#86 校門の陰に潜む悪
授業が終わって萌那と校門に向かうと、萌那の横を男子たちが雑談しながら素通りし、ふとファミレスでのモテモテな姿との違いを感じた。
今の萌那が纏う、学校の制服姿の落ち着きと、あの日のファミレスの制服姿のしっとりさの狭間で、心がゆらゆらと揺れ動く。
忘れ物の存在に気付き、そのことを萌那に告げて教室に小走りで戻ると、お腹も胸もキュルキュルと音をたてていた。
瞼が誰かに引っ張られているように重く、ツンツンと突っ張っていて、机の中に忘れた大事なキーホルダーを掴む手も同じように、キツく突っ張っていた。
校門の近くまで、息を乱し、視界を揺らして戻ると、萌那の向こう側に、かつては私の双子の妹として一緒に生活していた、少女の姿があった。
少女は髪色が晴れた空の色に似ていて、何とも言えない不思議な雰囲気を放ち、明るさと暗さの融合は相変わらず、昔通りだった。
あなたに話し掛けたり、チョコレートを渡したりしたのは、やはり妹だったのだと確信し、急に末端の熱がうつむき始めた。
はや歩きでズンズンと、少女の強い目線がキツくめり込む場所まで、足を動かして近寄っている時、動かす足はガチガチに固まっていた。
「菜穂、久し振りだね」
「うん」
「彼氏、出来たんだね」
「うん」
「私はあの彼氏、かわいいと思うよ。でも、あのサッカー部のイケメンエースの方が、菜穂には合っていると思うんだけどな」
「そう」
「今までとタイプが違うっていうか、菜穂らしくないよね。萌那もそう思うでしょ?」
「いやっ」
「あのイケメンエース、遊んでそうだよね」
「真面目だよ」
「まあ、お互い頑張ろうね。じゃあね。またね」
「もう来ないで」
「・・・・・・はあ」
「疲れたね」
「萌那、本当にごめん」
「私はよく知ってるから大丈夫だよ」
「あっ、言い忘れてたけど、先輩との交際おめでとう」
「ありがとう」
「でも、ファンからの嫉妬は覚悟しないとね」
「そうだね」
あなたのことを可愛いと言い、不思議な雰囲気の彼氏だと嘲笑う、そんな少女の真意は霧に包まれていて、少女の前では口が全く動かせなかった。
あなたに甘ったるいチョコを渡したのが、妹であると確信するような甘い声が、私と同じ質感で今も耳に刺さり続け、おまけに嗅覚まで鈍らされた。
溜まった気持ちをあなたに全部ぶつけて、スッキリしたばかりなのに、またモヤモヤした苦みが喉に貼り付き、しつこく離れようとしなかった。
このはちゃんから貰ったピンクの指環に、あらゆる光が集まり、去ってゆく目映い少女が段々と小さくなってゆく。
隣で佇む萌那の瞳には、最近は見ることのなかった不安の水溜まりが、うるうるとゆったりと溢れ出していた。
少女から一刻もはやく離れたい一心で、私たちは、足と手をカラクリ人形のように、一定の動作でカクカクと動かして、先へ急いだ。
冷たいあなたの手を、今すぐ握って温まりたいのに、冷えきった対の手の感触しかなく、あなたの仕事の心配をする余地は全く存在しなかった。
指に貼り付けた絆創膏が、力を加える度に剥がれてゆくのが、瞳に鮮明に映り、辺りの暗さが目をより覚醒させてゆく。
人生というものの意味を受け入れた、というような雰囲気を醸し出して、歩を進める見知らぬ女性が前を横切り、私もその女性と同類だと察した。
少女にあなたの心臓を壊されてしまう恐怖から、ジリジリと頭が痛み、鞄を探ってペットボトルを掴み、身体を傾けてミックスジュースの冷たさや甘さを、一気に体内に流し込んだ。
張っているわけではないのに、あなたがいたら倒れてしまうほどの大声が、何処からともなく耳に入ってきて、その少女の有り余る存在感に、鼓膜が縮み上がった。




