第9話 代わりだった
月曜日の在宅勤務の後、俊とデートの約束をしていた。
俊の車の中。
俊が運転しながら、私の手を握る。
「女の子、家に呼ぶの初めてなんだ」
「そっか」
……ほんとかな?
新しいマンションだった。マンション専用の駐車場に車を停めた。
オートロックの扉が開く音がして、少しだけ現実に引き戻された。
「どうぞ」
俊が先に入っていく。私も後についていく。
エレベーターの中で、俊は軽くキスしてきた。微笑む。
俊の満足げな表情に私も微笑んだ。
部屋の前で鍵を回す音。
「散らかってるけど……」
「お邪魔します」
靴を脱いで上がると、床がひんやりしていた。
微かにタバコの匂い。……俊て、タバコ吸うんだ。
思ったより、きれいだった。
物も少なくて、生活感が薄い。
「適当に座って」
ソファに座り、部屋の中を見渡す。
無難で、整っていて、どこか特徴がない。
――ほんとに、初めてなんだ。
壁のコルクボードに目をやる。姉の結婚式の写真が貼ってあった。
みんな笑顔で幸せそうな写真。
姉だけのショットもある。
何枚も結婚式の写真がある中、端に私の写真があった。一枚だけ……。
「コーヒーでいい? ミルクと砂糖入れる?」
キッチンから声がする。
「ブラックでいいよ」
しばらくすると、不揃いのマグカップを持って俊が来た。
「今日の赤い服も可愛い。似合ってるよ」
俊はそう言ってコーヒーを飲む。
今日は、ボルドー色のフリルのついたシャツに、タイトなジーパン。
なんとなく選んだけど、間違ってた?
コーヒーを飲む。少し落ち着いた。
すると、俊が膝がくっつくほど隣に寄ってきた。
「紗奈……」
肩に腕を回し私を引き寄せた。
「ん……」
唇を重ね、深く入ってくる。
……好き? なのかな……私、俊のこと。
俊の左手が私のシャツのボタンを外す。
「好きだよ……」
「……紗英」
――今、紗英って言わなかった?
「……無理」
私は胸元を隠した。
「え?」
「今、お姉ちゃんの名前言ってた」
「え? まじ? ……ごめん」
乱れた胸元を整える。
……信じらんない。
「言い間違えただけだよ」
「嘘。お姉ちゃんのこと……考えてたでしょ」
「違う!」
俊が、私の腕を触ろうとする。
「触らないで!」
手を払う。
パシッ。
「結婚式の時も、お姉ちゃんばっかり撮って、私一枚だけだし!」
俊は黙って聞いている。
なんか涙出てきた。
「俊……俊は、お姉ちゃんのこと好きでしょ?」
俊は、目を逸らした。
「ごめん……。昔、好きだったことがあった……けど、フラれてからは、諦めたし、普通に結婚も祝ったし、今は何にも思ってないよ」
「私にはわかるの! 態度に出てるの!!」
私はバッグを掴むと、玄関に走った。
途中、床に涙が滴る。
「紗奈……」
俊は立ち尽くしていた。
私は急いで靴を履くと、外に飛び出した。
涙が止まらなかった。
――結局、私はお姉ちゃんの代わりだ。
悔しい……。
何度も俊から電話がかかってきた。でも出たくない。
繁華街を一人で歩く。
しばらく歩いていると、周りの人の視線を感じる。
きっと、顔ぐしゃぐしゃなんだろうな……。
近くのコンビニのトイレに入る。
鏡を見て、あまりの酷さに笑ってしまった。
石鹸で顔を洗う。
何度も水をかけるけど、目は赤いままだ。
カピカピになるし……。でも、もう良いや。
コンビニを出て駅に向かう。
すっぴんだから誰にも声かけられない。
――これが本当の私なのかもしれない。
自分が情けなくて、また景色が滲んでいく。
何度も寄り道をして、家に帰った。




