第3話 転生者、魔法の先生に会う
国立高等第一学院は静かな森に囲まれた落ち着いた学院で、初等部6学年、中等部3学年、高等部3学年の三部制の学校である。マギビスタ王国の最高の教育レベルを誇る学院であり、一学年一クラス五十人で構成され、大半は貴族の子弟だが、限られた枠で庶民の優秀な者も受け入れる。但し、入学試験は無く、貴族の子弟でその年の枠が埋まれば、一般枠はなく、また、高位貴族からその枠を埋めてしまうので、地方や低位貴族の子弟はその余った枠の競争となる。そのため、枠が埋まるまで競争が続くため、浪人を重ねた年上の同級生が多く存在した。
授業を受けてみて、座学に対してはアルスはもとより誰よりも優れた学生であり、それに金子の知識が加わったせいか思いのほか退屈だった。
しかし、逆に、体力を使う武術に関しては、年相応の体格では太刀打ちできない状況となった。この歪んだ状況から、アルスが武術を嫌う理由をその日は理解し、また、その対策を考えるだけでも有意義な一日だった。しかし、不安をさらに募らせるものがあった。新たに魔道具開発者のもとへ弟子入りするという課題だ。
その不安をよそに、学院の授業が終わると、父が手配した者がアーネスト博士のもとへ連れて行ってくれた。
会うと、中肉中背の眼鏡をかけた男が癖の強そうな笑顔を見せて自己紹介をした。
「私がアーネストです。君は私の最初の弟子となるアルス君ですね。よろしく」
博士はごく普通の人の様に見え、それだけで不安は和らいだ。しかし〝弟子〟という一言には思わず戸惑った。
「あっ、すいません。僕はブルームバーグ公爵家の三男、アルスです。よろしくお願いします、アーネスト博士」
と、答えてお辞儀する。
「さすが、小さくても礼儀正しい貴族様ですね。あははっ。固くならなくてもいいですよ。まぁ、立ち話では何も進みませんから、座ってください」
と、僕に椅子をすすめ、連れて来た人の方を見て、
「あっ、アルス君は預かりましたから、席を外していただいて結構ですよ。夕方までには公爵家の馬車に乗せて返しますから、公爵家の人にご連絡下さい」
と、その言葉でここまで連れて来た人を帰した。その人が出ていき、僕はアーネスト博士と二人になった。
「さてと、まず、魔道具作りには、魔法の理解が必須です。そのためには、私の考える魔法の仕組みを理解してもらわねばなりませんので、その講義を聞いてもらいますか?言葉だけだと理解しづらいので、手書きの資料しかないのですが、取ってきますね」
彼は奥の部屋に消えた。残された僕は、部屋を見回す。八畳ほどの部屋でちょっとした茶器がある以外ほぼ何もない。
「何も無いでしょう?」
彼はいつ間にか、数枚の紙を手に持って、僕に声をかける。
「まだ、着任して間もないので何もないのですよ、ボチボチ揃えようと思っていますが、こちらが資料です。まだ、整理されていないのですが、多分、これだけで十分だと思います。
ところで、アルス君は魔法を使えますね」
と、言いながら彼は僕の前のテーブル越しに体面に座り、僕に資料の紙を差し出した。
僕は答える。
「いいえ、先生、僕はまだ魔法が使えません」
「うーん、そうですか?正直に言ってもらっても構わないのですよ。実は、私がかけているこの眼鏡は、自分で開発した魔道具で、魔力の動きが分かるのです。さらに魔力の痕跡も分かるのですよ。貴方の首筋に私には魔力の跡が見えています。アルス君の様な高貴な姉弟に魔法攻撃する者がいないと考えると、貴方が魔法を使ったとした考えられません。本当のことを言ってください、アルス君」
アーネスト博士は本当のことを話すように、僕を眼鏡越しに水色の瞳で見つめる。
葛藤があった。中等部になるまで魔法使ってはいけないという規則違反を指摘される恐れもあり、それはもしかしたら、退学になることも考えられた。僕は口をつぐんだ。
