第12話 ロバに乗った王子様
次の日。
総合テストは、少しつまづきながらも進んでいた。
朝からいくつか不具合が見つかって、手が止まる場面も多かったけれど、その都度チケットが積まれて、ひとつずつ潰していく。
「これ、昨日の修正入ってる?」
「入ってるけど、別のとこで引っかかってるかも」
「再現する?」
「する。条件ちょっと変えたら出た」
誰かが詰まると、別の誰かが覗き込む。
短い会話が飛び交って、すぐに次の手が決まる。
修正、確認、再テスト。
思ったより時間はかかるけれど、確実に前に進んでいた。
昨日よりもエラーは減っている。
完璧じゃない。
でも、止まってはいない。
私は匠にラインした。
『今日、帰りデートしない?』
『いいよ。白石さんが疲れてないなら』
『じゃあ、和ダイニング 朧で』
『わかった』
私はネットで朧に予約を入れた。
それと、レンタル彼女の退職願いをメールで申請した。
◇
定時後。
今日は残業せずに済んだ。遅めの十九時に予約してある。
時間まで、自分の席で、ぼーっとしてしまった。
――小さい頃は、白馬に乗った王子様に憧れていた。
かっこよくて、優しくて、全部うまくいくような、そんな人。
……でも。
ふと、匠の顔が浮かぶ。
白馬、じゃないな。
どっちかっていうと――ロバ。
思わず、くすっと笑ってしまった。
でも。
ずっと隣を歩いてくれるのは、きっとこういう人だ。
「あれ? まだ行かないの?」
ふいに声をかけられ、ドキッとする。匠だ。
「行くよ」
「一緒に行く?」
「うん」
……なんか、意識してしまって話しづらい。
「朧って行くの初めてだな」
「私もだよ」
「何が美味しいの?」
「わかんない。あんまり見てなかった」
匠が笑う。
ゆっくり二人だけで喋れる場所で検索したから……。
お店の前に着いた。
暖簾をくぐると、柔らかい灯りの店内に案内された。
個室に通される。
――朧。
「いらっしゃいませ」
「白石で予約しました」
「二名様ですね。こちらどうぞ」
照明が落ちていて、落ち着いた雰囲気。
ちょっとした中庭まである。
廊下を歩いていった先の部屋に案内された。
「落ち着いてていいね」
「うん。そういうとこ選んだの。ゆっくり話したかったからさ」
二人でメニューを眺める。
店員さんがお水を持ってきた。
「ご注文が決まった頃、また来ます」
「軽いのでいいかな」
「ちゃんと食べないと後でお腹すくよ」
少しして、店員が静かに入ってきた。
私は、明太クリームパスタと、カシスオレンジ。匠は、和風ステーキとご飯セット、ウーロン茶を注文した。
「なんかあったの? こういうお店選ぶの」
「私……レンタル彼女やめたの。さっき、退職願い出した」
「なんでやめたの?」
「……好きな人、出来た」
「そうなんだ……」
匠だよ! 心の中で叫んだ。
店の奥から、かすかに食器の音が聞こえる。
「お待たせいたしました」
店員が配膳してくれる。
「ご注文は以上でしょうか」
「はい」
店員がいなくなった時、私は席を立った。
テーブルの向こうじゃ、遠い気がして。
匠の隣に座り直す。
「匠って、呼んでもいい?」
匠がこっちを驚いたように見た。
「……いいよ」
少しだけ顔を赤らめて、匠は視線を逸らした。
「匠は……誰が好きなの?」
匠は何も言えずに黙る。
「はっきり言って」
匠は少しだけ目を伏せた。
「……白石、さん」
――遅いよ。言うの。
目が合う。
もう、わかってるくせに。
そのまま、キスした。
しばらく、そうしてた。
溶けるようなキスだった。
離れる時、「紗奈って呼んでいいよ」って言った。
「紗奈……好きだよ」
匠が私を抱き寄せて、キスした。
深くないのに、全身の力が抜けた。
匠の瞳が潤んで見えた。
お互い微笑んだ。
「私も……好き」
「食べ終わったら、うち来る?」
「うん……」
顔を彼の胸へうずめた。
私は、この人が好きだ。
――私は、ロバに乗った王子様がいい。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
最後まで書き切れて、自分でもほっとしています。
もし少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。
次は別の作品も書いていくので、よければそちらもよろしくお願いします。




