第1話 可愛いだけじゃダメ
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私には、誰にも言っていないことがある。
今の会社は副業オッケーだし、わざわざ申請しなくてもいい。任された仕事――ウェブデザインと制作さえこなせてればなんも文句を言われない。
月、木、金で在宅をしているから少し早めに作業を締めてもバレない。木曜日、金曜日の定時後と土曜日にやっている副業もだいぶ慣れてきた。
副業はと言うと……一日だけの彼女をしている。要するに《レンタル彼女》だ。
きっかけは、ひょんなことだった。推しの記事を見ていた時のこと。いつもならスルーをする広告がなぜか目に止まった。
『レンタル彼女になりませんか?』
しばらく、彼氏と別れたショックで泣いてばかりいた。やっと考えなくていい日が増えてきた。
――でも、寂しい。
一週間くらいやってみようか迷った。別にお金に困ってるわけじゃない。でも、一人でいられるほど強くない。……振られるのも怖い。
ある日、姉の紗英から電話がかかってきた。
「こんばんは。久しぶり」
「こんばんは」
「やっと結婚式の日が決まったのよ。急だけど三週間後の日曜日。健斗さんの転勤が急に決まって、その前にやることになったの」
「そっか、いよいよだね。おめでとう」
……嬉しいのに感情が出せない。
「ありがとう。詳しいこと決まったら、また連絡するね」
「うん。わかった。楽しみにしてる」
「じゃあ、またね」
「またね」
紗英は、典型的な優等生タイプ。出来の悪い私とよく比べられて辛かった。
姉に勝てるのは見た目だけだ……。
親は、私にはフリルつきの可愛らしい服ばかり買ってくれた。お下がりは一度もない。
――紗奈ちゃんは、なんでも似合うね。
母の声が頭をよぎった。
気がついたら、レンタル彼女のサイトを開いていた。
《キャスト募集》をクリックした。
人を幸せにする仕事に思えてきて、やりたくなってきたんだ。
今思えば、自分に自信がなかったけど、やって良かったと思える。
今日もこれから《彼女》になる。
待ち合わせ場所は、彼の職場から一つ先の駅の改札。彼は何度か利用してくれて、今は私を指名してくれる。
彼だ――。
「こんばんは。南さん」
「こんばんは、咲ちゃん」
お互い本名は名乗らない。その代わり、親しみやすい名前で呼び合う。
「今日は映画館でしたっけ?」
「う……ん。観たい映画があったんだけど、一人で見て来ちゃったから、今日はご飯食べに行こう」
南は頭を掻いた。
「どんな映画見たんですか?」
私は興味ありそうな声を出す。
「俺って、ノンフィクションが好きだからさ。女の子はそういうの嫌いでしょ?」
南は、見た目三十代後半ぐらいで、背は高くなく、ガッチリした体型だ。学生時代ラグビーをしていたそうだ。
「そんなことないですよー」
私は少し笑いを含みながら、手を振って否定する。
(ノンフィクション映画……見たことないな……)
「んじゃあ、また今度誘うよ」
「はい」
愛想笑いする。
案内されて行った先は、少し上品な匂いがする居酒屋だった。
席に着くと、おしぼりで顔を拭く南。
それを見て少しニヤけた。
「咲ちゃんは、ビールでいいかな?」
「はい。とりあえずビールで」
私が笑うと、南もつられて笑う。
「最近さ、弟が結婚するって聞いてさ。先越されちゃったんだよねー。俺が咲ちゃんとかと遊んでる間にさ」
おしぼりを折っては開いてを繰り返した。
「それは……おめでとうございます。んー……結婚するのもしないのも自由だと思いますよ」
私もおしぼりをいじりながら言う。
「自由……か……」
南は遠くを見つめて呟いた。
「私も姉がいるんですけど、近々結婚するらしくて……」
