家にお呼ばれ凜子ちゃん!
「それでね、その猫ったらおかしくて。コンビニの中に入っちゃったのよ」
「多分佐藤さんが近づいたから猫がびっくりしてコンビニに逃げちゃったんじゃないかな……」
「そうかもね、ふふふっ」
凜子ちゃんと変な関係になって3日。
人間不信と被害妄想を極めた凜子ちゃんがクラスメイトの前で問題発言をして嫌われないように、メールで会話したり、昼休憩に空き教室でご飯を食べたりと色々気遣う俺と、俺の本心には気づかずに楽しそうにお喋りをする凜子ちゃん。
「それにしても、アンタと喋るの楽しいわ。本当に私、アンタの事好きなのかしら? なんてね、そんな事言われても困るわよね」
「……」
違う。今の凜子ちゃんの気持ちは恋愛感情とかよりも、孤独への恐怖と周りへの絶望から来る俺への依存が勝っている。
好きな子と一緒にいられる時間が増えたのは増えたけど、凜子ちゃんがこれ以上嫌われないように誘導するのは思ったよりも疲れる。凜子ちゃんは俺が全く気にしていないと思っているから性質が悪い。下手すれば凜子ちゃんよりも先に俺の方が壊れるかもしれないというのに。
「それにしても、どういう教育受けたらアンタみたいな子ができるのかしら。授業参観の時に見たアンタのお母さんも素晴らしい人だったし。羨ましいわね」
「俺はそんなに素晴らしい人じゃないよ」
「謙遜ねえ。アンタ今の立場わかってる? 私の話し相手として利用されてるのよ? 貴重な時間も削る羽目になって。なのにアンタときたら、全くそれを苦にしてない」
『世の中にはこういう人間もいるんだなって思うと、心の声を聞くのも悪くないかもね』
正直結構苦しいんだけどなあ、でも凜子ちゃんの前で弱音を吐くわけにはいかないので笑顔で返す。
俺みたいな人間もいるんだと思う事で、何とか最悪の状態は免れているようだが、このまま俺を持ち上げるあまり周りを持ち下げ続けたら、凜子ちゃんの社会的地位は最悪になることだろう。
大体凜子ちゃんは極端すぎる、この世には天使と悪魔しかいないと思っているのだろうか。
俺達は天使でも悪魔でもない、人間だってのに。
「それじゃ、俺は掃除だから」
「ええ、また来週」
放課後になり、凜子ちゃんと別れて教室の掃除をする。
もしも今の関係がずっと続けばどうなるのだろうか。
凜子ちゃんが俺の事を好きだって言うようになって、なんだかんだいって都合のいい凜子ちゃんの事だ、俺が凜子ちゃんと一緒にいるうちに魅力に気づいて両想いになったと考えて、それを俺は拒むことができなくて……ある意味それもグッドエンドなのかもしれないけれど、やっぱりそれは色々と欠けてるんだろう。凜子ちゃんの被害妄想も解決することはなく、俺も凜子ちゃんに複雑な想いを抱きながら愛し続ける……ため息をつきながら下げた机を戻していると、凜子ちゃんの机の中から何かが落ちる。
それは女子が嫌がらせでいれた画鋲とかではなく、凜子ちゃんの携帯電話だ。
授業中にメールで俺と会話する頻度が増えたから、机に入れっぱなしにしてしまったのだろう。
他の人に見つけられるよりは、俺が保管しておいた方が凜子ちゃんも安心するだろうとそれをポケットに入れる。
「お前本当にじゃんけん強いよなあ、コツがあんのか?」
「ま、色々とな」
ゴミ出しは同じ当番の佃君に押し付けてさっさと帰る。
その途中ポケットが震える。凜子ちゃんの携帯だ。
「もしもし?」
「あ、その声はアンタね。よかった、拾ったのがアンタで」
何気に凜子ちゃんと通話をするのは初めてだ。電話越しならどうやっても俺は心の声を読めないし、凜子ちゃんも多分聞こえてこないのだろう。パッシブな読心能力者にとっては便利な時代になったものだ。
「今学校から少し離れた場所だけど、どうする? 佐藤さん学校まで来る? それとも預かっとこうか?」
「土日を携帯無しで過ごすのは嫌だし、学校まで行くの面倒くさいし……お願い、家まで届けにきてくれない? 住所は……」
凜子ちゃん調子に乗ってるなあ。でも、俺に甘えてくれるというのは素直に嬉しいし、凜子ちゃんの家には前から行きたいと思っていたから好都合だ。喜んで承った俺はスキップしながら凜子ちゃんの家へ向かう。
言われた住所へ行くと、そこにはどこにでもあるような一軒家。
貧乏が凜子ちゃんを狂わせたわけでも、裕福が故に狂ってしまったわけでもなさそうだ。
チャイムを押すと、
「はいはい……あら、どなた? ひょっとして、凜子の彼氏かしら?」
玄関に凜子ちゃんの母親と思わしき女性が。どことなく凜子ちゃんに似ているし、優しそうな人じゃないか。この分なら、身近な家族への誤解を解かせることで、凜子ちゃんの被害妄想を軽減できそうだ。
「はい。佐藤さんが携帯電話を学校に忘れたので届けにきたんです」
「わざわざありがとうね。凜子なら、2階の自分の部屋にいるわ」
「お邪魔します」
家にあがって凜子ちゃんの部屋へ向かうついでに、癖になってしまったのか凜子ちゃんの母親の心を覗く。きっと凜子ちゃんの人間不信を心配しながらも、めげずに惜しみない愛情を注いでいるのだろう。
『とっとと結婚でもして家から出ていってくれないかしら。そうすればあの男と別れられるのに……』
ほーら、凜子ちゃんが結婚することを望んで……は?
「……あ、来てたんだ。とりあえず、部屋に来て」
2階から降りてきた凜子ちゃんが、ショックで立ち尽くす俺の手をとって逃げるように自分の部屋へ連れて行った。




