■第25話 「解」のない問いと、冬の灯火
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カレンダーが最後の一枚になり、自習室には加湿器の低い音が響くようになった。
高校1年生の春、ただ大好きなラノベの主人公キース・ラインの仕草を真似て、ニヤニヤしながら問題文を「解読」し始めたあの日から、もうすぐ3年が経とうとしている。
「問題文は、設計者が残した魔術回路だ」なんて、当時は遊び半分で唱えていた中二病全開のメソッドだった。だが、その真似事を支えるために始めた「毎朝5時起きで歩く」という修行じみた習慣だけは、3年間、一日も欠かさず続けてきた。その歩いた距離の分だけ、俺の手元には、いつの間にか東大の難問をも解きほぐす本物の知性が宿っていた。
そんなある日の夜。閉館間際の自習室に、神田先生がふらりと現れた。
「……高橋、水野。お前たちはこの3年、徹底的に『対話』を学んできた。だがな、最後に入試本番を迎える前に、伝えておかなければならないことがある」
先生の言葉に、俺と涼子はペンを止めた。窓の外では、冷たい冬の雨が、音もなく雪へと変わり始めていた。
「入試本番にはな……どれだけ深く読み解いても、正解が一つに定まらない問いが必ず現れる。あるいは、作問者が意図的に仕掛けた、論理を破綻させるような悪意に満ちた難問だ」
神田先生は、静かに本を閉じ、俺たちを真っ直ぐに見据えた。
「その時、お前たちはどうする? 自分の外側に『正解』を求めて立ち止まるか? それとも、自分の知性を信じて『自分なりの解』を打ち立てる勇気があるか。それが、本当の意味での自立だ」
先生の問いかけに、俺は3年前の自分を思い出した。あの頃の俺なら、答えがないことに怯え、設定資料集(解答解説)を探して逃げ出していただろう。でも、今は違う。
「先生……俺、最初はただの真似事だったんです。ある物語の主人公みたいになりたくて、格好つけたかっただけ。でも、その真似事を3年間、必死に守り続けてきたおかげで、今は自分の足で立ってる実感が、少しだけあります」
俺が少し照れ臭そうに言うと、神田先生は眼鏡の奥の目を細め、わずかに口角を上げた。
「……フン、何に憧れたかは知らんが、その『真似事』を3年貫き通したのなら、それはもうお前自身の血肉だ。お前が憧れたその『誰か』なら、絶望的な問いを前にしてどう振る舞うか。最後はそれだけを考えて書け」
神田先生は、俺が特定のキャラクターをモデルにしていることを、とっくに勘付いていたのかもしれない。
帰り道、駅へ続く夜道を涼子と並んで歩いた。街灯に照らされた雪の粒が、二人の足元を白く染めていく。
「……陽太、神田先生、絶対バレてたね。陽太がキースの真似してること」
涼子がマフラーに顔を埋めながら、クスクスと楽しそうに笑った。彼女もまた、1年生の頃から俺の「修行」に付き合ううちに、自分なりの強さを手に入れた最高の戦友だ。
「……かもな。でも、いいんだ。答えがないなら、自分で作ればいい。それが、俺たちが3年かけて磨いてきたやり方だろ?」
「ふふ、そうだね。誰かの作った正解を待つのは、もう卒業だもんね」
二人の白い息が、冬の夜空に溶けていく。
翌朝、午前5時。俺たちはいつものように、冷え切った空気の中を歩き始めた。
3年前は単なる「設定」だったこのウォーキングも、今では心身を研ぎ澄ませるための、欠かせない儀式だ。歩きながら、今日解くべき難問に想いを馳せる。
集大成の鐘が鳴るまで、あとわずか。
ドラマチックな奇跡なんて必要ない。あの日憧れた「最強の自分」を信じて、解答用紙という真っ白なキャンバスに、俺たちだけの納得できる物語を刻みつける。
冬の夜明け前。二人の足音だけが、静かな街に力強く、誇らしく響いていた。
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