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遅れてきた魔術師  作者: かがみ豆腐
第一章
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出発

 ロナが戻ってきたのは哲が外で錬成したそれを部屋の中に運び込んでいる最中にだった。

「やあ、おかえり」

「大変……はぁ……失礼しました……はぁ……」

 用件を聞かずにお使いに行ってどこから走って帰ってきたのか。これ以上責めるのも酷なので聞かないで置いた。

「いいよ、もう自分でやったから。それで悪いけど部屋のドア開けてくれる? 手が塞がっちゃってて」

 両手に抱えた機械は哲の世界の道具である。そこまで重くはないが片手だと辛い。

 ロナに開けて貰って部屋に入り、その機械を机に降ろす。

「さ、て。これで道具は揃ったぞ。ロナ、そこへ立って」

 部屋の窓と反対の壁にロナを立たせると、哲は向き合うように配置された三脚装備の一眼レフの操作を始めた。タイマーは十秒に設定する。

「よし……撮るよ、――十、九……」

 髪型が気になる年頃なのは仕方ない。哲は自分なりの落ち着く形に三秒で整える。そしてロナの隣に立つと、彼女が汗で若干湿っているのがわかった。走ってきて息が荒いのもあり、写真を撮るには万全とは言い難い。

「――ほら、緊張し過ぎ」 

 背中を軽く叩くと小さな肩がピクンと撥ねた。

「あぅ……っ」

 二人の視線が交わる。  

 ――カシャ。

「あ……タイマーを間違えたか」

 普通はカメラに目線を合わせて撮るものなのだ。失敗の撮り直し、でもいい。

「これにしよう」

「え? あのぅ……いいんですか?」

「ん、すぐ出来るから待ってな」

 先ほど外で錬成してきた機械と一眼レフをケーブルで接続し、小さな操作パネルを指で押していく。電源は小型のバッテリーしか錬成しなかったのでまともに動くのは一度きりだろう。

「……で、写真用紙に印刷――と」

 ウィーン、ドガガガ、と不安になる音を発しながら即席のプリンターが頑張り始める。

 しばらくして出てきたのはもちろん今の風景を切り取った一枚。

「おお、角度と光の奇跡だな」

 通常より男前に映った自分に満足し、ロナにも見せてやる。

「わぁ…………」

 この時彼女が嬉しそうな顔をしてくれたのが何よりも嬉しかった。

 横に並んで顔を見合わせた不自然な構図であるが、写真には当人にしかわからない味というのが存在する。

「あげるよ。もしかしたら帰ってこないかもしれないからさ。時々『こんな奴も居たなー』くらいに思い出しておくれ」

「え?」

 照れくさそうな笑顔に薄い陰りが浮かんだ。

「あー……いや、もしかしたら、だから。たぶん、……じゃなくて、必ず帰ってくるから」

 馬鹿か、と胸の内で自分を罵った。

 なぜ無視できるような可能性を口にしたのか。そんなに彼女の気を惹きたいのか。自分の浅はかさに嫌気がさした。

一抹の不安を残しつつもそれ以上は口にせず、写真を給仕服のポケットに仕舞いこんだロナに背を向け、哲は機材を持って部屋を後にした。 

 三脚やプリンターなど向こうの世界の道具は残しておくとこの世界に良くない影響を及ぼしかねないので土に戻さなければならない。バイクも同様、役目が終わったら元の物質に還元する前提で錬成したのだ。

 そしてそれをやるのは必ずここに無事に帰ってきてからだ。

 魔石を握りしめ、胸にそう固く誓ったのだった。



 翌朝。

「――正直、もうちょっとゆっくりしても良かったよな」

 一日しか滞在しなかった領主の館を遠目に見ながら、哲は庭でバイクの調整を行っていた。

「そうですよ……まだ日が昇ってもないです」

 パジャマ姿の寒そうなロナは寝起きそのままの格好である。

「悪かったね。起こすつもりは無かったんだけど、どうしても目が冴えちゃって」

 遠足が楽しみな小学生でもさすがに夜明け前は布団から出たがらないだろう。

 ボルトの増し締めを終えると哲はバイクの座席の後ろに提げたサイドバッグから、向こうの世界から持ちこんだ缶コーヒーを二本取り出した。

「缶詰。知ってる?」

 ロナは見たことが無いと首を振る。

「そか。そうだな、まだ作れないか」

嫌味のつもりで言ったのではない。缶の底部のピンを抜くと発熱する仕掛けが付いたのは哲の世界でも最近の話だ。

「ほら、あったかいよ」

 一本を渡してやり、手に包んで薬剤の科学反応で温まるのを待つ。不思議そうにロナも真似をした。 

 この季節の朝は寒かった。哲の世界は真夏だったのに対し、ここでは冬のそれを感じさせられる。

これが異世界。時間も座標も、すべてがずれている。

 ――大きな桜の木だ。

 その枝のどこかに咲いた小さな花が今居る世界と思えばいい。

「……そろそろいいかな」

 カシュ、とプルタブを開けて示してやり、ロナも挑戦する。

「私……爪が小さくて……」

 そういえばあっちの友人も似たようなことを言っていた気がする。

「貸してみ」

「……お願いします」

 難なく開栓し、次にこれは飲むものだと教えてやった。

「――珈琲ですね」

「ちょっと缶の味がするがね。俺はこっちの味のが好きなんだ」

 吐けば湯気となる息を視界に広げ、夢中になっているロナに首をむけた。

「ありがとう。色々手伝ってくれて助かった」

 地図以外にコンパスなどのちょっとした道具類を手配してくれたのは彼女なのだ。道中での食事として作ってくれた弁当までサイドバッグに収まっているのだから本当に頭が上がらない。

「そんな、……良いんですよ」

 どこか陰りのある笑顔は別れを惜しんでくれているのか。たった一日程度しか経っていないが、ここまで気の合う相手というのも珍しいものだ。

 もう少し時間があればよかったのにと思う。いつまでもこの世界に居られたなら、と。

「……じゃあ、コシュークさんには一週間くらいで戻ると伝えておいてくれ」

「はい」

 いつかは帰る時が来るのだ。長くをここで過ごせば、それだけその時が辛くなる。

 自分はこの世界に存在してもいい人間ではないことを忘れてはいけない。

「それじゃあ、行って来るよ」

 錬金術で現出させていた工具を土くれに戻して哲はバイクに跨った。

 ふーっと深呼吸をして、肩の力を抜く。

 静かにキーを回すと最初に速度と回転数のメーターが限界まで上がる。これがゼロに戻ると原点復帰が完了して始動準備が整ったことになる。

 始動スイッチを押し、エンジンが鼓動を始めるとゆっくりとアクセルを捻ってバルブの開きを大きくしていく。夜気が残る早朝の冷たい空気は機体の唸り声が震わせ、ロナの顔が緊張に強張っていくのが見えた。回転数のメーターは順調に上昇し、どこにも異常がないことを教えてくれた。

 刹那、人の声などかき消すエンジン音に紛れて別れの挨拶が飛んできた。

「――お気を付けて!」

 それに対し哲は頷き、目で返事をした。

 ――必ずここへ帰ってくる。

 彼女は必要のない危険を冒してまで写真を撮りに行くこの大ばか者を許してくれるだろうか。

すまない、と心に思う。

 それでも、じっとしていられないのだ。

 決して二度と訪れないであろうこの機会を。自分が一番最初の証人になれること。

 誰も知らない世界が今、自分の目の前にだけ広がっている。

 これをどうして手土産なしに帰れるものか。

「行くぞ、シーナ」

 クラッチが繋がり、機体が動き始めるともう哲は振り向かなかった。




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