「誤解させてしまいましたね。ただ、魔法を体験した方が私の理論の新しさを理解しやすい、それだけの話です。どうですか?魔法を使ったのですね」
僕はしぶしぶ答える。
「はい、使いました。使ったというより、初めて使おうとして暴発したのです。制御できずに、部屋を壊す可能性もありました。考えると危険な行為でした」
「なるほど、好都合です。それに、貴方の魔法の素質は素晴らしい。全属性をお持ちの様です」
さらりと重要なことを博士は僕に言う。
「えっ、分かるのですか?」
「はい、この眼鏡をかければ分ります。そして、魔力の量も見る事ができます。ちょっと便利ですよね」
「いや、それは大発明だと思いますが」
何やら僕は興奮して来た。
「まず、雑談しましょう。私が、好都合だと言ったのは、旧来の魔法には効率という考えが無いからです。その旧来の方法でアルス君は魔法を使ったことがあり、実際、それを体感している」
「体感していると言っても魔力の暴走ですが」
「いや、いや、謙遜しなくても良いですよ。アルス君のその歳で魔力をまず体外に放出すること自体ができる人が少ないのです」
「それは禁止されているからでは?」
「はい、それもありますが、そもそも、アルス君の歳では魔力量が非常に少ないのです。ですので、使おうと思ってもほとんどの子供は使うことはできません。もし、無理矢理使おうとした場合に、魔力を貯める魔臓を破壊することがあり、命の危険があるのです。それが禁止されている理由かと思います」
「と言う事は僕は運が良かったと言うことですか?」
「半分は正解で、半分は違います。運は勿論良かったと思いますが、運だけではありません。その歳で貴方は大人以上の魔力量を持っています。それに、魔法士の補助なしに自ら魔力を動かした者は、開祖ロレアル卿以外に記録がありません」
「えっ、と言う事は?」
「はい、アルス君、貴方は魔法の天才があります」
天才?子供が舞い上がるような言葉でアーネスト博士は僕を褒めた。そして、続けた。
「魔法の創始者ロレアル卿は貴方が読んだ魔法概論という本を残しました。彼の存在する前にも魔法はありましたが、魔術と呼ばれ一子相伝の秘術とされていて、世の中には色々な派がありました。それを体系化し、魔法と名付け、一般的に認知されるようにしたのはロレアル卿の功績で、その結果として、私が魔法博士の称号を得て、生活しているのも彼の恩恵となります。
多分、貴方が独自に魔法に興味を持ち、実践したのも魔法概論を読んだからだと思います。違いますか?」
僕が頷くと、
「やはり、そうですか?なら、話が早い。彼の概論は100年以上前に書かれたままで、誰もそれを疑問に思わず実践してきました。しかし、どう思いましたか?率直に貴方の考えを話してください」
7歳の子供に聞く話ではないと思うが、僕は答える。
「文章が分かりにくいと思いました。それに、肝心な部分が胡麻化されていると感じました」
「確かに文は読みにくいですが、肝心な部分が胡麻化されると感じた部分は?」
「呪文と魔力の結びつきが良く分かりませんでした。意味のある言葉だとは思いますが、日常にある言葉との区別がつきません。何故、そうなるかの具体的な説明がありませんでした。魔法というその説明できない現象を神や天地への祈りといった、根拠のあいまいなものに帰結させているようで、なぜ、これで魔法が発動するかもわかりませんでした」
と、僕が答えると、
「そうですか?アルス君はやはり違いますね。それに対する私の答えは、魔法はイメージです。想像することです。自分の想像したことを具現化するために魔法は発動します。そして、魔法概論にはもう一つ致命的な記述漏れがあります。使うための魔力量を記述していないのです。それと属性に説明に関しても不十分です」
博士は答えた。そして、言う。
「それに対しての私なりの回答がその資料にあります。説明してもいいですか?」
博士は眼鏡越しに眼を光らせた。




