#87 自宅の扉は未来の扉
少女に狙われてしまう不安から、学校にいるときは頻繁にあなたにメールを送り、放課後はすぐに駆け出すという生活の中で、私の家の近所の塀がある風景に、今もあなたといる。
父親は帰りが遅く、母親しか家にはいないことを思い返していた時、トラックの地響きに頭を抱えて、あなたは軽くうずくまってしまった。
あの少女へのモヤモヤが、引き寄せてきたあなたの手を握る力をより強くさせ、あなたの唸るような声が発せられた時、ハッと我に返った。
あなたが苦手な曲がり角を、私が先回りしてエスコートした後、あの少女を目の前にした時とは、異なる種類の足を固める成分が、私の身体全体に流れた。
少女はここにいないのに、似ても似つかない女性が歩いてきただけで、心は圧され、似た声が聞こえる度に、心臓をヤスリで削られているような気分になってゆく。
ボタンを指で押して、めり込ませてチャイムを鳴らすと、合間を置いてドアから出てきた母の表情は平穏そのもので、あなたは母に何度も何度も会釈をしていた。
二人の表情の僅かな突っ張りに、胸にドロッとしたものが流れ、足に少しの浮遊感が現れ、皮膚にまで湿り気を感じ始めていた。
玄関に足を踏み入れようとしたあなたは、私がドアにもたれた小さな音に反応して飛び上がり、ドアの上のレールの部分に頭をぶつけ、私は咄嗟によろけるあなたを腕のなかにそっと収めた。
「大丈夫?」
「はい。いつものことなので」
「痛くないですか?」
「はい。大丈夫です」
「あの、今日は菜穂を送ってくれてありがとうございます」
「いいえ。こちらの方が助けられていますから」
「菜穂はどうですか?いい彼女ですか?」
「はい。いつも頼りにしてばかりで、常に助けてもらっています」
「お母さん?ここで話してないで上がってもらおうよ」
「そうだよね。良かったら上がっていきませんか?」
「あっ、はい。お邪魔します」
「ご飯ありますから、食べていってくださいね」
「は、はい」
この人生がある限り、あなたと一生添い遂げる気でいる私は、どの立場から見ても、傲慢というカテゴリーに当てはまってしまうだろう。
玄関の先の小さな空間を、あなたと共に進んで行くと、唐揚げに使われたであろう生姜の食欲をそそる香りが、ファッと鼻に広がり始めた。
リビングへと歩を進め、あなたが通った後のドアを閉めると、勢いをつけすぎてしまい、あなたは驚き、それに反応した私は唇を噛み締めてしまい、血の味がした。
馴染みの天然パーマの金髪に、ラフな黒の上下をした母には、ピンクのお花が優しくあしらわれたシワシワのエプロンが、やけに美しく映えた。
母は無理矢理ニコニコすることなく、自然と少ない笑顔を振る舞いながら、食事の配膳に巧みなフットワークを見せる。
少女があの日、私の前に現れたことで、私の敏感さの上昇率はピークを迎え、あなたや母がスリッパでフローリングを打つ小さな音にさえ、仰け反ってしまうほどだった。
あなたは私と手を繋ぎながら胸に手を当て、私にしっかりとした感触を与えながら大きな深呼吸をし、一緒に囲む食卓を改めて、しっかりと受け入れている様子だった。
配膳は一段落したが、白い皿に盛られた茶色の山のすぐ横の絨毯の上にいるあなたはまだ、かしこまった姿を見せていて、緊張で固まっているように見えた。
あの少女に会ったことのない母は、私にいくつも、あの少女に関する質問をしたり、足を崩したあなたの長いまつげをずっと見つめたりと、リラックスしていた。
あなたのことが気になって仕方がなくて、それはあなたに、私の記憶のほとんどを真っ白にされてしまうほどで、身体と脳は幸せの区別に苦しんでいた。
あの少女には、うん、という一言しか発言することが出来なかったのに、あなたがいると様々な言語が浮かび、そして飛び交い、耳が色とりどりになるのがすごく嬉しかった。




