異変
なんかぁ描いてる途中なのにぃ次の話とかぁ考えちゃってぇ
週末にあせって一気に描く感じになってしまう……余裕がない。
それからあっという間に一週間が過ぎた。
時空を越えればこちらでいくら時間がずれようと行き着く先は変わらない、と説得されて哲の体力が万全の状態に戻るまで異世界には行かせてもらえなかったのだ。
それが昨夜、ようやく荷物をまとめろと許可が下りたところである。
「……前回は無数にあるうちの、どの異世界にお前が飛ぶのかはわからなかった。だが、今回は事情が違う。お前を異世界から連れて帰った魔石の『履歴』を辿ることで前と同じ世界へと繋げることができる。……理論上はな。すべて上手くいくとは限らん」
「はい」
「失敗する可能性もある」
「はい」
「……本当にいいんだな」
「はい。師匠」
哲の立つ床に描かれた魔法陣が光を蓄え始めた。
今度は前とは少し条件が違う。
あちらの世界に行っても、もう魔術は使えないこと。その理由は簡単に言えばもともと魔術の使えない体だった哲が魔石の力で無理やり使い過ぎたことにある。これ以上は取り返しがつかなくなる、と魔石は没収されていた。
そしてもう一つ、二度とこちらに帰ってくることはない点だ。
「何の恩返しも出来ないまま、世話になりっぱなしで申し訳ありません。師匠」
「……達者でな。幸せになれよ」
「……はい!」
魔法陣がより一層強く輝く。哲の体が足元から白い光に包まれ、いつもの乱雑なリビング兼研究室が霞んでいく。
言葉にできない想いを抱いたまま、その体は再びどこか遠くの、誰も知らないはずの世界へと転送されていった。
やや涼しすぎる風が吹いていた。この世界にも四季があるとすれば、もうじき秋となる頃なのだろう。
もう何度となく切望したこの世界。再びこの草原のただ中に立っていられることが奇跡のようにも思える。
――ありがとうございます、師匠。
二度と会うことのないあの人に深く礼を告げる。たとえ届かなくても、一生忘れてはならない感謝を胸に刻みつけ、哲は眼下に見渡せるシリルの町へと歩き出した。
あれから数日しか経っていないのにもかかわらず、街は随分と印象を変えていた。
とにかく活気だっていてまるで祭りのようである。
自分が居ない間に何かあったのだろうか。
露店が両脇に立ち並ぶ大通りを歩きつつ、その原因を探ってみる。どうやら誰かの結婚を祝う祭りらしいというところまではわかるのだが、それ以上は人にでも聞くのが早いだろう。
ただ、今は急がなくてはならないのでそれは後回しにする。
「アリス……無事だよな」
シリルに着いたらコシューク氏を頼るようにと別れ際に伝えたのだが、あいまいな言い方になってしまったので不安でならなかった。
コシューク氏なら自分の名前を出せばアリスを助けてくれたはずだ。そうなっていることを願いつつ、その屋敷の庭の入口前にやってきた。
レンガを積んだ外壁が庭を囲っているので敷地の中は見えない。哲はそこに立っていた門番に声を掛けた。
「ここの主人のコシューク氏に用があって来た。そう伝えてほしい」
「旦那さまに? そちらは」
「あー……。魔術師、と言えば本人には伝わるはずだが」
「……素性の知れない者は通すなと言われている。紹介状でもあれば別だが」
「だからそれは本人に確認して貰えないか」
「それは出来ない」
「? なぜ」
「……旦那様は先月、お亡くなりになられた。そちらは外から来たのか? この町の者ならば誰でも知っている」
「!?」
「体を悪くされてな。日に日に顔色が悪くなり、そのまま快方にも向かうことは無かった」
「な……っ、そんな馬鹿な……」
あまりに衝撃的な内容だが、門番の話と自分の記憶が合致しないことに余計混乱した。哲がコシューク氏と最後に会ってからこちらの世界では一週間と経っていないはずが、先月亡くなったと言うのだ。
そんなはずはないと、もう一度門番に聞き直す。
「俺は最近あの人と知り合ったんだ。この町の領主のコシューク氏だ。何かの間違いでは……」
「…………? そちらの言うことは理解できない。亡くなったのはそのコシューク様に間違いはないが、最近会ったというのは?」
ここである一つの予感が走った。
まさか。
あの魔術に不具合があったのかもしれない。
有り得ない話ではない。何よりあれは実験段階のものだった。もし本当にそうだとしたら取り返しのつかない事態に陥っているということになる。
