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七歳で世界を変えた少年〜前世の知識と禁断の魔法理論で、僻地を最強都市に作り替える〜  作者: 霧里 野蒜


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第88話 フジャイラの王、新しく目覚める

 目を覚ますと、天井が見えた。見慣れた、自分の部屋の天井だった。

 「起きたか」

 枕元で、カミーラ王妃が言った。目の下に、濃い隈があった。ずっと、ついていてくれたのだろう。

 「僕は、どれくらい」

 「三日だ。三日、眠っていた。……魔力を、空にしたのだからな。当たり前だ」

 体を起こそうとして、指先に力が入らないことに気づいた。あれほど満ちていた全属性の魔力が、体の底の方に、わずかに灯っているだけだった。

 「魔力は、戻りますか」

 「ガレタが言うには、泉のようなものだそうだ。汲み尽くしても、時が経てば、また湧く。焦らず、待て」

 待て、か。それは、王妃が得意なことだった。僕は、少しだけ笑った。


 窓の外を見た。街に、灯りが戻っていた。

 決戦の日、空にした街。魔道具が沈黙し、闇に沈んだ街。それが、今は、いつも通りに光っている。避難していた人々が戻り、竈から煙が上がり、子供たちの声が響いていた。

 当たり前の日常。それを守るために、僕たちは、戦ったのだ。

 その日常の中に、少しだけ、いつもと違うものがあった。街の広場に、見慣れぬ天幕が、いくつも張られていた。

 「マギビスタの、援軍だ」

 とカミーラ王妃が言った。

 「戦いが終わった翌日に、着いた」


 マギビスタの軍を率いてきたのは、その名代の、僕が会った事のない白髪の老将軍だった。

 将軍は、僕が起きたと聞いて、面会を求めてきた。まだ本調子ではない僕を、カミーラ王妃は渋ったが、将軍は「一目、お礼を」と譲らなかった。

 寝台の僕の前に立った老将軍は、谷を見てきたばかりだという。魔力を吸い尽くされ、崩れ落ちた崖。山より大きかったという獣の、消えた痕跡。そして、たった一国でそれを退けた事実。

 将軍は、深く、腰を折った。

 「……信じられませぬ。あのようなものが、この世におったことも。それを、これほど小さな——いえ、これほどのお方が、退けられたことも。マギビスタは、フジャイラに、命を救われました」

 老将軍の声は、震えていた。長く戦場を見てきた者ほど、あの谷の意味が、分かるのだろう。

 「将軍」

 と僕は言った。

 「あれは、恐らく、あれ一体ではありません。世界のどこかに、まだ、眠っているかもしれない。今度は、マギビスタの土地で、目覚めるかもしれない」

 将軍の顔が、強張った。

 「その時は、報せてください。今度は、僕たちが、援軍に行きます。——属国だからでは、ありません。同じ、苦しみを知る人だからです」

 老将軍は、しばらく僕を見つめ、それから、もう一度、深く頭を下げた。属国の王に、本国の将軍が頭を下げる。その光景の意味を、僕は、まだ、うまく飲み込めずにいた。


 床上げをした僕が、まず向かったのは、アレオスさんのところだった。

 血を流し尽くして道を開いたアレオスさんは、ヒールポーションと治療で、一命をとりとめていた。まだ包帯だらけの体で、それでも、僕を見ると、いつものように背筋を伸ばそうとした。

