33.希望と絶望
ラファエルからもたらされた実験結果は、ナディアとイノセントの仮説を裏付けるのに十分だった。
「騎士団所属の魔術師に協力していただいた結果、周囲の魔力量に反応するなにかが体内にある事を確認しました。暫定的にこれを『魔力感応性遺伝子』と名付ける事にします。さて、この遺伝子ですが……、周囲の魔力濃度が薄ければ平時と変わらぬ動きをし、反対に周囲の魔力濃度が濃ければとても活発に動きます。ご存じの通り、人間の身体は使用した分の魔力を周囲からゆっくり体内へと取り込む事で回復します。魔力濃度が濃い場所では本来、その速度も当然速くなる。それをこの遺伝子が制御し、身体への負担を減らしているのではないかと考えています」
「なるほど……ナディアの仮説と一致するね」
イノセントの言葉に、ナディアも頷いてから口を開いた。
「ああ。……今思えば、森に住んでいた時も村に住んでいた時も、魔力の回復速度に違いはなかったと思う。ラファエルの言う通り、魔力濃度が濃いなら本来森の方が回復速度は速いはず……」
「まだまだ仮説の域を出ませんが、魔力濃度が薄い場所から濃い場所へ行くと、この遺伝子がフル稼働するはずです。たまたま一回だけそういった地域へ行った、のであれば良いですが、それを長期的に何度も繰り返した場合は、酷使しすぎた遺伝子に異常が出てもおかしくないのではないかと。。ちなみに別の方の魔力感応性遺伝子の動きも調査したのですが、魔術師に比べ、遺伝子が常時活発に活動していました」
「無理がたたって、という意味では飛脚が膝を壊すのと同じか。むしろ遺伝子は目に見えない分、気付かないまま悪化して手遅れになったのか……」
「平民の方が発症者が多いのには理由があったんだね。彼らにとっては都市内の空気も魔力濃度が濃い地域と変わらないのか……」
「はい、どうやらそのようです。……私がもう少し魔術に詳しければ、この遺伝子の存在ももっと早くに気付けたというのに、面目次第もございません」
顔をゆがめながら悔しがるラファエルの言葉を、ナディアとイノセントは即座に否定した。
「ラファエル、貴方は医学の専門家だ。魔術に詳しくないからといって恥じる事はなにもない。むしろ私達の話を聞いてすぐに裏付け調査をして結果を出した事を誇った方が良い」
「そうそう、それに魔術師は昔から閉鎖的な考えの持ち主だから。あれこれ聞いたところでまともに答えてくれる人なんて居ないよ、どうせ。むしろ僕達魔術師の方こそ気付くべきだったのに、魔術に関する事以外無関心だったのが悪いんだ。ね、ほら、過ぎた事は考えないで、今出来る事をやった方が良い」
「そうですか……いえ、そうですね。今やるべき事に集中します。話を戻しますが、先日閣下がお倒れになったのは、魔法陣に魔力を流し込んだ時ですよね。つまり魔力濃度に関係なく悪化させる要因があるという事です。遺伝子に異常が出てしまったあとは、外部の魔力どころか内部、すなわち自分自身の魔力ですら異物とみなしているのか、もしくは、消費した分の魔力を外部から取り込もうとした結果そうなったか……。私としてはそのどちらかだと思います。ちなみにこの病気に治癒魔法が効かなかったのも当然だと思います。むしろ治癒を行えば行うほどかえって悪影響を及ぼす」
ラファエルの言葉に、ナディアは遠い昔に治療を試みた木こりの事を考えた。もしもラファエルの言う通りなら彼の病状を悪化させたのは他でもない、ナディアという事。彼の娘がナディアを恨んだのは当然だ。……そんな思いが頭をよぎったけれど、ナディアはかぶりを振って思考を切り替えた。イノセントの言う通り、今は出来る事に集中するべきだ。
「……それじゃあやっぱり、魔法陣修復儀式を行えば、セレスティンの病状は悪化するって事だね?」
「その可能性は非常に高いと思われます。儀式の内容は私も分かりませんが、魔法陣そのものが魔力濃度の濃い地域と同等。そこで更に膨大な量の魔力を消費するのでしょうから……」
「……かなり大がかりな儀式だ、閣下の魔力全部を使い果たすと考えた方が良い。外部と内部の差がこれ以上ないほど広がる事を考えれば、悪化どころか下手したらそのまま亡くなる事も考えられる」
