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遅れてきた魔術師  作者: かがみ豆腐
第三章
20/20

騒ぎは終わり、風は吹く。

これが最後のお話です。


この後の披露宴はただの舞踏会に変更しなければなるまい。来賓を楽しませる挨拶を考えておかなければ。

 そんな憂鬱と決闘に巻けてすっきりとした、妙な爽快感の入り混じった気持ちでレアードは大聖堂の見事な天井画を仰いでいた。あの太り気味な天使たちが今にも自分を迎えに降りてくるのではないか。このまま眠ってしまいたい気分だ。

そんなことを考えていると視界の端から執事が駆け寄ってくるのが見えた。

「レアード様……大丈夫ですか?」

「爺や……すまない、負けてしまった」

「御怪我は、目は平気ですか? しっかり見えていますか?」

 心配性が過ぎるのは昔からのこと。いつもなら強がってでも鬱陶しがるところだが、今日だけは甘えてみてもいいかもしれない。

「平気だ。手を貸してくれないか」

「おお……しっかりしてくださいませ」

 執事の手を借りて立ち上がると、思わずこう言いたくなった。言葉にして耳に入れれば納得できる気がしたのだ。

「……どうやらこれで良かったらしいな」

 どうして邪魔が出来ようか。

 青年の左手を両手で包み込み、大雨のような涙を落とす花嫁。それに彼は戸惑いながらもまだこちらの様子を窺っている。もう勝負は着いたというのに。

 レアードは哲に言った。

「私の負けだ。好きにするがいい。後の話は私が付けておく」

「……いいのか?」

 まだ彼は疑り深そうな顔をしている。

「私は決闘に負けたのだぞ。それとも、『まいった』と口にしなければ許してくれないのか?」

「いや……そういうわけじゃないが」

 最後のささやかな嫌味に満足すると軽い笑みを湛え、何も言わずに去ることにした。その背中を執事が慌てて追いかける。が、急に彼が立ち止ったせいでその背中に顔をぶつけた。

 鼻を抑えながら謝る執事を無視して、レアードは哲に強い視線を向ける。

 そしてこう声を張り上げた。

「また会おう! ……次は負けない」

 大聖堂から二人が出ていき、静寂が戻った後もしばらくは誰も言葉を発しなかった。

「……また来る気か、あいつは」

 ようやく哲が口を開く。それは興奮によって麻痺していた左手の痛みがそろそろ我慢できなくなってきたのが原因と言えばそうだった。

「いま自分の負けだって言ったように聞こえたんだがな……」

 花嫁を賭けて決闘を行い、決着が付いた。ならばもうそれで終わりではないのか。

「負けず嫌いな方ですから……おそらく本気で言ったのだと思います」

 彼を知るロナの言葉に力が抜ける。

「なんだそりゃ……自分が勝つまでやめないタイプかよ。勘弁してくれ」



 ――一週間後。

シリルの町は領主が亡くなって以来の活気に満ち溢れていた。目抜き通りから連なる露店の数は記録的となり、溢れた屋台らが路地裏まで占拠している。そこを住処とする者と店主の陣取り合戦のいざこざが方々で起こり、西へ東へと走る警吏の姿は気の毒なほどであった。

 そして今日はめでたい日である。この町の領主が結婚の披露宴を行うのだ。

 先代の領主であるコシュークが病に倒れ、それから公に姿を現した、謎の多い一人娘のアリス。

まだ若すぎる彼女が領主を継ぐと発表された際には様々な懸念がされていた。それに加えてコシュークと血の繋がりが無いという噂が尾ひれを付けて泳ぎまわっていたものの、この度晴れて成婚したことによって市民の不安は少しだけ和らいでいた。

 入り婿でアリスと同じくまだ若いのではと心配する声はあるが、それでもやはり女より男の統治者のほうが安心できるという世間の空気である。おまけに平民の出身から前領主の一人娘と結ばれるわけなのだから、かなりのやり手に違いない。

「……という感じか。ならば市民を裏切らないように懸命に努めることだな」

 他人事のように言いながらレアードは飽和量を越えただの砂糖水になっていると思われる紅茶を啜った。

 そのテーブルの対面に座るのは、この度めでたくシリルの領主となる空羽(そらば)(あきら)である。

「そう簡単に言うけどな、俺はすでにくたくただ。もうあんたに代わって欲しいくらいだよ」

 ため息を吐いて力なく背もたれに体を預ける。

 ついさっき、アリスと共に大きな馬車に乗って町を一周してきたところなのだ。結婚パレードとでも言うのか。この後に広場で行われる市民を招いての宴にはまだ時間があるが、気疲れにロナが淹れてくれた紅茶にも中々手を着ける気になれなかった。

