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二人の過去

途中から視点がリッキーになります。

リッキー視線による過去の振り返りかな。

 ナタリーが車酔いで体調を崩したため、三人は休憩がてらキャンプをすることにした。

 日も傾き掛けてきていたので、頃合いとしてはちょうど良かった。

 道無き道は、岩だらけの凸凹道が進む。

 距離は稼ぎたいところだが、体調を崩して仕舞えば元も子もない。

 休憩を挟みながらゆっくり進むのがベターだと、二人は判断したのだ。


「すいません、ほんとに……」


 パチパチと小さく弾ける日が、頭を下げるナタリーを照らし出していた。


「だから、あんまり自分のせいにすんなよ」

「そそそそそ、ナタリーさんのせいじゃないから、気にしないで!」

「当たり前じゃねぇか。元はと言えば、ミスバレンタインの乗り心地が悪いせいだ。何であんなスプリングが硬いんだよ? もちっとしなやかに出来なかったのか?」

「何言ってるんだよ! 元々は戦闘車両だったんだよ? 根底から設計を変えるなんて無茶な話だ!」

「お前なら出来たんじゃないのかよ? 俺の体は散々いじくりまわしてたくせに!」

「ラ、ランシス!?」


 言ってしまってから、ランシスは「しまった」という顔を、苦虫を潰したような顔でして見せた。


「ぼ、僕は君のことを考えて!」

「……悪い。そんなつもりで言ったんじゃねぇよ……」

「っ……!」


 ランシスの顔が「しまった」から悲痛な面持ちに変わるのを、ナタリーは見逃さなかった。

 と同時に興味が湧いてきてしまった。

 目の前の二人について、だ。


「二人は、いつもそうして喧嘩をしてるんですか?」

「け、喧嘩!?」

「あのねぇ、ナタリーさん! 僕とランシスはそんな喧嘩するような仲って訳じゃ」


「ーー羨ましい」


「「え?」」


 ナタリーは顔を上げて二人を交互に見やったあと、また顔を伏せた。

 サイドに寄せていた髪がハラリと頬に当たり、表情に影を作る。

 それがまた、どこか切なく、悲しげに見えた。


「私には、喧嘩も出来る人がいないから」

「……ナタリー」

「いや、いやいやいや! ナタリーさん? 僕とランシスだってそんな喧嘩するような仲じゃ……」

「仲良いんですね、お二人は」


 揺らめく薪の向こうで静かに微笑むナタリーの表情は、やはり悲しげだ。

 ランシスとリッキーは、互いをもう一度見やった。


「仲良いんだってよ」

「それは心外だ、君とは利害が一致しているビジネスパートナーだと思っていたからね」

「でも仲良いんだってよ」

「……ただのくされ縁じゃないか」

「くされ縁?」


「「そう!」」


 ナタリーの問い掛けに、二人は声を重ねて同じことを口にした。


「「ただのくされ縁だ(さ」!!」」




 ーー



「僕とランシスはね。元々は孤児だったんだ。僕たちが生まれ育ったところはひどいスラムでね。毎日、誰かが死んだり殺されたり、盗んだり盗まれたりなんて日常茶飯事。犯罪が当たり前に起こるようなところだったんだ」


 焚き火を眺めながら、僕はポツリポツリとナタリーさんに説明を始めた。


 あの忌まわしい、忘れたくとも忘れられない過去を。

 

 当時、僕は金持ちになりたかった。金持ちになってあんな最悪な生活から抜け出したかった。

 まぁ、あのスラムにいた子供たちは、みんな同じことを考えてたよ。

 でも、その手段が分からなかった。

 隣近所で平気な顔して隣人を刺し殺すような連中が住んでるんだ。

 それを見て育つんだから、自然とみんな犯罪紛いなことに手を出してた。

 僕は力もないし喧嘩も弱かったし、犯罪者になりたくなかった。親はダメな親だったけどね。

 平気で僕を虐待するような奴らだったから。

 とにかく、僕はスラムから抜け出したくてどうしようかを考えていた。

 答えはすぐに見つかったよ。

 軍に入ればいい。

 軍に入りさえすれば、この生活から抜け出せる。

 もちろん、軍に入るにはあらゆる試験をパスしなきゃならない。

 だけど、僕は体力には自信がなかった。

 普通の兵士は務まらない。

 だから技術士官を目指そうと思った。

 目標が決まれば、あとは簡単だったよ。

 ひたすら勉強した。

 時間があればとにかく勉強した。

 周りは馬鹿にしたよ。こんなスラムの出身が、軍に入れるわけがないって。

 でも、僕は勉強した。散々馬鹿にされたけど、勉強だけはやめなかった。

 でも、そういう僕に嫌がらせをする奴もいた。

 道を歩いてれば、石をぶつけてきたり、路地裏に引っ張り込まれてボコボコにされたこともあった。

 でも、勉強はやめられなかった。


 なぜって?


 ……


 面白かったんだよ。


 昨日知らなかったことを今日知れた。今日分からなかった事が次の日には分かった。

 数学なんて、最初は分からなかったけど、公式とか仕組みが分かるようになると、スラスラ解けるようになるんだ。

 面白かった、快感だった。

 でもある日。

 ガキ大将みたいな奴がいてね、ブルって言うんだけど。そのグループに絡まれたんだ。

 周りを囲まれて、押し倒されてさ。

 いつも勉強に使ってたノートとかテキストを奪われた。

 それをどうしたと思う?