「じゃ、じゃあ……ここにアリスという女の子は」
「? アリス様のことか?」
「――アリス様……?」
「旦那様の亡き後、あの方がこの屋敷を継いでおられる。あいにくアリス様は今忙しい。得体の知れない客人の確認を取ることなどできぬ。それがわかったら立ち去ることだ」
「…………」
疑問がいくつもあったが、哲は大人しく引き下がることにした。それにこれ以上食い下がってもあの門番は通してくれそうにない。情報を集めるために哲は再び大通りへと足を運んだ。
「その飴を一つ。……ああ、それじゃない。そっちの一番大きいやつを」
適当に選んだ露店では子供向けの菓子を売っていた。財布の中には前に来た時に錬成した小銭がいくらかあり、相場も憶えている。
今思えばパラベラに拷問まがいの尋問をされた時によく取り上げられなかったものである。宝飾品と変わらない魔石を手に入れて気が回らなかったのだろうが、幸運だった。
「まいど、十ガリルでさあ」
「十ガリル? そんなに美味い飴なのか?」
隣のホットドッグによく似た食べ物を売る屋台では一つが五ガリルだ。だいたい一ガリルが百円程度だった気がする。
「冗談でさあ。四ガリルでいいっスよ」
舌打ちをして哲はへらへら笑う若い店主の手に十ガリルを渡して言った。
「聞きたいことがある。ここの御領主が先月亡くなったという話は本当か?」
少し驚いてからそのちゃらいバイトのような男は言った。
「らしいっスねえ。そんで代わりにお姫様が領主をやるって話らしいっスけど」
「そのお姫様の名前は?」
「たしかアリスとかいう……めっちゃ美人っしたよ」
「…………。そうか、ありがとよ」
哲が立ち去ろうとすると男が呼び止めた。
「ここだけの話があるんスけど、聞きません?」
「? なんだ」
すると笑顔で何も乗っていない手のひらを差し出された。
もう一度舌打ちと共に十ガリルを乗せ、飴を受け取った。
「話っつか噂? なんすけどね。……なんでも、そのアリスってお姫様は前の領主の実の娘じゃないらしいんスよ」
「……で?」
哲も身を乗り出して耳を傾ける、
「え? いや、それだけっスけど。ヤバくないっスか?」
「っ――そんなこたぁ知ってんだよっ!」
男の態度と期待を裏切られたことに対する怒りでついに我慢がならなくなった哲はその手から十ガリルをひったくり、走り去ったのだった。どんなに高い飴だろうが二個で千円も払えば文句あるまい。
陽射しが夕焼けの色に近づくころには、他にもいくつかの場所で話を聞いて最初の門番の話が嘘ではないと裏取りが取れていた。
そして日が落ちた今は前回と同じ酒場の一階で山羊の乳と酒の混じった飲み物を片手に情報を整理している。ようやく何が起きているのかがわかり始めていた。
「……んで、アリスが養子として迎えられたのがコシューク氏の亡くなる直前、つまり財産を継がせるためにそうしたって感じか」
町の人の話を聞く限りではアリスがどこから来たのか、という素性に関する詳しい話は知れ渡っていないようだった。察するにレティクからの追っ手を考えて公表しなかったのだろう。詳しいことは謎のまま、突然現れたお姫様というのが世間のイメージと言える。
そして何よりも、レティクから逃げてきた彼女が無事にコシューク氏に保護されていたと確認できただけでもかなり安心できた。
「養子になったのが少なくとも一か月以上前。ということは、だ」
自分がアリスを置いてこの世界から居なくなって、最低でも一か月は経っているということになる。実際はおそらくそれ以上、それがどれだけかは知る由もない。手がかりがまだそれしかないのだ。
「とにかく会わないとな……。すぐに迎えに行く約束だったのに」
そこが問題なのだ。
あの様子では正攻法で門番に通してもらうのは不可能に近い。別の方法を考える必要があるだろう。
「魔術が使えたらどうにでもなるってのに、今はもう普通の人だからなぁ……」
木をくりぬいて作ったコップをカウンターに返し、哲は酒場を後にした。今日は宿を取っていない。というより軍資金にそれほどの余裕がないのだ。魔石が使えたころは湯水のようだったが、今は自分のよく知る金と同じ価値だ。夜風が余計に身に染みて感じる。
「魔術師見習いの次は、泥棒ごっことはねぇ……」
首をすくめて寒さに耐え、鼻歌混じりに哲は屋敷を目指した。
もうすこし続くよー!