 湯気の立つカップを持ち上げ、そこに映る自分の顔を眺めてみる。

「領主ってのがまさかこんなに大変なことだったとは……」

 馬車に乗って市街を凱旋するのは権力の誇示と、主に顔を広めるのが目的にある。哲の性格からそれはあまり気が進まないことではあったが、やらなければ市民に疑問を与えてしまいかねないので恒例行事として参加したのだ。これからは自分の行動の一つ一つが積み重なってこのシリル全体に影響していく。気を遣わなくてはならない振る舞いを、まずは覚えることから始めなければならない。

「――で、わざわざそんな自慢話をするために私をこの場に呼んだのか? こちらとて暇なわけではないのだがね。貴族にも仕事、果たすべき役目があるのだ」

 哲の話をつまらなそうに聞いていたレアードが欠伸をしながら訊ねてきた。

「……ああ。実はな、その手の話をしたくて今日は来てもらったんだ」

「?」

 結婚をぶち壊しておいてその相手を披露宴に呼ぶという暴挙だが、それにはちゃんと理由がある。

「知っているとは思うが俺は平民の出だ。それが今や貴族の仲間入りをしようとしている。しかも、領主というとりわけ特殊な立場に。だから、右も左もわからない俺にどうか貴族という生き方を教えて貰えないか。礼は出来る限りしたい」

「なぜ私に」

 面倒なことを、聞こえてきそうな顔である。

「あんたしか頼れる人が居ないんだ。そりゃあ、アリスと結婚してから俺のところに挨拶に来てくれた貴族は居た。でも、そういう相手にこんなことを頼むのは正直に言って怖い。言い方が悪いかもしれないが、利用されるんじゃないかって。そういう不安がある」

「それは確かにな。そのくらいの心構えで用心しておけばいいだろう。――なら私だってそうではないか?」

 と、ここで哲は言葉を切った。

 代わりに両手をテーブルにつき、頭を下げる。

「頼む」

「…………」

 決闘で命のやり取りをしたからこそ見えた相手の本質。レアードのそれはまさしく敵を裏切らない騎士のそれだった。これほど信頼できる性分もなく、だからこそ彼の助言が欲しいのだ。

 下を向いたまま哲は言葉を紡ぐ。

「……俺は以前、レティクという町でひどいモノを見た。領主の政治があまりにも勝手な都合で行われ、挙句の果てにそいつや貴族は決起した市民に倒されてしまった。市民たちは貴族を片っ端から捕まえて……今はどうなったのかは知らない。ただ、俺はこの町をあんなふうにはしたくないんだ。だから、頼むレアード! 俺に貴族というものを教えてくれ……!」

「町のために、領主、貴族としての役目の果たし方を教えてくれというのか?」

「そうだ。俺はこのシリルが好きだ。初めて来たときも一日中わくわくして過ごして、コシューク氏と出会ったのもここの酒場だった。もしもこれがあのレティクのような場所だったら……。ここを治める役に就いたからには、ちゃんとやっていきたい。それにはどうしてもあんたの力が必要なんだ……!」

 かちゃりとカップの音を立てて紅茶を飲む気配がした。哲はまだ頭を上げない。

「……たしかに良い街だ、ここは」

「…………」

 レアードはどこか遠くに目を置いて語り始める。

「私が決闘に敗れたために、貴様のような者がアリス嬢、ひいてはコシューク氏の跡を継ぐ。それを思った私は自分自身の過ちを悔やんだ。自分が賭けていたのは花嫁だけではなかったのだと。長く続いてきた歴史あるシリルを、そのまま賭けに投じていたという自覚が足りていなかった。――それから私は幾度となく葛藤した。いっそこれが公になる前に無かったことにしてしまうか、と」

 ゆっくりと顔を上げて哲はレアードの顔を見た。

 彼ほどの力があればそれが出来たのかもしれない。アリスとてまだ権力の使い方に関しては経験的に彼には劣る。あの決闘が無かったことにされていた、あるいは決闘後に自分に不幸が起きていたかもしれない。

「生まれの故郷ではないが、私とてシリルは度々訪れては気に入っていた。それを素人に任せて腐らせるのを防ぐためならば、事実を捻じ曲げることは容易に出来たはずなのだ……」 

