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被害妄想だよ凜子ちゃん!  作者: 中高下零郎
被害妄想だよ凜子ちゃん!
32/46

とりあえずよろしく凜子ちゃん!

 ずっとトイレに座ってガタガタ震えていたかったが、無情にも朝のSHRを告げる予鈴が鳴る。

 教室に戻った俺は、凜子ちゃんの方を見ないように席に座る。



 もっと早く動いていればよかったんだ。

 友達作りなんて、真っ先に手伝うべきことだったんだ。

 凜子ちゃんに頼られる自分に酔って、凜子ちゃんを3か月もぼっちなままにして、今更友達作ろうだなんて他人事のように。

 昨日の凜子ちゃんは、心から楽しそうだった。同性の、話も合う友人が出来て、幸せそうだった。

 けど、今の凜子ちゃんは。


「……」

『私は最初からわかっていたわ。心が読めるもの。あの女はね、孤独な人に優しくするフリをして突き落とす、悪趣味な女なのよ。飼ってる猫だって、虐待してる。クラスで一番いけ好かない女。だから私は全く傷ついてない。アンタに世の中いい奴ばかりじゃないって教えてやるために、わざとノったのよ。私は傷ついていない、私は傷ついていない、だから大丈夫……』


 担任の教師が7月に行われる定期テストについて語る中、チラリと凜子ちゃんの方を見て心を覗く。

 悲しんでも、笑ってもいない。心の中は、既に猫神さんを悪人として認識しており、必死で自分は傷ついていないと自己暗示をかけていた。ついさっきまでは、猫神さんの事を心の中ではっきりと友達だって思っていたのに。折角最近、凜子ちゃんの被害妄想も軽くなってきたと思っていたのに。



「つっくん、週末映画見に行こうよ。つっくんの好きな野球モノだよ」

『本当は恋愛モノがいいけど、たまにはつっくんにも合わせないとね』

「お、おう。え、映画の後はその、買い物とかしようぜ」

『そしてあわよくば、手を繋いでキス!』



『あそこの男はヤることしか考えてない。あの女は男に貢がせることしか考えてない。醜い男女同士お似合いね、死ねばいいのに』


 祝福していたはずの佃君と長瀬さんカップルには呪言をぶちまけ、聞こえなくなったはずのエロい心の声も復活したようだ。



「かーっ、そいつ酷い女だな。そんな女とは一旦別れるべきだろ」

『そんな女は独りになって自分の馬鹿さ加減を知ればいいんだよ』


『あの男は男女を別れさせて、女の方を慰めるついでに食い物にしようとしてるわ。とんだ友達想いな男ね』


 クラスメイトの恋愛相談に乗っている遠藤君を非道な男にし、



「田宮氏、今週末一緒にイベントに行きませぬか?」

「ごめん、ちょっとその日は用事が……」

「ああ、そういえば妹がデートだデートだって騒いでたな。ははは、楽しんで来いよ」

「なるほど、そういう事でござったか。でしたら拙者達は拙者達で楽しむことにするでござる」

「ごめんね、最近付き合い悪くて」

「いいってことよ、だって俺達はなまかだからな」



『彼女ができて、もうアンタ等の事仲間とも何とも思ってないわよ。哀れなオタク共。告白断って大正解だったわね』


 オタク友達と恋人付き合いで悩む、かつては自分に告白もしてきた田宮君すら悪人に仕立て上げる。




「……」

『ああ、あの女、私を見て笑ってるわ。一日だけでも友達気分が味わえて楽しかった? って心の中でほくそ笑んでるわ。その汚い心が読まれてるとも知らずに、本当に可哀想なのはアンタの方よ』


 凜子ちゃんの事をたまに見て、申し訳なさそうな顔をする猫神さんに対しては先程も述べた通り。

 持ち上げてから落とされた凜子ちゃんの被害妄想は、今までで一番酷くなっていた。

 それもこれも、全ては俺が半端な気持ちで凜子ちゃんを救おうとした所為。


『現実を知って苦しんでるわね、いい薬になったかしら? 私は全然傷ついてなんていないけど、彼は私を傷つけてしまったと思ってるでしょうね。それでいいのよ、彼のお節介さは、そのうち自分の首を絞める。全てを知っていた私は傷つかずに、彼自身が傷ついたわけじゃない。ふふふ、結果的に私が彼を救ったのかしらね』