儀式の内容を熟知しているらしいイノセントの言葉に、ナディアとラファエルは顔色を一気に悪くした。
「儀式の内容的に、中止には出来ないんだろう? かといって、やらなければ結界が消失したり脆くなったりで、六大公爵家筆頭のセレスティンがその責任をとる事になりそうだ。指をくわえて見てる訳にはいかないね……」
「せめて儀式を遅らせる訳にはいかないんでしょうか。閣下がファントム・マレーズ病である事と、その原因が魔力感応性遺伝子にある事を公表すればもしかしたら……」
ラファエルの言う事は一理ある。だけど長い間原因不明だった病気の原因を公表したところで、誰が信じるだろうか。儀式を主導する皇帝を説得する為には最低限、治療法の確立と、その治療による完治者の存在が必要になる。
「——だけど次の儀式はひと月後、とてもじゃないけどそんな事は無理だ。それならまだ、セレスティンが今回の儀式に耐えられる方法を研究する方が現実的じゃないかな」
ナディアの言葉にイノセントが頷いた。
「抜本的解決を考える為に、まずは暫定対処をして時間を稼ごうって事だね。僕としては、この間ナディアが言っていた『人間誰しも自分自身の魔力でシールドを張ってる説』が面白いと思うんだ。使用した分の魔力を吸収する時に病状が悪化するなら、保護膜的なもので魔力の吸収を阻害すれば良い。ただ、自分の魔力を使う事で悪化するならこの方法は意味がない。まずは悪化の原因がどっちなのか突き止める必要があるね」
「……ラファエル、まずは悪化原因が魔力使用なのか魔力吸収なのか、調べる事は出来るかな? あと、魔力の吸収を阻害するって事は暫く魔力が空っぽの状態で生活させる事になる。魔力不足もそれはそれで体調を悪化させるから、そっちの治療も考える必要があるね」
「勿論です、早急に突き止めてみせます。…………本当に、ナディア様がこの時期にいらした事は奇跡としか思えません。こんなに早く仮説を立てる事が出来るなんて思いもしませんでした。柄にもなく神に感謝してしまいそうです」
「なにを大げさな」とナディアは笑って答えたけれど、確かに私が養子にならなければこのまま次の儀式のあとにセレスティンは命を落としていた可能性が十分ある。
(……あの日、あんなミスをして赤ん坊にならなければ今ここに私は居なかった。……神の存在なんて微塵も信じていないけど、まるで誰かが導いたみたいだね)
ラファエルの物言いからしてナディア同様、神を信奉していないのだろう。ナディアはあんな事があったからというのもあるけれど、それ以前に人々の治療を行い始めた頃から神の存在には懐疑的だった。「病や怪我で亡くなるは、神が定めた運命である」という神殿の考えが事実なら、そんな運命を定めた神はこっちから願い下げだ。
もしその考え方が正しいなら、医者や治癒魔法の使い手は皆、神への反逆者という事になる。だけど人々を治療したからといって医者に神罰がくだったなどという話は聞いた事がない。この国で一番腕が立つと言われているラファエルだってピンピンしている。
そもそもの話、神殿には治癒魔法の使い手が所属している。表向きは「慈悲深い神が、神殿にだけは運命を覆す力をお与えになった」らしいが、それなりに高い治療費を要求している辺り、単なる金儲けの為の口実で、彼らが本当に神を信じているとは思えない。不安を煽って信徒を増やし、多額の寄付金をもらおうという魂胆だろう。
結論、もし本当に神という存在が居るのだとしても神殿の言う神ではなく、もっと高次の、人間の営みに一切興味がなく、介入する気がない者達だとナディアは考えている。
「どうしたの、二人とも急に黙り込んで」
「……いや、改めて神とファントム・マレーズ病について考えていたんだ。今は原因不明というのもあって『神の怒りだ』とのたまう者も居るけど、この先いつか原因と治療法が確立されたら、普通の病気と同じなんだって浸透すれば良いなって。そしたら罹患した事を隠す者も減るだろうから」
「素晴らしいお考えです。その為に私達も研究を頑張らなければなりませんね」
「そう。……やっぱりナディアは変わらないね、本当に……」
小難しい回が続きましたが、次からは話が変わります。