 僕の目の前でビリビリに破いていくんだよ、笑いながら。

 僕は泣いて懇願した。

 それは僕が必死でかき集めた、なけなしの金で揃えたものだったんだ。

 あの頃、それが僕の全てだった。

 僕の存在価値だった。

 それを無残に引き裂かれたんだ。

 もうね、飛び掛かったよ。

 飛び掛かって奪い返そうとしたけど、多勢に無勢。

 あっという間に押さえ込まれて、またボコボコさ。

 泣きじゃくる僕の前に、奴はビリビリに破いたそれを撒いていった。

 それを見て、世界が終わったと思った。

 僕はもう、生きている価値すらないんだと思った。


 その時さーー


「うげっ!?」


 いきなりガキ大将が僕の前に倒れ込んだんだ。

 それに驚いて顔を上げると、ガキ大将の取り巻き達がポンポン宙を舞ってるんだよ。

 一体何事かと思ったら、


「てめぇら、弱い者イジメばっかしてんじゃねぇ!」


 って怒鳴ってる奴がいたんだ。

 そいつは一頻り奴らをぶちのめした後に僕をゆっくり抱き起こしてくれた。

 正直混乱したよ。

 誰も助けてくれないって思ってたから。

 でも、助けてくれる人がいた。

 それも、同じスラムの子供さ。


 僕は礼を言わずに、痛む体を無理矢理起こして、ビリビリにされたノートやテキストを拾ってその場を走り去った。

 何だか、その場に居たくなかったんだ。

 助けられて感謝しないといけないのに、僕を助けたのは、新しい金ヅルかなんかにされると思って逃げたんだ。

 今考えれば、だいぶ卑屈だけど、当時はそれが当たり前だったんだ。

 家に帰って、部屋の鍵を閉めて、そこで初めて泣いたよ。

 いやいや、殴られてる時も泣いてたけど、あの時は恐怖が勝ってたかな。

 家に帰って、急に悔しくなって泣いたんだ。


 それからは、なぜか僕は絡まれなかった。

ついでに言えば、助けてくれた彼にも会うことはなかった。

 その内適齢期を迎えて軍の試験を受けて、無事にパス。

 僕は計画通り、スラムから抜け出すことに成功した。

 嬉しかった!

 今日から自由だ!

 その事ばかりが頭の中を支配していた。

 苦しい訓練なんて、それまでの生活を考えたらラクなものだったよ。

 衣食住もあるし、軍の学校でも軍人扱いだから給金も出た。

 それで参考書とか資料とかを買って、訓練の後に勉強した。

 そして、訓練終了後の進路に技術士官を希望するために教官に会いに行こうとした時。


 士官学校の廊下で、それも教官の部屋の前で僕らは再会したんだ。


「あ、お前?」

「ん? 君は?」


 今思えば、僕は露骨に嫌な顔をしてたと思う。

広すぎる学校だし、専門課程も違うから、顔を合わせることなんてまずなかった。

 顔を合わせたとして、周囲に同じ出身だなんて思われたくなかったし、第一、僕の成績は士官学校でもトップだったからね。

 変なプライドのようなものもあったと思う。

 とにかく、僕は彼から視線を逸らした。

 そしたら、彼はこう言うんだよ。


  「良かったな、ちゃんと学校に入れてよ」


 それを聞いて、僕は彼の顔を見た。

 悪戯っぽくはにかんでたよ。

 けど、それが何故か親しみが湧いて……

 僕は胸が少し痛くなったんだ。


「あ、あの……」

「名前、まだ言ってなかったよな。俺はランシス」


 そう言って差し出された手を、僕は震えながら何とか握ったよ。


「お前、リッキーだろ? 泣き虫リッキーて言われてたよな?」

「な、泣き虫……」

「おっと! 俺が言ったんじゃねぇぞ! ブルの野郎が言ってたんだからな!」


 言い返そうとしたら、すかさず躱されてしまった。

 僕は握った手を思わずすぐに離してしまったよ。

 だって、嫌じゃないか。過去を知ってる奴に会うなんてさ。

 それも、スラム出身とくれば碌な奴はいない。

 僕は成績が良かったから給金も他の奴らより多かった。

 これはきっとたかられる。

 そう踏んでたんだけど……

 

「俺は陸戦隊志望でさ、そっちの成績はまぁまぁ良かったんだけどよ。教官に巡視船の船員になれって言われたからぶん殴りに来たんだ!」

「え?」

「俺の生き方は俺が決める! そうやって生きてきたからな。どうせ死ぬなら派手に暴れて、勲章をもぎ取りまくってから死んでやるって考えてんのさ! お前は進路どうすんだ?」

「ぎ、技術士官……」

「そうかー! 成る程成る程! お前なら優秀な士官になれるぜ! 戦場で俺の体が吹っ飛んじまったら、そん時はお前が治してくれ!」

「それは! それは、医療技術の士官が……!」

「じゃあな! お互い、目一杯生きようぜ!」


 言うだけ言って、彼は僕に手を振りながら教官室にはいって行ったよ。

 それから聞こえてきたのは殴り合いの音と怒鳴り声だけ。

 僕は日を改めて教官のところを訪れたってわけ。


 これが、僕とランシスの『腐れ縁』の始まりさ。



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