし」
「そうか、お前は大変だな」
「『は』って、何のんきなこと言ってるんだよ、お前も行くんだよ!」
私はげんなりした。
探し物をするのは面倒くさい…。
しかも、なにやら気難しい強敵が相手と見た。
「ほら!美鈴さんに外出許可、もらいに行くぞ!」
「…私は人見知りだぞ!」
「…自分で言うなよ!」
そうだ、いやだ。
下手すれば何時間、最悪見つからなければ見つかるまで、通わなければならない。
知らない、しかも気難しい人間。絶対行きたくない。
そうっと逃げようとすると不意にふわっとした地に足がついていない感覚が体をめぐった。
一瞬遅れて抱き上げられたと気づく。
ジタバタしてもびくともしないレイの腕。
こういう時、猫って不便だと思う。
「逃げるなよ」
「…」
「おまえ毛がふわふわだよなぁ〜うらやましい…」
真っ黒な体に鼻を押し付けられ、ぐりぐりされる。
むう。
「じゃあそのふわふわに免じて今回はお留守番ということで…」
「それとこれとは別ね」
レイは即答。
ちっ、
心の中で舌打ちが聞こえた。
ああああああああ!
ごめんなさい!!!
いろいろごめんなさいぃぃぃ!
つぎはうわの空様です!