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複雑な恋心

リリアン視点です。

 

「聞いた聞いた? 今日もフローリア様とレオナルド様、一緒にいたんだってー!」

「うそー! なんか毎日のように会ってるわよね。でも、お似合いだと思うわ!」

「ほんとよね! 正に美男美女だもの、見ているだけでもときめくわー!」



 何となく柱の陰から廊下に出るのを躊躇わせる侍女達の噂話。最近では、どこにいてもフローリア様とヴェルモートさんの話が耳に入ってくる。王女様を送り届けたあの日から、直接ヴェルモートさんと話す機会はなく、遠くから姿を見るのみ。別に話しずらいとかではないけれど、積極的に話しに行こうとは思えなかった。



「はぁ……簡単に諦められたらどんなに楽なんだろう」



 毎日のように思うやり切れない想いが愚痴のように漏れる。なかなか柱の陰から抜け出せず、そのまましゃがみ込んで手入れされた庭を眺める。



「こんなところでいかがなさったのかな?」



 突然声がかかり、慌てて立ち上がると、知らない男性が私に笑顔を向けて立っていた。騎士……ではなさそうだ。文官か何かだろうか、貴族の様な高価な服を着ているが、話したことがあったかな?



「申し訳ありません、少し庭を見ていただけなんです」

「庭をかい? ここは木ばかりだろう、もしよかったら私が花の咲き誇るお勧めの庭に案内しようか?」

「え?」



 自分自身の魅力を理解しているかのような笑顔を向ける男性に、あぁまたか、と思う。偶然を装っているけれど、どうせ私の事は知っているのだろう。あの夜会から度々知らない貴族に話しかけられる様になった。私のような女に興味があるのか、珍しい精霊使いに興味があるのか。お茶にでも行けば新たな出会いができ、ヴェルモートさんの事を忘れられるかなとも思ったけれど、私自身を見られている気がしなく、気が乗らなかった。



「お誘い頂いてありがとうございます。ただ、まだ仕事がありまして……申し訳ございません」

「今日じゃなくて休日に時間をとることもできるよ」

「きゅ、休日……ですか」



 私、こういう誘いを断るのが苦手なんだよなぁ。ばっさり断れば貴族が怒り出しそうだし、どうしようかなぁ。



「リリアン?」



 離れたところから聞こえてきた声に驚いた。何故なら、その声の主は確認しなくてもわかる人だから。



「ヴェルモートさん?」



 真っ直ぐこちらに向かってきたのは、最近は遠目でしか見ることのない彼だった。そのまま私の真横に立つと、一度私に微笑みかけ、男性に向き直る。

 私はというと、いきなり滅多に見る事のない優しげな微笑みに心臓が破裂しそうな程暴れるのを抑え込むのに必死だった。この人は何故想いを引き止めるような行動をいとも簡単にしてしまうのだろうか。



「リリアンの知り合いか?」

「え、あ、いえ……知り合いという訳ではないのですが」

「あなたは……あぁ、ハミルトン伯爵家の」

「いえ、なんでもないのです。忘れて下さい、失礼します!」



 風のように颯爽と去っていく名前さえ知らずに終わった男性に、ただただ呆れてしまった。何をそんなに慌てているのか。ヴェルモートさんに名前を確認されそうになったくらいで。



「なんか申し訳ありません」

「いや、気にするな。それよりもよくあるのか?」



 先程の微笑みが嘘のように、いつもと同じ不機嫌そうな仏頂面に戻ったヴェルモートさんに何故か安心する。もう、それくらいでなければ私の心臓が持ちそうもないのだ。



「まぁ、夜会くらいから少し……でも、今回のように突っ込んでくる人達ではなかったので大丈夫でしたよ。今回は助かりました、ありがとうございます」

「いや。……そうか、あの脅しじゃ効かないか」

「え?」

「なんでもない」



 するとヴェルモートさんが歩き出す。仕事でたまたまこの廊下を通ったのだろうか。ならば、そのまま仕事に向かうのかもしれない、そう思って見送るように立ち止まっていると、何故か歩みを止め、こちらを振り返る。



「その本を返すのだろう。行かないのか?」

「え? あ、はい。行きます」



 王宮図書館まで送ってくれるつもりだったようだ。慌てて後を追うように歩く。彼の後ろ姿を見つめながら、昔を思い出す。初めて彼にドキッとしたのも図書館へ送られた日だった。大量の重い本を持つ私に声をかけてくれたんだっけ……あの時はまだ彼に良い印象がなかったのに、憎まれ口を叩きながらも助けてくれる彼が気になり始めた。

