恋人ぽいかな凜子ちゃん?
「で、付き合うってどうすればいいの? 俺、女の子と付き合ったことないよ」
「そこまで深く求めるつもりはないわ。今まで通り、たまに私と話してくれれば十分よ。友達作りの件で、正直私に負い目を感じてるでしょ? 私から距離を取りたがってたでしょ? でもそれじゃあ私は困るのよ、唯一の味方ですもの。恋人ごっこで引きとめたいだけなの」
「ま、まあね。正直、顔を見るのも辛かったよ」
「ふふん、私には全てお見通しなのよ……ま、私自身、どのくらいで満足できるのかわかってない、将来的にはデートしてくれだの頼むことになるのかもしれないけど、今は今まで通りで十分だと思うわ」
屋上でニヤリと微笑む凜子ちゃん。少し元気を取り戻したようで何より。
凜子ちゃんの言うとおり、俺は凜子ちゃんから逃げようとした。けど、凜子ちゃんが俺に逃げないでくれと頼んだから俺は再び凜子ちゃんと向き合うことにした。
今まで通り凜子ちゃんと会話する。考えてみれば劇的に何かが変わったわけではないのだ。
「さて、それじゃあ私はもう帰るわ。あ、携帯のアドレスくらい交換するべきよね? 赤外線赤外線……」
スマホを取り出してアドレスを交換する俺と凜子ちゃん。よく見ると凜子ちゃんのスマホには、猫神さんがつけていたストラップの色違いがついていた。どうやら猫神さんにお店を教えられて、早速昨日買ってつけたようだ。
「……こんなもの、もういらないわね」
「えっ」
ところが凜子ちゃんはそのストラップをブチっと引きはがすと、屋上からグラウンドに向けてポイと投げ捨ててしまった。凜子ちゃんの好きな猫のストラップを。
「ふう、すっきりした。それじゃ、私は帰るわ。明日から改めてよろしくね」
『猫のストラップに罪はないけど、あの女を思い出すと腹が立つしね。何で私はあんな女とお揃いのストラップなんて買ったのかしら、馬鹿みたい』
屋上に取り残され唖然とする俺であったが、すぐにグラウンドに向かうと、凜子ちゃんの投げ捨てたそれを回収する。いつかまた凜子ちゃんにつけてもらうために。
凜子ちゃんとの関係こそ変わってはいないが、凜子ちゃん自身は劇的に悪化している。
猫神さんという話も合う友人が出来たと思ったら、悲しい事情で猫神さんは凜子ちゃんから距離を取らざるを得なくなった。
けど、凜子ちゃんからしてみれば、猫神さんに裏切られたも同然。
信じていた人に裏切られた凜子ちゃんの人間不信は加速して、あれほど食いついていたストラップを平然と投げ捨てるまでに。
さっきだって凜子ちゃんは言っていた。『アンタは周りのクズみたいな人間とは違う、アンタはすごくいい人だって、私にはわかってる』と。
今の凜子ちゃんは周りの全てを汚い存在だと見下し、代わりに俺を神格化してしまっている。
この調子なら、凜子ちゃんが本当に俺の事を好きだと言ってくれる日も近いかもしれないけれど、何だかそれはアンフェアな気がする。嘘偽りない真の好意なんて判別できっこないけど、神格化された状態の俺が好きだと言われても、いい気分はしない。
俺が凜子ちゃんと会話すればするほど、味方をすればするほど、凜子ちゃんは俺を持ち上げるために周りを下げる。一時的で済むはずの今の凜子ちゃんの狂った価値観が、手遅れになる可能性だってあるのだ。
とりあえず、凜子ちゃんの超人間不信モードを解消するキーマンは、やはり猫神さんだろうか。
猫神さんが決して悪意を持って凜子ちゃんから離れたわけではないと理解させることができれば。
それに、今の時代学校でお喋りするだけが友達のすることではない。
携帯電話でメールをしたりするくらいなら、別に女子グループにバレることなくできるだろう。
今の俺の立場を猫神さんに代わってもらって、凜子ちゃんには一歩引いた立場から俺という男を評価してもらいたいのだ。
「おはよう」
「おはよう」
『うん、やっぱり挨拶するだけで何だか気分がよくなるわね。周りの連中と挨拶したって、反吐が出そうになるけど』
