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『俺、ラノベの真似して勉強してるだけなんですけど、なんで東大判定出てるんですか?』  作者: さらん
第一部:一年生

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■第1話 徹夜はモブのやることだ、と俺のバイブル(ラノベ)が言っている

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

それでは、本編をお楽しみください!


 夜の九時半。駅前にある大手予備校の自習室は、ピリピリとした殺気にも似た空気で満たされていた。


 カリカリカリ、とシャープペンシルが紙を引っ掻く音だけが響く中、俺――高橋陽太たかはしようたは、白々しい蛍光灯の光を浴びながら、絶賛「意識飛ばし中」だった。


(……眠い。帰りたい。ていうか、この数学のプリント五十枚って頭おかしいだろ……)

 机の上に積み上げられたのは、今日出されたばかりの膨大な宿題の山。


 周囲の連中は、まるで何かに取り憑かれたように無表情でペンを動かし続けている。予備校の壁には『夏を制する者は受験を制す!』『睡眠時間を削れ! 限界を超えろ!』といった、暑苦しいスローガンがデカデカと貼られていた。


 コクッ、と首が前に折れそうになった、その時。

 脇腹に、鋭い痛みが走った。


「痛ッ!?」

「ちょっと陽太、また寝てたでしょ。よだれ垂れてるわよ」


 隣の席から呆れたような声で囁いてきたのは、水野涼子みずのりょうこだった。


 俺と同じ高校で、この予備校でも同じ「下のクラス」に所属している腐れ縁。肩口で切り揃えられた黒髪と、少しツリ気味の目が、真面目で世話焼きなお姉さん気質をよく表している。


「……垂れてねーよ。ちょっと目を休めていただけだ」

「嘘ばっかり。ほら、今日の小テストの範囲、また全然やってないんでしょ。ノート見せてあげようか?」

「いや、いい……。どうせ見ても分かんねえし」

「もう、そんなんじゃまた赤点よ? 陽太ようたって名前、逆から読んだら『太陽』になるくらい明るい名前なのに、今のアンタ、日陰の石の裏にいるダンゴムシみたいに暗いわよ」

「うるせえな、水野涼子。太陽と水って、見事に相性最悪じゃねーか。少しは俺を放っておいてくれ」


 軽口を叩き合いながらも、俺は大きくため息をついた。


 涼子は真面目だ。俺と同じくらい成績が悪いのに、予備校の先生の言う通りに毎日夜遅くまで起きて、ノートを真っ黒にして必死に暗記している。目の下にはいつも薄いクマがある。


(……俺には、あんな根性ねえよ)

 結局、その日も宿題を半分も終わらせないまま、俺は逃げるように予備校を後にした。


 ***


 深夜十二時。自室のベッドの上。


 机の上には手付かずの英単語帳が開かれたままになっているが、俺の視線はスマートフォンの画面に釘付けになっていた。


 現実逃避に読んでいる、お気に入りのWeb小説。

 タイトルは長ったらしいが、要するに「超絶頭のいい冷徹な主人公が、異世界で論理と効率を武器に無双する」という話だ。


 画面の中で、主人公の『キースライン』が、力任せに突撃しようとする仲間を冷たく制止していた。


『――馬鹿め。無計画な突撃は、努力ではなく単なるリソースの無駄遣いだ。敵の罠の仕組み(仕様)を理解し、最小の労力で突破口を突け』

『――睡眠を削るなど言語道断。脳のパフォーマンスを落としてまでタスクを続けるのは、三流のやることだ』


 いつもなら「かっこいいなー」と適当に読み流すだけのセリフ。


 しかし、今日の俺は、まるで頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。


「……リソースの無駄遣い……」


 俺は、机の上の英単語帳を見た。そして、予備校の壁に貼られていた『睡眠時間を削れ!』というスローガンを思い出す。


「……もしかして、俺たちって……めちゃくちゃ非効率な『モブ』の動きをしてるんじゃないか?」


 予備校の先生に言われるがまま、何のために出されたのかも分からない大量の宿題を、ただ思考停止でこなそうとする。終わらないから睡眠時間を削る。次の日の授業で眠くなる。また宿題が終わらない。


