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渡辺さんは少女ですが?  作者: ペロキシダイズドエーテリック


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9/9

渡辺さんは神を信じませんが?

春休み。

それは年始から努力し続け、戦い続けた者たちにのみ与えられるオアシスである。

渡辺も例にもれず、春休みを満喫していた。


渡辺の長期休暇の過ごし方は決まっている。

朝9時ごろに起き、コーヒーを入れてからテーブルに着く。

食事をするよりもまず先にすることはパソコンの画面を開くこと。

そうしてちょっとした軽食をとりながら一日中プログラムを書き続ける。


渡辺にとって、システムエンジニア職は天職であった。

プログラムを書き続けることのみによって、自分だけの世界を作っているように思えるのだ。

渡辺はその幸せをかみしめながら、今日も平和に――



突如、インターホンが鳴らされた。

時刻は11時。こんな時間に来客とは珍しい。渡辺はそう思った。

ネット通販は頼んでいないし、陣から郵便物が来ると伝えられてもいない。

渡辺は来客の予想が立てられずにいた。


インターホンの甲高い声がもう一度響き渡る。

「はーい、今行きまーす。」と渡辺は応答をし、玄関へ向かった。


扉を開けると、そこにいたのは渡辺と同年代ほどの少年であった。

渡辺は、この気弱そうで痩せこけた少年に見覚えがあった。

たしかクラスメイトだったような、と渡辺は記憶をさかのぼる。

名前はたしか…


「あっ、小林君…でしたね。」

「あぅ…はい。」

「春休みなのにも関わらず、わざわざ足をお運びいただき…」

「あっ、いえ…。」


子供相手に社交辞令を使うのも間違いだろうし、

とっとと本題に入った方がよさそうだ。

渡辺はそう思い、小林の用事を聞くことにした。


「それで、本日はどういったご用件で?」

「えっと…」


小林は口ごもり、最後にこう問うた。


「あなたは、神を信じますか?」



ひと時の間が空き、周囲は静寂に包まれた。

その静寂を切り裂いた渡辺の一言は「いいえ。」だった。

そっと渡辺は、扉を閉じようとした。

がしかし、小林は熟年の手さばき、

否、足さばきによってドアが閉じるのを無理やりこじ開けた。


「お、お願いですから信じて下さい~!」

「いいえっ、お断りします!私は不可知論者ですのでぇっ!」

「ほんの一秒だけ!一秒だけぇっー!」

「一秒で全部聞けるわけないでしょっ!」

小林は必死の形相で、ドアをこじ開けようとする。



「あれ?渡辺さん?お友達?」

そう声をかけてきたのは、買い出し帰りの陣だった。


「あ、小林じゃん。よっす。元気~?」

隣には和田もいる。買い出しを手伝っていたのだろう。


「うっ…!?ま、まずい!!」

「何がまずいのでしょうか……?」

「ひぃっ!」

小林は和田の陽の気と、渡辺の陰の気のはざまに挟み込まれた。


「まぁまぁ、とりあえず知り合いみたいだし、中に入れてあげたらどうっすか。」

と陣がやさしく諭す。

陣さんがそういうなら、と渡辺は嫌な顔をしながら小林を招いた。






「宗教勧誘?」

陣が首をかしげる。


「えぇ。しかも強引なタイプの。」

渡辺があきれたように言う。


「いや、あれはママのやり方をまねしただけで…。」

小林は申し訳なさそうに正座している。


「カエルの子はカエル、とはよく言ったものですね。」

「渡辺さん知らないのー?カエルの子供はおたまじゃくしだよ~。」

「いや、和田さん…そういうわけではなくてですね…。」

「子供は親に似る、って意味だよ。」

「へぇ~。そーなんだぁー!」

小林をすみに渡辺たちは国語の教室を開いていた。


「おねがいします!今日も誰もつれてこれないと、ご飯無しって言われてて…。」

小林が額を床にこすりつけて言う。


「あぁ…。そういうことですか。だったら先に言えばいいんですよ。ちょうどいいですし、ご飯作りましょう。今朝からずっと何も食べていなかったので。」

そういうと、渡辺はエプロンを手際よく準備した。


「渡辺さん、すこしは食べないとダメっすよ?子供なんだから…。」

「別に死なないんだからいいじゃないですか。」

「私も手伝うー!」

三者三様でありながら、渡辺の元へ集まっていく。

それを見た小林は、どこか懐かしさを覚えているようだった。


「小林君もよかったら野菜切るの手伝ってもらえますか。」

「…うん。」

小林は、ほんの一瞬だけ、昔に戻れた気がした。







小林は食事をとった後、泥のように眠りについた。

おそらく、勧誘のために十分な睡眠もとれていなかったのだろう。

そもそも親が子供一人に勧誘活動をさせるだなんて、正気の沙汰ではない。


「まったく、この子の親はいったいどんな宗教を信じているんだか。」

皿を片付けながら渡辺はつぶやいた。


「いやぁ、まったくほんとっすよねぇ…。」

本を読みながら陣は片手間に応えた。

渡辺がふと、その本のタイトルを確認すると「神の子の教団 教義一覧」となっていた。


「なんて怪しいもの読んでるんですかっ!」

そういって渡辺は本を取り上げた。


「いや、小林君が持ってたバッグの中に入っていたもんで…。」

「人のバッグまさぐらないでください!」