 ふふふ、と小さな笑い声が口から漏れる。すると、前を歩く彼が身体の向きを変えることなく、首だけで後ろを振り返った。



「なんだ?」

「いえ、昔、ヴェルモートさんが本を持ってくれた事を思い出して」

「あぁ、そんな事もあったな」



 覚えていてくれた、それだけで嬉しくなる。いつ振りだろう、彼と話しをするの。



「通行人が危険だって言われたんですよねー」

「本が歩いている様だったんだ。誰でもそう思うだろう」

「そうですか? 結構あの一言には驚いたんですけどね」

「……そうか。不快に思わせたならすまない」



 律儀に謝ってくる彼を愛おしく感じる。私を傷つけるための言葉じゃないことはわかっていたけれど、相手の心を尊重しようとする姿勢は、彼の隠れた優しさだと思う。



「不快じゃないです。心配してくれたってわかってますから」

「そうか」



 その後に言葉は続かず、静かな沈黙が二人を包む。でも、それが居心地の悪い沈黙ではなく、彼という存在を近くで感じる事ができるだけで幸せに思えた。このまま側にいられれば、どんなに良いことだろう。私を見て、なんて思うのは罰当たりなことだと思えてくる。これで満足しなくてはいけない。隣に立てなくても、後ろに立てるだけで満足しなくてわ。



「あっ、レオナルド様!」



 側で彼を感じたい、そんな願いをかき消す声が聞こえてくる。あんな風に気軽に声をかけられるのは限られている。ましてや女性の声でなど一人しかいない。



「フローリア様。本日もお散歩ですか?」

「えぇ。エレントル王国の王宮内は様々な庭があるんですもの。見ていて飽きませんわ。あら、あなた……あの時の?」



 ヴェルモートさんに隠れるようにして頭を下げていたのだが、見つかってしまったようだ。



「あの時はいつの間にかいなくて、お礼が言えなかった事が気がかりだったのです。改めてありがとうございました。よろしければ名前を伺ってよろしいかしら?」

「先日は姿を消してしまい申し訳ございませんでした。私は、精霊使いのリリアンと申します」



 そう言うと花が開いたような眩しい笑顔を向け、私の手を掴むようにフローリア様が近くに来られた。私は驚きと、手汗の心配で頭がいっぱいだ。



「まぁ! もしかしてあの夜会の時の精霊使いさんじゃない? 本当に素敵な演出だったわ。わたくしとても感動しましたの!」

「あ、ありがとうございます。身に余る光栄でございます」

「また見せてもらえると嬉しいわぁ! ねぇ、レオナルド様?」

「フローリア様が願うのでしたら……」



 振り返り微笑むフローリア様に、貴公子のような落ち着いた男性の振る舞いを見せるヴェルモートさん。


 ズキン……心が苦しいと叫んでいる。認めようとする私と、認められない私。頭では二人がお似合いだと理解しているのに、心がついていけない感じが手に取るようにわかる。これ以上二人といれば、私にも優しくしてくれるフローリア様を憎らしく思ってしまう。わかってくれないヴェルモートさんに勝手に怒りを抱いてしまう。これ以上一緒にいれば、私の嫌いな所が見えてくる。



「フローリア様、私は仕事に戻りますので、どうぞ二人でゆっくりお話しください」

「え? あ、ありがとう。ではそうさせて貰います」



 突然、私が小声で話しかけたことに驚いた表情をしていたが、言葉を聞くなり頬を染め上げはにかむ。その姿は恋する乙女そのもので可愛らしかった。



「それでは私はこれで失礼いたします」

「ありがとう、リリアンさん」



 深く頭を下げてから、ヴェルモートさんの横を通り過ぎる際「すまん」と小さな声がかけられた。それに軽く会釈をし、何もなかったように歩き続ける。



 すまん


 何に対して謝っているのだろうか。送れなかったこと? フローリア様の相手をさせたこと? 二人きりになるのを選んだこと?何故あなたは私に謝るの? そう問いかけてみても答えはわからない。

 建物の角を曲がる時、ちらっと二人の様子を見る。楽しそうに話すフローリア様と頷くヴェルモートさん。確かに美男美女お似合いな二人ね、そう思うことしかできなかった。



 王宮図書館に本を返し、来た道を再び戻ろうとして違う道を選択した。もうあの二人はいないだろうが、なんとなく通りたくなかった。これもまた小さな女の意地ね。なんだか馬鹿らしく思えてくる。


 王宮の裏にあるこの道は、貴族などの表立って王宮に入ることができる者以外の通用口として使われている。食材や使用人など、王宮を動かすのに必要なものだが隠すべきものは裏から入るのだ。

 私は意外とここが好きだった。表のように鮮やかな花々がある訳ではないが、整えられた幾つもの木々が立つここは、村にいた頃によく行った森を思い出し落ち着く。そして、貴族に会う機会も減らせる。私にとっては癒しの空間でもあるのだ。



「リリアン?」

「え?」



 どこからか名前を呼ぶ声がする。



「やっぱりそうか!」



 そう言って暗めの金髪の髪を綺麗に整え、赤みがかった茶色の瞳で微笑みかける王子様風な顔立ちの男性が私の前に現れた。



「フェルナン!?」

「またリリアンに会えるなんて夢のようだ!」



 笑顔のまま駆け寄って来ると、フェルナンは強く私を抱きしめた。


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