「おっ! めでたいことが続くもんだね。おめでとう!」
「でも、嬉しいはずなのに素直に喜べない自分がいて……嫌なんですよね」
(あ、ちょっと喋りすぎた……)
「あ! わかる! 寂しいような、取り残されたような変な気持ちね」
南はこっちを見た。
「うんうん」
目が合う。
(かなり違うけどね……)
ちょうどその時、ビールが来た。
「乾杯しようか……お互いの姉弟の結婚と……」
南がジョッキを掲げる。
「お互いの自由に……乾杯」
「乾杯」
お互いのジョッキを合わせて、カチンと音が鳴った。
「プハー! うまいね!」
私も二口飲んだ。
「おいしー」
「俺、モモ串とねぎまと砂肝、それと唐揚げ頼む。咲ちゃん何頼む?」
「それ、全部鶏肉じゃん」
どんだけ鳥好きなの――? 思わず笑った。
「私、大根サラダとポテトにしようかな」
南が店員を呼ぶ。
「すいませーん」
やばい。なんか酔ってきた……。一杯でやめとこ。
「ちょっとお手洗いに」
南が注文している間にトイレへ。
(体調悪いのかな……? 次はノンアルにしよう)
鏡を見ると、頬を染めた自分がいた。
別れた彼氏に言われた言葉を思い出す。
『酔った紗奈、めっちゃ可愛い』
この人は、違うと思ってた。私を見た目だけで見てたわけじゃないと……。
付き合いが長くなるほど、冷めた言葉を浴びた。
『お前、性格きっつ。それに、なんでそんないつも冷めてんの? つまんないんだけど……』
結局、振られた。
何人も振られるたびに、自分への自信が削られていった。
やっぱり、レンタル彼女は、私に合ってるかもな……。
――これなら、絶対、振られないから。
用を足して、席に戻ると、南が唐揚げを頬張っていた。
「ごめん、お腹空いてたから、先食べちゃった。咲ちゃんの分は、取っといてあるから」
テーブルの白い皿には、焼き鳥二本と砂肝一つ、唐揚げ一つが乗っている。
「みんな食べちゃっていいのに」
南らしくて、笑ってしまう。
「俺さ、小さい頃いじめられてた弟が心配で、ずっと守ってやってたんだ」
南はサラダを食べ始めた。
「そうだったんですか。南さん強そうだしね」
ポテトをつまむ。
「社会人になっても心配だった……。で、親より親らしかったよ」
南はそう言って笑った。
「じゃあ、結婚されたら寂しくなりますね」
「そうなんだよ」
言いながらポテトを振り回す。
「俺は、咲ちゃんに寂しさ埋めてもらおうかな」
(ん? ちょっと、言動怪しくなってきたな……)
「……まあ、冗談だけど」
私は肩の力を緩めた。
「咲ちゃんは、お姉ちゃんとはどんなだったの?」
正直に言うべきなのか、適当に繕うべきなのか、一瞬迷った。
「うちは年子で歳が近いから、すぐ比べられるの。姉は優等生で、比べられて辛かった」
つい本音が出てしまった。スカートを握りしめる。
「それは……周りの奴が、見る目がないね」
「えっ?」
「咲ちゃん、こんなに可愛いのに」
南の視線に少し熱が籠る。
「ありがとうございます……。というか、そろそろ時間が……」
(可愛いだけじゃダメなの。可愛いだけじゃ)
南が腕時計を見た。
「あ。もうこんな時間か」
(危ない危ない。南さん、こういう人だったのか……。気をつけないといけないな)
「咲ちゃんと過ごしてると、ほんと時間経つの早いな。先に店出て待ってて」
「早いですよね」
(もう、早く帰りたい)
店の外でしばらく待っていると、会計を済ませた南が出てきた。
「ご馳走さまでした」
「いえいえ! またよろしくね」
「こちらこそ、ありがとうございました」
お辞儀を丁寧にした。
「では」
晴れやかな笑顔。
「バイバイ」
手を振る南。
振り向かずに駅に向かう。
私って、そんなに性格きついの?
見た目しか取り柄がない。
……でもいつか、知らなかった自分を見つけたい。




