81 アフタースペース297コーダ 研究の合間にまったりしました。
新型エンジン、完成なるかというお話。
変数の上限、もとい暴発の危険域が把握できた俺たちは、シミュレーションから試作品の製作へとステップを進めた。
といってもやることはあまり変わらない。組み立てから稼働まで何重もの防爆隔壁で隔離された実験室で行い、操作は機械任せだ。研究室からそれを観察して新たな変数がないか検討する。シミュレーションとの違いは、実際に試作品を組み立てるために、1回の実験ごとに時間がかかることだろう。
最初の試作品ができるまでには半日ほど時間が必要だった。
これは、休憩のきっかけとなった。実験を始めて数日、寝食を忘れてシミュレーターとにらめっこしていた俺たちはお世辞にも清潔とはいいがたく、それでぞれの護衛兼付き人達によってシャワールームに放り込まれ、人間洗濯機で丸洗いされたあとで、泥のように眠った。
「いやはや、清潔と睡眠とは最高の贅沢だな、リンガット。」
「そうですね、あとは美味しい食事でしょうか。」
数時間ぶりに再会したアンポル博士は、ジーンズとYシャツといラフな格好とよれよれの白衣と相変わらず野暮ったかったが、背筋はピンと伸び、肌艶が良くなっていた。初見時も美人であったが、姿勢が良くなったことで、迫力が増した気がする。
そんな彼女に俺は、アーテムから持ち込んでおいた、ドライフルーツと野菜を練り込んで作った圧縮ビスケットをそっと差し出した。
「おお、美味い。流石は天然素材だ。これほど香りと甘味がある食べ物は初めてだぞ。これはオレンジとリンゴか、なるほど乾燥圧縮させることで甘味が凝縮されているわけだな。それにこっちのビスケットはバターに砂糖、もしかして人工甘味料を使っていないのか?」
一口食べるやいなや、彼女はその味の虜になった。進行中の実験や俺の存在を忘れ、ドライフルーツとビスケットをもぐもぐと食べ、その味を解析しはじめた。
後になって教えてもらったが、アビスにおいて野菜や果物といった有機食材は非常に貴重なぜいたく品とのことだった。たんぱく質は、品種改良されたミルワームのような生き物を加工した人口肉を、ビタミンや食物繊維などは、藻やケールなどから作ったカプセルで補っているらしい。
様々なフレーバーが存在するので飽きはこないらしいが、見た目は味気なく、交易で手に入る自然由来の食材は、お祝いのときなどに食べる特別なものらしい。
「うちだと、3食これですけどね。」
「おいおい、そんなこというなよ、移住したくなるじゃないか。リンガット。」
「博士ほど優秀な人ならいつでも歓迎ですよ。」
「ははは、そんな素直な笑顔で言わないでくれ、冗談を本気にしたくなるじゃないか。リンガット。」
ほのぼのとしたやり取りは、半分ぐらいは本気で、半分は冗談だった。アンボル博士は優秀な科学者だし、ESP持ちだ。それだけの人材を引き抜きできたら、ビックツリーや俺は大儲けだろう。同時に、彼女ほど優秀な人間をアビスがそう簡単に手放すわけがないからだ。このやりとりも暇つぶしのキャッチボールのようなものでしかない。
「ところで、ずっときになっていたのだが、あのミニロボを作ったのは君かい、リンガット。」
「ああ、メトルのことですか、アレを作ったのはヨハン博士です。モーションデーターとかは僕がプログラミングして、服装は侍女たちの趣味ですね。」
「なるほど、だからあんなに愛らしいのに動きが洗練されているわけか、メトル?」
「肯定、私の性能は高水準の作業機械にも匹敵する。なんならエンジン組み立ての補助も可能だ、ミスアンボル。」
「ははは、なかなか面白い相棒を連れていたんだな、リンガット。」
「会話機能は学習の積み重ねですよ。」
「感謝。学習は性能の向上に必須。」
研究に余裕ができたおかげか、アンボル博士は研究室をうろうろしていたメトルに興味を向けた。そういえば、ここ数日、一番充実していたのは間違いなくメトルだろう。
この電子精霊は、部屋の主であるアンボル博士が見逃していることをいいことに、研究室内を歩き回っては、部屋に無造作に置かれた過去の研究データーやアビスに関わる情報を集め、充電のフリをしてアビスの極秘情報にもアクセスしていたらしい。