翌日の朝。教室に着くと不機嫌そうに黒板を見ていた凜子ちゃんが、俺の顔を見るなりにこやかな顔になる。守りたい、この笑顔。
猫神さんとは違って、俺が凜子ちゃんと話そうが誰も俺を責めやしない。ここら辺は、俺が男子なのと、日頃の行いが良いからだろう。実際心が読めることを活かして、猫神さんのプリント配りを手伝ったりと声なき声に反応してきた結果、親切な人間だと俺を称する人もいる。凜子ちゃんがそう思っているように、周りの人間もほとんど俺が親切心から凜子ちゃんに話しかけているだけでしかないと思っているようだ。そのうちエスカレートした女子に『斎藤君って、佐藤さんがタイプなの? 趣味わる~い』とか嫌味を言われそうな気もするけど、それくらいで臆する程俺の凜子ちゃんへの気持ちは弱くない。凜子ちゃんを快く思っていないのは女子だけではない、男子だって勿論いるけど、女子に手を下そうなんてことはプライドが許さないようで、たまに陰口叩くくらいで済んでいる。手を下しそうだった遠藤君とも和解したし、まさに雨降って地固まる。
ただ、今の凜子ちゃんがいつ積み重ねてきたそういう信頼をぶち壊しにするかわからないので、そこらへんは俺が頑張るしかないのだろう。
「……」
猫神さんが俺と会話している凜子ちゃんを見て、少しほっとしたような表情を見せるも、すぐに申し訳なさそうな顔になってこちらを見てくる。大丈夫だよ、猫神さんとも和解させるからね。
「ねえ、昼休憩どこかでお弁当食べない?」
「……たまに話してくれれば、私は十分だけど? 別に恋人らしいイベントなんて望んでないわよ?」
「俺がしたいんだよ、一度こういうのやってみたかったんだ」
「まあ、それならいいけど」
『本命とするまで取っておくべきだと思うけど、ま、こいつがそう望むなら仕方ないわね』
4時間目の授業中、凜子ちゃんとメールのやりとりでお昼の約束を取り付ける。正直今の凜子ちゃんと会話しているうちに、凜子ちゃんが周りを貶すような発言をしてどんどんヘイトを稼ぐようなことになったら困るので、出来るだけ人のいない場所に隔離したい、喋らせたくないというのが本音。しかし凜子ちゃんも俺に頼っているという負い目からか、俺を神格化しているからか、俺の言う事を素直に聞くようになっているようだ。恋人ごっことは言えど、やはり俺も男。色々と邪な考えも出てしまうが、今は涙を飲んでそれを封印する。
「それじゃ、いただきましょうか。今日のお弁当は自分で作ったのよ」
「へえ、美味しそうだね。ちょっとくれない?」
「いいけど、おかずは全部冷凍食品よ」
「……」
「何よ」
空き教室に入って、念のため鍵も閉めて二人だけのお昼ご飯。
なんだかんだ言って好きな子と一緒にご飯が食べれるというのは嬉しい。それだけでご飯3杯はいけそうだ。
『んー、ご飯が美味しいわ。何で今までこういう所で一人でご飯を食べようとしなかったのかしら、気持ち悪い心の声が聞こえないって素敵。聞こえてくるのは、聖人様の慈愛に満ち溢れた心』
本当に俺を神格化して美味しそうにご飯を食べる凜子ちゃん。俺は凜子ちゃんが思っている程素晴らしい人間じゃないんだけど、それを言っても今の凜子ちゃんには謙遜でしかないんだろうなあ。
「ねえ、明日からもこうして隠れてご飯食べましょうよ。実を言うとね、私人ごみとかが苦手なの」
『なんてね、彼はそれに気づいてあえて誘ってくれたんだわ』
曲解して幸せそうにご飯を食べる凜子ちゃん。その笑顔がすごく可愛くて、今の関係がずっと続くのもありなのかな、と思ってしまう。けど、やっぱり間違ってるよね、こんな関係。
一瞬だけでも、凜子ちゃんがこのまま自分だけを頼って欲しい、自分だけを見て欲しい、自分だけを求めて欲しいと思ってしまったことを強く恥じ、
「卵焼き食べる?」
「ええ、遠慮なく貰うわ」
凜子ちゃんにお詫びとして卵焼きを寄越すのだった。