 完全な悪循環バグだ。


「キースラインなら……絶対にこんな無駄なことはしない」


 俺の中で、何かが弾けた。


 単なる中二病の憧れだったはずのラノベの主人公が、急に「現実を攻略するためのメンター」に見えてきたのだ。


「……よし。やってやる。俺も今日から、無駄なことは一切しない」


 俺はベッドから飛び起きると、机の上の英単語帳と数学のプリントを、迷いなくバタンと閉じた。

 そして、部屋の電気を消し、ベッドに潜り込む。


「睡眠時間は、絶対に八時間確保する。……おやすみ、世界」


 受験生にあるまじき、圧倒的かつ計画的な「サボり」の瞬間だった。


 ***


 翌日の夕方。予備校の自習室。

 隣の席に座った涼子が、俺の机の上を見て目を丸くした。


「ちょっと陽太、今日の宿題のプリントは? もうすぐ授業始まるわよ」

「……あんなもの、やっていない」


 俺は腕を組み、涼しい顔で答えた。(内心はめちゃくちゃ心臓がバクバクしているが、キースラインになりきって表情には出さない)。


「はあ!? またサボったの!? 昨日あんなに怒られたばっかりじゃない!」

「サボったわけじゃない。俺に必要な部分だけを抽出して、残りは意図的に『捨てた』んだ」

「……す、捨てたぁ?」


 涼子が、ついにこの幼馴染の頭がおかしくなったかのような顔で俺を見た。


「いいか、涼子。あの数学のプリント五十枚は、基礎から応用までごちゃ混ぜになった汎用的な束だ。俺は自分の実力を分析し、解ける問題と、今の俺のレベルじゃどうせ解けない難問を最初から省いた。その結果、本当に俺がやるべき『基礎の反復』は、たったの五枚だけだった」

「えっ……でも、先生は全部やれって……」

「他人の決めた非効率なルールに従ってパンクするのは、三流のやることだ」


 俺は、昨日のラノベのセリフをそのままパクって、ドヤ顔で言い放った。


「なにより、睡眠を削って頭が回らない状態で机に向かっても、時間の無駄だ。俺は昨日、八時間きっちり寝てきた。今、俺の頭はすこぶるクリアだぞ」

「…………」


 涼子はポカンと口を開けたまま、俺の顔をマジマジと見つめた。

 そして、深く、重いため息を吐いた。


「……あんた、ついに受験のストレスで現実逃避を始めちゃったのね。可哀想に」

「ち、違う! 現実逃避じゃない! 合理的な判断だ!」

「はいはい。先生に怒られても知らないからね。私はちゃんと昨日、夜中の三時までかかってプリント終わらせたんだから」


 涼子は誇らしげに、しかしひどく疲れた顔で、文字がびっしりと書き込まれたプリントの束を机に出した。


(……夜中の三時って。あいつ、絶対に授業中寝るだろ)

 俺は心の中で呆れつつも、少しだけ胸が痛んだ。涼子は真面目すぎるのだ。


 ――そして、その日の授業の最後に行われた、数学の小テスト。

 結果が返却され、俺は小さくガッツポーズをした。


「……よし」


 満点ではない。60点だ。

 しかし、俺が「やるべき」と判断して絞り込んだ基礎の五枚、そこから出題された問題だけは、一問のミスもなく完璧に正解していたのだ。今までずっと30点台をうろついていた俺にとっては、劇的な変化だった。


 一方、隣の涼子はというと。


「う、嘘……。40点……? あんなに、あんなに徹夜でやったのに……」


 涼子は、計算ミスやケアレスミスで真っ赤になった自分の答案用紙を見て、今にも泣き出しそうな顔で震えていた。徹夜のせいで、授業中もずっと頭がぼーっとしていたのだろう。


 俺は、手元の60点の答案用紙と、涼子の40点の答案用紙を見比べた。


(……マジかよ。ラノベの真似して『無駄を省いて寝た』だけの俺の方が、徹夜でガリ勉した涼子より点数が高い……?)

 偶然かもしれない。

 だが、俺の中で確かな「感触」が芽生えた瞬間だった。


「……なぁ、涼子」

「なに……。私の点数見て笑う気なら、ぶっ飛ばすわよ……」


 涙目の涼子に、俺はできるだけキースラインっぽく、冷静な声で言った。


「睡眠を削って丸暗記しようとするの、やめろ。お前のやり方は、気合が入りすぎてて『非効率』なんだよ」

「……はぁっ!?」

「騙されたと思って、今日はちゃんと寝ろ。……明日から、俺が『無駄のない勉強法』ってやつを検証してやるから」


 それは、ただのゲーム好きのモブ高校生だった俺が、初めて「受験」というクソゲーを、自分自身のルールで攻略し始めようと決意した瞬間だった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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それでは、次回もどうぞお楽しみに!

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