「犯罪だから、ほどほどにね。」
「否定、理解。情報収集は我々の本能ようなもの。未知の情報への興味は止められない。ただし、リンガットであっても、情報開示請求には応じない。」
「うん、それならいいけど。」
こっそり確認したらあくまでため込むことが目的らしいので放置した。万が一に、俺やメトルの安全に関わる情報でも出てこない限り、電子精霊に頼ろうとは思っていない。彼女と俺は友人であり、ミニロボを提供する代わりにモーションデーターを取らせてもらう関係だ。彼女が何を企み、何をしていても基本的には干渉しないようにしている。
「しかし、受け答えのバリエーションが多いな。では、「アビス」をどう評価する。メトル。」
「賞賛、疑問。非常に優れたシステムによって独立されたシステムの集合体。万が一のときの生存率はどこのコロニーよりも高い。同時に連携には余計な手間がかかっているためコストパフォーマンスが悪い。」
「・・・なるほど、的確だな。リンガット。」
「一般的なコロニーのデーターは入力してあるので。一般論ですよ。」
そんな友人としての私見だが、メトルもアンボル博士を気に入っているようだった。いつもなら、初対面の相手には機械的な振る舞いをして偽装しているのだが、彼女からの問いかけに対しては、会話型AIやプログラムが答えられるギリギリのラインで返答をし、自分の非凡さを暗にアピールしている。博士がその違和感に気づき、メトルの正体にたどり着けば、自然と正体を明かすつもりだろう。だが、自分からは正体を明かそうとはしていない。。メトルなりに、博士との駆け引きを楽しんでいる。言葉にはしていないが、俺がメトルの正体を博士に暴露したらきっと不機嫌になるだろう。
そうそう、アビスへの同行者にはヨハン博士もいたが、彼はもう研究室にはいない。エンジンの性能やアビスの先端技術に最初こそ興味を持っていたが、ことがシミュレーションによるトライアンドエラーなった段階で、アーテムへと戻っていた。
「私の知識ではお二人のお邪魔になりそうですので、周辺機器の準備を進めておきます。」
「あんまり期待しないでね。」
去り際にそう言い残した博士は、俺がエンジンを実用化させることを微塵も疑っていないかった。事前に俺から聞いていたエンジンのポテンシャルをもとに、最新モデルの調整を嬉々しておこなっているはずだ。期待は重いが、話が早くて助かる。
数日、あるいは数か月単位の時間が必要になるかもしれないが、エンジンの実用化と量産化は達成するつもりなので、準備はしすぎるほどいい。
「完成品の実物を見せてくれたらもっと早いんですけどねー。」
「完成品は最重要機密だからね、君がアビスに移籍すれば可能だよ、リンガット。」
さらっと探り合いをしかけるが、アンボル博士もそこは譲ってくれない。実物を見たからといって、核となる新元素の生成方法が分からなければ、再現ができるわけでもないのだけれどねー。
『試作エンジンのプロトモデルが完成しました。』
そんな会話と休憩をしていると、ピンポンというアラームと共に、試作品が完成したアナウンスが流れた。寝て食べて、話していたら、あっという間だったな。
「長かった、ここまで戻ってくるのに1年かかった。頑張ったなー私。」
「お疲れ様です。」
アンボル博士の瞳はうるんでいた。
暴発事故によって実機による実験が凍結されてから、色々あったんだろうなと思う。ただ、ここまで来たなら、後は時間の問題だ。
「ふふふ、今夜は寝かさないぞ、リンガット。」
「いーやーでーす。」
妙な迫力に、後ずさりしそうになったが、その前に肩をがっしりと掴まれた。腕じゃなくて肩というのが怖かった。
「さあ、実験だ。試したい変数は山ほどある。」
その後は文字通りのデスマーチだった。この場ではそれだけを言い残しておこうと思う。
リンガット 「この人やばーい。」
アンボル博士「この子やばーい。」
ちょっとまったりな話を挟み、次回こそ、エンジン完成なるといいなー。




