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#88 ぐつぐつと煮えたぎる

私の母とあなたの絶妙な擦れ違いが心地よく、それがまだここに残っており、あなたの心は、私の部屋の優しい色に少しずつではあるが、馴染み始めている。


あなたと二人きりで自分の部屋にいるので、欲望は標準を突き抜けて、溢れ過ぎていて、あなたの薄い唇に私の視線が、グサリと刺さり続けていた。


音や動作などが無いのに、驚いたような声を出しているあなたの精神状態が心配になり、大量の薬も私も、あなたの前では無力だと感じた。


この安定しない身体を、またあなたという大切な存在で、火照らせることが出来ていることを、心の底から嬉しく思う。


手元にいるキーホルダーの表面が剥げて、ついに金属の素顔が見えてしまい、あなたと出会ってから今に至るまでの月日の濃さを、瞳を中心にずっしりと感じた。


母と初めて会ったとは思えないような、先程のあなたの言動が嘘のように、あなたの身体は部屋で縮こまり、動きを感じられなくなっていた。


突然立ち上がったあなたは、ペットボトルの水を口に含むと、じっとしていられず、机に膝をぶつけてしまい、その反動であなたが噴射した水の塊で、私の顔はいっぱいになった。


食卓に三人でいた光景は眩しくて、目を開くという行動も大変なくらいだったが、今は嬉しさと水分とあなたのタオルに、瞼を優しく押さえられている。


「ごめんなさい、大丈夫ですか?」


「これくらいで、嫌な気持ちになるわけないでしょ?」


「僕の価値がよく分からないんです」


「私にとってすごく大事な人だよ」


「一生好きと言われないと思っていて、一度もモテたことなかったんです、僕。人間の贋作みたいなものですから」


「私とか、私の周りの人達はみんな、玲音が大好きだからね」


「ありがとうございます。僕、やっぱり人が苦手なんだと思います」


「そっか。でも、大勢との関わりが駄目なら、私一人と繋がって、私を通して世間と繋がればいいよ」


「ああっ」


「もしも、私との関係が深く深く、行くところまで深くなったとしたら、私が玲音の身体の一部に溶け込んで、誰も周りにいないときみたいな気持ちになれるかもしれないでしょ?」


「そうですかね」


「うん、なれるって。あっ、そうそう。玲音の絵の才能をいかしたいなって思ってるんだけど、始める気ある?」


「はい」


あなたが私の心に放ってきた、好きという言葉で、自己嫌悪は剥がされていき、憎しみによく似た孤独は、次第に薄れていったが、薄れるだけではなくて、全て飛ばし切りたい。


あなたの成分が含まれた水分やタオルに包まれてから、爽やかさの大群を鼻に感じ続けていて、それは今もなお、継続の予感を維持している。


唐揚げの油に満ちた口の内外に、潤いが溢れるくらいに存在し、あなたの家で食べたあの唐揚げの味を思い出しながら、控えめの舌舐めずりをした。


あなたはスリスリと、先程ぶつけた頭に手を吸わせるように、ずっと撫で続けていて、私は一瞬だけ、夢の視点から部屋を見下ろした。


あの少女への憎しみをあなたへの愛に変えたいと心で誓うと、少女にヤスリで削られた心臓に、あなたの笑顔の薬が徐々に染みてきた。


私は絨毯に張り付いているだけだったが、あなたは珍しく自ら私の近くに寄ってきてくれ、私は何の行動も起こさずに、ただ愛を待った。


心を許すように、あなたのハグの優しさと怯えが、同時に私を温かく抱き締めてくれて、しばらくはここに存在してくれていた。


絨毯で塞ぎ込んでいるスマホケースの青色が、青空のようなブルーにも、海底のようなブルーにも見えてきて、くすぐったさが様々な場所に、ゆらゆらと漂っていた。


あなたの長いまつげに、LEDの光がぶつかって輝き、あなたの唇に目を移すと、唇がひび割れに向かっていることに気付き、私の視線はガッチリと奪われた。


リップクリームを自らの唇に塗り込み、あなたの唇へと歩み寄り、高揚した脳であなたにリップクリームの口移しをすると、全身が唇になったような柔らかさが溢れ出した。


すみません、という口癖があなたに久し振りに戻り、私の中で両極端な考えが浮かび上がり、あなたに歌を贈りたい気は起きたが、歌おうとしても喉の震えが全く起きてはくれなかった。

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