「いや、でも気になるじゃないですか。どういう宗教か。」

「…まぁ、それは…。どういう宗教なんですか?」

結局渡辺も気になり、聞いてしまった。


「んー…見た感じエジプト神話とキリスト教を煮詰めて乾燥させた感じですかね。」

「なんですかそのミックス乾燥野菜みたいな宗教。」

「…内容がスッカスカってことっすよ。」

陣はすこし憤っているようだった。


「…なるほど。そういえば陣さん神話とかお好きでしたもんね。」

「はい!この間古事記オールで読み込みました!」

この情熱量はまねできないな、と渡辺は感心するのだった。





二人が話していると、突然、インターホンの音が小さく聞こえた。

その瞬間、渡辺は静止した。

「渡辺さん?」

「しっ…!」

渡辺はしゃべりかける陣を制止した。


また、インターホンの音が小さく聞こえた。

しかし、今度は少しだけ音が大きくなっていた。

だんだんとすこしずつ、すこしずつ、インターホンの音が大きくなっていった。

この社宅のインターホンをしらみつぶしに押しているようだった。


「…誰っすかね?」

「…おそらく、小林君の親御さんかと。」

「な、なんでわかるんすか?」


「小林君がうちに来てから時間がかなり経っています。保護者ならば心配して探しに来てもいいころ合いです。それに、こういう勧誘活動はあらかじめルートが決められています。小林君のバッグの中に地図が入っている筈です。」

「そういえば、入っていたような…。」


「…ルートをたどって、小林君が最後に勧誘した家が特定できれば、あとはその周辺をしらみつぶしに探すでしょう。」

「…なるほど。それで?どうします?」

「……ちょっとした、提案なのですが。」

渡辺は陣に耳打ちした。





ついに、陣の部屋のインターホンが鳴らされた。

玄関の扉が開かれる。

そこには、心配そうな表情をしている中年女性がたっていた。

一方の陣は、夕陽に照らされた、赤黒いスーツ姿だった。


「どうか、されましたか。」

陣が荘厳そうな雰囲気で語り掛ける。


「あ、あの、私の子供が…。はると…小林大翔をみませんでしたか?」

「あぁ、小林君のお母様でしたか。えぇ、私が預かっていますよ。」

無表情に陣は返す。


「ほ、本当に!?あ、ありがとうございます!!」

小林の母親は今にも崩れそうな勢いで陣に感謝をした。


「なぜ、感謝をする?」

「えっ?」

「この俺が、(かたき)の使徒の子供を預かることの意味が、まだ分からぬか。」

陣は急に声のトーンを低くした。


「あ、あの…それって…」

母親はいまだ意味が分からない、といった顔をした。


「あぁ、言っていなかったかな。俺の名は、『光を掲げるもの(ルシファー)』だ。」

母親の目が恐怖と猜疑の目に変わっていった。


「う、嘘よ!だってルシファーは!」

「地獄に落とされた…だったな。そして夜の暗闇をさまよう冥界の王と化した。貴様らの信じている教義通りだ。そしてお前らの教祖たる太陽神が俺を滅した。だが、お前らの教祖と同じように、人の体を乗っ取ることぐらいはできる。」


「そ、そんな…。」

陣の完璧な言葉の羅列に、母親の目が絶望を孕み、光が消えていった。


「今、お前の子供は冥界の河(コキュートス)で水責めを受けている。

凍てつくような川だ。さぞ涼しいことだろう。」

「お、お願いします!息子を!息子の命だけは!!どうか!!」


地面に額をこすりつけ、母親は(こいねが)い続けた。

そんな母親を見る陣の目は、夕陽に照らされて赤く染まっていた。


「ほう…?それはつまり俺と契約をしたいということか…。冥界の神のこの俺と。随分な大立ち回りだな。太陽神が見ればどう嘆くやら…。」

「どうか大翔だけはお助けください!!信仰もすべて捨てます!!もうあんな宗教信じません!」

母親はとにかく必死の形相であった。


「素晴らしい!では、信仰を捨て、息子を大切に育てると誓え!!」

悪い笑顔をしながら、陣、いやルシファーはそう言った。


「誓います!!大翔を一生懸命大事に育てます!!信仰なんてもうどうでもいいです!!」

「よかろう。精々今夜の晩餐は息子と作った野菜炒めにすることだな。」

そう耳打ちをし、ルシファーは扉を閉めた。


再度扉があいたとき、母親の目の前に現れたのは小林だった。

「はるとっ!!」

母親は力強く小林を抱きしめた。


「ママ?痛いよ…。」

「うん…ごめんねっ…。今日の夕飯は野菜炒めにしよっ!」

「…ハンバーグがいいんだけど…。」

「じゃあハンバーグと野菜炒めにしましょう。」

手をつなぎながら、小林親子は社宅を後にした。






「お疲れ様です。お見事でした。陣さん。」

「あぁ、いや…。どうも…。」

「『クックック!俺の名はルシファー!今夜は野菜炒めにしろぉ!』」

「…恥ずかしいんでやめてもらえますかねそれ…。」

陣は一茶番を終え、渡辺とともに笑いあった。


「…あれ、小林は?」

一人で宿題をしていた和田が部屋から出てきた。


「もう帰っちゃいましたよ。」

「えぇー!?まじで!?なんか挨拶ぐらいしてほしかったんだけど…。」

「またそのうち会えますよ。ルシファーさんにかかれば…。」

「るしふぁー?」


その後約三日の間、渡辺の陣への愛称が「ルシファーさん」になったのだった。

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