なぜそれをしなかったのか、哲にはわかっていた。

「それが出来ない人だから、俺はあんたに頼みたいと思ったんだ」

「知ったような口を聞いてくれるな……」

 レアードという貴族は、強く、誇りを持ち、そして何よりも強い信念を持っている。不正が許せない人間。それが哲の見解だった。

「あんたにしか頼めないことなんだ。お願いだ、俺のためじゃなく、このシリルを平和に保つためだと思って力を貸してくれないか……!」

 テーブルにぶつかる勢いで頭を下げる。このまま回答が得られるまで動じない覚悟だった。

「………………………………いいだろう」

「――――!」

「貴様は私が徹底的に育ててやる。ただし――」

「本当か、ありがとう!」

「人の話は最後まで聞きたまえ」

「あ、ああ悪い。つい嬉しくて……」

「ただし、条件がある」

「……可能な限りは。言ってくれ」

「なに、そこまでのことではない。もう一度、私と決闘をすることが条件だ。無論、今すぐという無茶は言わない。貴様が一人前になり、もう私が必要ないと判断できたころに今度は私が決闘を申し込む。貴様がそれを受けるという条件が飲めるなら、今回の頼みを聞いてやろうと言うのだ」

 それにはロナまで「えっ」と声を上げた。無言でレアードの背後に立っていた執事はまるでこうなることがわかっていたかのように髭を撫でつけていたが。

「なっ……本当にまたやるのか!?」

「あの時は単に勢いで口にしたまでだが……この口実を利用しない手立てはあるまい。さあ、どうするかね――アキラ」

 初めて名前を呼んだレアードの挑発的な顔たるやなかった。私はどちらでも構わないが、貴様がどうしても言うなら仕方がない。と心の声が聞こえてきそうだ。

「…………っ! オーケイ、上等だ。受けて立とう。次でとどめを刺してやる」

「それは結構。だが、どうも口の利き方がなっていないようだ。私の教えを受けるというのだから、『先生』と呼ぶべきではないのかね?」

「~~~~っ!」

「ロナ嬢はどう思う? あれだけ必死に頼んでおきながら、せめて敬語くらいは当然だと思わないかね?」

「え、ええと……どう……でしょう…………?」

 矛先が急に自分に向けられたロナはどちらの味方をすればいいのかわからない。せめて哲の意見を肯定するべき立場とは感じていたが、レアードの言葉を真っ向から否定する勇気も無かった。

 続いて哲がロナを味方に付けようと同意を求める。

「そんなことないよな? 現時点では決闘に勝った俺の方が優位なはずなんだから。少なくとも次の決闘まではその必要はないって言ってやってくれ」

「え、えぇっと、…………」

不運な場に居合わせてしまったと給仕は目を逸らしたかったが、逃げられない。こんな時に魔法が使えたらいいのに、などと現実逃避でしかない妄想をすることにした。

すると困り果てているロナの背景から大股で歩いてくるアリスの姿があった。

「まずい、本人だ……しかもなんか機嫌が悪そうだぞ……」

 この話を彼女にするべきか、と哲はレアードと顔を見合わせる。と、襟を掴んで乱暴に引き寄せられた。アリスに。

そして耳元から突き抜けるほどの怒鳴り声を浴びせられた。

「どうしてこんなところでゆったりお茶なんて出来るわけ!? 人が苦労して探してる間によくもまあ優雅ですこと!」

「え……いやっ……すまん…………。なんで探してたんだ……?」

「予定が早まるかもしれないから、一緒にいるようにって言わなかったかしら!? 何をやっているのよ、まったく!」

 ぎりぎりと締め上げられる強さに本気の殺意を感じる。助け船を出してくれる者はおらず、誰も目を合わせてくれなかった。

「いいから早く来なさい! もう会場の準備は終わって、みんな待ってるんだから! いい? くれぐれも上品に振舞うことよ! わかってるわね!」

「苦しい……アリスが一番上品じゃな…………うぐぇ――」

 引き摺られていく男をその場に居た全員が気の毒そうに見送っていた。そして妙な沈黙の中、やれやれと本来ならあの場所にいるはずだった男は中身の冷えたカップを傾ける。

ずずず……と音を立てて紅茶を飲み干すと、新しい領主の誕生を祝うささやかな励ましとなるエールを送ったのだった。

「この町と哀れな若き領主に、せめてもの幸が有らんことを」


                                          ――fin――

 めでたしめでたし……どっとおはらい。

 さて、これで『遅れてきた魔術師』は完結となります。

 最後までお付き合い頂いてありがとうございました。定型文とかテンプレとかではなく、マジで自分の作品を読んでもらえて嬉しかったです。

 次回作はもっともっとたくさんの人の心に残るような物語が描けるよう、頑張りたいと思います。

 ではまた機会があれば。(^q^)ノシ

 壁を貫け、ファンタジー!

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