 クラスメイト達を悪意の塊をして見ながらも、俺だけは未だにお節介ないい人と認識していたのが、俺に優しさを見せてくれたのが、とても辛かった。彼女の言うとおり、俺のお節介さが、俺の首も、凜子ちゃんの首も絞めた。



 自己嫌悪で吐きそうになりながらも、お昼休憩を迎える。

 いつものように自分の机にお弁当を開く俺と凜子ちゃん。

 凜子ちゃんがふと、猫神さん達のいるグループを見る。

 そこでは表面上だけかもしれないが、女の子達が楽しそうにお喋りしながらお弁当を食べていた。



「……え?」

『何で、私泣いてるの? 私は傷ついてなんてない、寂しくなんてないのに』


 気が付けば凜子ちゃんの目からポロポロと涙が流れ落ちて、ご飯を塩辛くしていた。


「ひっ、ひっ」

『違う、私は独りがいいの。寂しくなんてないの、昨日だって、偽りの友人関係だってわかっていたから、傷ついてなんてないの。何で? どうして?』


 自分は傷ついてもないし寂しくなんてないと心の中で強がってはいるが、


『寂しい……友達が欲しい。友達でなくたっていい、誰かに縋りたい。少しくらい傷つけられたっていい。でも、嫌だ、誰も傷つけたくない。どんなに努力したって、私の能力のせいで、無意識に傷つけちゃう』


 深層心理では痛い程に、今まで抑え込んでいたものを吐きだすかのように、寂しい寂しいと嘆いていた。

 教室で一人泣きだす凜子ちゃんを、女子グループが冷ややかな目で見る。


『え、何あの女? 何で泣いてんの? 意味わかんない、きもっ』


 ただ一人、猫神さんだけが、とても悲しそうな目でそれを見ていた。

 凜子ちゃんが泣いたのは、自分が悪いんだって、自己嫌悪に押しつぶされそうな目であった。

 違う、悪いのは俺なんだ。




「くそがっ!」


 食事も喉を通らず、自分への苛立ちからいつかの遠藤君のように男子トイレの掃除用具入れの扉を蹴りつける。全部、全部俺の責任なんだよ!


「斎藤君、何かあったの? 何だか佐藤さんの様子がおかしかったけど」

「……田宮君か」

「今はもう僕には彼女はいるけど、一度は告白した身。よかったら、話してくれないかな」


 田宮君に話しかけられて少し落ち着いた俺は、彼に事情を説明する。

 よかれと思って凜子ちゃんに友達を作らせようとしたこと。それに失敗してしまって、凜子ちゃんが酷く悲しんでしまったことを。


「……なるほど。友達が出来たと思ったら、すぐに離れて行った……僕にも昔そういう経験あるよ、頼りないオタクだからね。天国から地獄、佐藤さんの気持ちは痛い程にわかる。寂しくて寂しくて仕方がないんだろうね。でも佐藤さんは独りじゃない、君がいるじゃないか。答えは簡単だと思うな」


 俺にそう告げると田宮君はトイレから去って行く。簡単か。言うは易く行うは難し。今の俺は、何をしても凜子ちゃんを傷つけるんじゃないかって思っている。

 凜子ちゃんの顔を見るのも辛い、話しかけるなんてとんでもない。



「あ、あの!」

「……猫神さん」

「ちょっと、こっち来てください」


 トイレから戻る途中、今度は猫神さんに声をかけられる。

 猫神さんに誘導されて、人のいない空き教室へ向かう俺達。



「う、うう、うえええええん」

「ね、猫神さん!?」


 空き教室につくや否や、びーびーと泣きだす猫神さん。


「私の、私のせいで、佐藤さんが、私、最低です」

「違うよ、猫神さんは悪くないよ」

「悪いのは私です。しかも今から、斎藤さんに酷い事をお願いするんです。……佐藤さんを守ってください、支えになってください」

「……そりゃ、俺だってなりたいけど」

「私、気づいてます。斎藤さんが佐藤さんの事好きだって。佐藤さんも、斎藤さんの事を少しずつ意識してるなって、前から二人を見てて、お似合いだなって思ってました」

「……」


 なんだかんだ言って女の子はその辺鋭いようだ。凜子ちゃんが猫神さんの事をストーカーだと思っていたのは、俺達を見ていたからなのだろうか。


「折角、折角うまく行っていたのに。私のせいで。今の佐藤さんは、斎藤さんの事を……」

「うん、わかってるよ」

「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 何度も俺と凜子ちゃんに謝罪をしながら空き教室を出て行く猫神さん。

