■第21話 「対話」の結実と、変化する境界線
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三年生の夏、その集大成となる「東大入試突破模試」の日がやってきた。
蝉時雨が降り注ぐ中、試験会場の教室に足を踏み入れる。 前まではこのピリついた空気にビビってたけど、今の俺たちは違う。神田先生や予備校の講義で教わったことを、どれだけ本番で出せるか試したくて、むしろワクワクしていた。
試験開始の合図。俺は一気に問題用紙をめくった。
これまでの俺なら「どうやって解こう?」ってパニックになってた。でも今は、問題文が「語りかけてくる」のがわかるんだ。
(……なるほど。この物理の問題、一見するとややこしい設定だけど、実は基本の組み合わせだ。先生が言ってた通り、出題者は俺たちが焦って基礎を忘れるのを待ってるんだな)
神田先生の「作る側の視点」と、講義で必死にメモした「よくあるパターン」。 それらが頭の中でパズルのように噛み合っていく。 問題文のあちこちに、出題者の先生が隠したヒントが見える。手が勝手に動く。読み解くスピードが、一年前とは比べものにならないくらい速くなっていた。
昼休み、ラウンジで涼子と合流した。彼女も、今まで見たことがないくらいスッキリした顔をしていた。
「陽太、手応えあったよ。現代文、筆者の言いたいことを追うんじゃなくて、『出題者がどこで点数を分けたがってるか』が見えたの。迷わずバシッと選べたわ」
「俺もだよ。数学も物理も、計算に追いかけ回されるんじゃなくて、向こうが用意したレールの上を気持ちよく走ってる感覚だった」
そんな俺たちの会話を、少し離れた席で聞いていたあのブルジョワ層の一人が、おもむろに立ち上がってこっちへ歩いてきた。これまでの「見下すような目」じゃなくて、もっと真剣で、どこか焦っているような目だった。
「……君たち、今の話。さっきの数学の第3問、誘導の狙いを分かって解いたって言ったよね」
彼は、タブレットに表示された、高いお金を払って手に入れたらしい「プロの速報解析」を俺たちに見せてきた。
「これを見て驚いたよ。僕たちが手に入れたこの解析と同じ視点を、君たちは試験中に、自分の頭だけで持っていたっていうのかい?」
「……自分たちだけじゃないよ。俺たちは予備校の講義を誰よりも必死に聞いて、それを自分たちの武器にしただけだ」
俺がそう答えると、彼は静かに、でも重そうに頷いた。
「……そうか。情報を『持っている』だけじゃ、もう君たちには勝てないんだな」
あんなに遠くに感じていた彼らとの壁は、もう消えていた。
彼らは情報を、俺たちは考える力を。それぞれのやり方で戦ってきたけど、この夏、ようやく同じ土俵に立つライバルになれたんだと思った。
数週間後。返却された模試の結果には、俺と涼子の名前が、志望校の上位層に堂々と載っていた。
判定がAだったことよりも嬉しかったのは、周りの目が変わったことだ。「奇跡を狙ってる無謀な奴ら」じゃなくて、「一番確実な実力を持っている奴ら」として、一目置かれるようになっていた。
「……陽太、ようやくここまで来たね」
涼子が、成績表の数字を指でなぞりながら笑った。
「ああ。これまでは『追いつく』のが必死だったけど。ここからは、俺たちのやり方をどこまで磨き上げられるかの勝負だ」
夏の終わり。
俺たちのペンは、もう誰かと比べるためじゃなく、自分たちの信じる道を切り拓くために、また力強く走り始めた。
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