 「動かないでください」

 僕は、慌てて止めた。

 「アレオスさんが、道を開いてくれたから、僕は核に届きました。ありがとうございました」

 アレオスさんは、包帯の下で、静かに笑った。

 「国を守るため、騎士として、これ以上の戦いは、ありません」

 窓の外の空を見て、アレオスさんは、続けた。

 「亡きフジャイラの王も、きっと、弔われたのです。同時に、三百年、喰らい続けた、哀れな魔物もです。陛下の一突きは、魔物にとって、引導だったのかもしれません」

 僕は、頷いた。倒したのではなく、終わらせた。そう思える戦いだった。


 魔力が戻ってから僕は、ガレタさんとドイシュ族を連れて、死んだ山へ登った。葉のない木。芽のない土。喰い尽くされた、沈黙の山。

 「土地は、死にます。しばらくは、何も育たない」——ガレタさんは、そう言った。

 「しばらくは、ですよね」

 と僕は返した。

 「なら、しばらく待てば、育つということです」

 僕は、戻ってきた魔力を、土に、少しずつ、還していった。谷に集めた器に残っていた魔力も、この山へ運んだ。喰われたものを、少しずつ、返す作業だった。

 すぐには、何も変わらなかった。

 だが、僕たちが山を下りて、ひと月ほど経った頃。

 山を見張っていたトレシュ族から、報せが来た。枯れ木の根元に、小さな、緑の芽が、出たのだと。その報せを聞いた時、カミーラ王妃が、ぽつりと言った。

 「死んだものが、蘇るのだな」

 「はい」

 「……国も、蘇った。土地も、蘇る。ならば」

 王妃は、その先を、言わなかった。だが、僕には、分かった。人の心も、旅の果ての魂も、きっと、蘇る。そういう意味だった。


 ナガさんが、僕のところへ来たのは、その頃だった。トレシュ族の一団を代表して、ナガさんは、深く頭を下げた。

 「世話になった。……我らは、旅を、続けるべきか、迷っている」

 「迷っている?」

 「三百年、逃げてきた。逃げることが、我らの生き方だった。だが、もう、逃げる相手は、いない。……逃げなくて、良いというのが、どういうことか、分からんのだ」

 三百年の流浪が、体に染みついた者の、切実な戸惑いだった。

 「なら」

 と僕は言った。

 「留まってみませんか。ここに」

 「留まる……」

 「ウン族も、ドイシュ族も、留まりました。歌い、焼き物を作り、この国の民になりました。トレシュ族にも、きっと、この国でできることがあります。逃げるのをやめて、根を張るのも——一つの、旅の終わり方です」

 ナガさんは、長い間、黙っていた。それから、初めて会った時とは、まるで違う、穏やかな顔で言った。

 「……三百年ぶりに、荷を、下ろしてみるとするか」

 そうして、トレシュ族は、フジャイラに留まった。五支族のうち、三つが、この国に集った。残る二つ——クアトロ族と、シンコ族。彼らも、いつか、歌に呼ばれて、来るのだろうか。ナガさんは、東でなく、まだ見ぬ西の空を見て、「あやつらは、方向音痴だからな」と、笑った。


 すべてが、少しずつ、日常に戻っていった。

 その中で大きな出来事があった。

 マギビスタ王が今回の討伐の栄誉を称え、フジャイラの王としての王冠を贈ってきた。それに伴い、毎月支払っていた属国として庇護の費用である10万Gを免除された。属国から対等な立場への昇格ともいえるものだった。

 僕はカミーラ王妃と相談して、戴冠式を行う事にし、その日を祝日とした。

 戴冠式の日は、例の如く、ベルンハルトを含めた全国民参加の綱引き大会を開催した。そして、その日は街の食堂は食べ放題、飲み放題とした。

 日中は綱引きと宴で沸かせ、その熱気が最高潮に達した夕刻、いよいよ戴冠式の時間となった。綱引き大会の興奮した街の広場に、魔道具で録音したマギビスタ王都の楽隊の賑やかな音が広がり、やがて、戴冠式が始まった。

 その音の中、僕はマギビスタ王の代理であるマーガレット王女から王冠を戴いた。

 その瞬間、祝福の声で街が満たされた。

 「フジャイラ王、万歳」


 その夜、僕とカミーラ王妃は、また、あの展望レストランにいた。

 眼下に、街の灯りが広がっていた。

 思えば、何もないところから、始まったのだった。父に疎まれ、辺境に追われた、七歳の僕。名を失い、盗賊となっていた姫。二人の、行き場のない者から、この国は、始まった。

 村ができ、人が集まり、魔道具が生まれ、産業が興った。ベルンハルトが加わり、道が通り、銀行ができ、声が飛び、歌が広がった。逃げてきた民が、帰ってきた。そして——祖国を、二つも滅ぼした獣を、終わらせた。

 たった、数年のことだった。

 「アルス」

 カミーラ王妃が、灯りを見ながら言った。

 「私は、ずっと、待っていた。父の言葉を信じて。強い心を持って、努力して、待て、と。……何を待っていたのか、長い間、分からなかった。国が滅んで、盗賊になって、もう、何も待つものなど、ないと思っていた」

 王妃は、僕の方を、向いた。

 「今、分かった。私は、この日を、待っていたのだ。其方に出会い、国を取り戻し、仇を討ち、こうして、灯りを見る。この日を、待っていた」

 その目に、もう、涙はなかった。二十年の重荷を下ろした、静かな、晴れやかな顔だった。

 「ありがとう、アルス。私を、選んでくれて」

 僕は、首を横に振った。

 「選んだのは、カミーラです。あの日、僕を」

 「そうだったか」

 「そうです」

 「……では、二人で、選び合ったのだな」

 王妃は、そう言って、笑った。

 眼下の街に、灯りが、瞬いていた。その一つ一つが、誰かの暮らしで、誰かの帰る場所だった。僕たちが、守り抜いた、灯りだった。

 フジャイラ王国の物語は、この日、一つの区切りを迎えた。

 だが、それは、終わりではなかった。

 まだ見ぬ二つの支族が、いる。同盟を結ぶべき、国がある。大学からは、じきに、最初の卒業生が巣立つ。街には、今日も、新しい命が生まれている。

 物語は、まだ、続く。

 灯りの続く限り、どこまでも。


                                第二章 完

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