 猫神さんの言いたいことは、心を読めばわかる。俺も正直、そう思っていた。



「……」


 教室に戻ると、凜子ちゃんが何かを決心したような顔になっていた。

 心を読もうとして、やめた。心を読まなくたって、何となくこの後の展開が予想できたから。





「待って。話があるの。屋上来てくれない?」


 放課後、帰ろうとする俺を凜子ちゃんが引きとめる。

 凜子ちゃんに誘われて屋上へ向かう。フェンスにもたれかかった凜子ちゃんは、



「正直に言うわ。私寂しいの。とある事情で孤独を満喫していたけど、やっぱり人間寂しさには勝てないのかしらね」


 俺に胸の内を告白した。正直にそんな事を言うくらい、多分凜子ちゃんは滅入っていたのだろう。


「アンタが紹介したあの女がロクな女じゃないって事、私は知ってたの。それでも、アンタの顔を立てるつもりで、アンタに現実を教えてあげるつもりで、偽りの友人気分を味わったわ。けど、偽りでも、やっぱり無くなると寂しいものね。あの女は大嫌いだけど」


 猫神さんは凜子ちゃんが言うような悪い子じゃないと弁解したかったが、口を挟めるような空気ではなかった。


「まあいいわ、単刀直入に言うわ。私と付き合ってよ、話し相手になってよ」

「……!」

「お節介の責任とってよ。偽りでも、私の寂しさをまぎらわせてよ。私の心が満たされるまででいいからさ。……告白した相手に言うのもなんだけど、勘違いしないように言っておくわ。私、アンタの事が好きなわけじゃないんだと思う。多分、寂しくて、話しかけてくれたアンタなら私を受け入れてくれるんじゃないかって、淡い期待を抱いてたのよ。アンタは周りのクズみたいな人間とは違う、アンタはすごくいい人だって、私にはわかってる」


 それまで凜子ちゃんの俺に抱いていた気持ち。それは本当に恋愛感情だったんじゃないかって、俺は思っている。でも、孤独の苦しみを噛み締めた凜子ちゃんは、その気持ちを寂しさからくる依存心でしかないだと認識してしまった。猫神さんが謝っていたのは、それについてだ。


「アンタが別に私の事を好きじゃないってことも知ってるわ。アンタはただ、お節介なだけ。誰にでも優しいだけ。私はね、とある事情でそういうのがわかるけど、勘違いする女も出てくると思うから、やめた方がいいと思うわよ? って、告白してる相手に何を言ってるのかしらね、私は。そんなわけで、私を守ってよ。私の寂しさをまぎらわせてよ。アンタにメリットなんて何1つない。はっきり言って私の性格は悪いわよ、アンタを傷つけるわよ。さあ、答えて」



 辛い。好きな女の子に、偽りの恋人関係を結べと言われるなんて。

 けど。



『彼はどうしようもないお節介。だから、例えデメリットしかなくても私の誘いを断れない。私を守ってくれる。守ってくれる。守ってくれる』


 凜子ちゃんの心の中は、俺が凜子ちゃんを受け入れてくれるという確信、いや、願望で溢れていた。

 そんな凜子ちゃんを突き放すなんて真似、



「わかった。よろしく、佐藤さん」

「ええ、よろしく」

『私はズルイ女ね。彼が優しいのを知っていて、断れないのを知っていて。きっと私はこの能力のせいで、彼を傷つけることになるわ。けど、私も多分限界なんでしょうね』


 俺にできるわけがない。俺はがっしりと凜子ちゃんと握手をし、偽りの恋人関係を結んだのだった。

 傍から見れば、凜子ちゃんを悲惨な目に合わせて、救世主ぶって好きな女の子と付き合う俺の方がズルい男なんだろうな。でも、正直言って、結構今辛い。

 凜子ちゃんは俺を傷つけるんじゃないかって怖がっているけど、俺だって凜子ちゃんを傷つけるんじゃないかって、正直怖い。

 けど、まだチャンスはある。凜子ちゃんの被害妄想を取っ払うチャンスだって、凜子ちゃんに本当に好きになってもらうチャンスだって、きっとある。だから今は、喜んで凜子ちゃんの騎士になろう。

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