31.謝罪と説明
「ナディア、君が私を信用出来ないのは分かっているが……。カトリーヌやバーナード、城に住む全員の安全の為にも彼の事は教えてほしかった」
今にも泣き出しそうな弱々しい微笑みを浮かべながら、絞り出すような声で話すセレスティンに、ナディアはなにも言えなかった。
ナディアの正体を知りながら滞在を許し、身の安全を保証してくれたのは他でもないセレスティンだ。それなのに危険人物の不法侵入という大きな隠し事をするなんて、恩を仇で返すような真似をしてしまった。
「……こっそり薬を飲んだ事も、先日言い過ぎた事も、イノセントの事を黙っていた事も……、全部ごめん」
改めて声に出してみれば、自分でも引くほど色々と迷惑をかけている事に気が付いた。これでよくセレスティンの事を責められたものだと、我ながら自分の図々しさに呆れかえってしまった。ひと月ちょっと甘やかされて過ごしただけで、随分と自分はつけあがっていたようだ。
「いや、ナディアの不安もなにもかも考慮せず一方的に行動を制限すると言った私が悪いんだ。そもそも薬を飲んだのだって、自衛手段を確保する為と考えれば当然だ。魔術も使えない無防備な赤ん坊姿で過ごすなんて、私だって耐えられない自信がある。それなのに思い至らず一方的に責め立てて……。本当にすまなかった」
「頭を上げてくれ! どんな理由があったとしても、公爵城に滞在している以上、閣下に相談するのがルールだ。それを怠った私が悪いんだから」
「……分かった、先日の件はこれでお互い水に流そう。……で、だ。イノセントの処遇は、昔なじみらしい君に委ねる事にした。だが当主としては一応、彼とどういう関係なのか、彼がここに来た理由……本当に君や城に住む者に危害を加えないのかをある程度知っておく必要がある。良かったら教えてくれないか?」
こうなった以上、包み隠さず全てを話すべきだろう。ナディアは一つ深呼吸をし、イノセントがセレスティンと共に城を訪れた日から今日までの事を、長い時間をかけてセレスティンへと説明した。
「すまない、ちょっと待ってくれ。……被害者はナディア、君だ。だから君が許すというのなら私に口出す権利はない。だが……当時の話をした時の君は凄く苦しそうだった。あの後何度か君の部屋を訪れた時も、うなされていた。それくらい辛い出来事だったはずなのに、どうして今笑い合う事が出来るのか……私には到底理解出来ない。……君もこの日記にも目を通したんだろう? 正直、君の解剖記録の直後に会話の記録を淡々と記している事に私は恐怖を覚えるが……、それでも許す、と?」
「元々私が薬草採取を頼んだのは、大人の姿に戻ってイノセントを探す為だったんだ。むしろ彼を利用しようと思ったのは私だ、怒りを覚えるはずがない。違う?」
「いや、それとこれとは話が違うような気がするが……、まずは彼がどれほど君にとって有益な者かというのは分かった。彼自身が裁判で証言してくれれば勝ったも同然だとは思う。だが、そもそも彼がここに来た理由はなんなんだ? むしろ裁判でナディアが勝てば、困るのはイノセントの方だと思うが」
さてどうしたものか。ここで言葉を濁せばセレスティンはイノセントを信用しないだろう。だけどナディアが勝手にイノセントの望みを口にしても良いものだろうか。特にこの件はデリケートな問題だ。
「それは……その……」
「不老不死の解除方法を一緒に研究してほしいって言ったんだ。……何百年も生きてるとね、疲れるんだよ生きる事に。不老不死なんて好きこのんでなるもんじゃないよ、本当」
言い淀むナディアの後を継いで言葉を紡いだのは、他でもないイノセントだった。予想外の内容だったのだろう、いきなり現れたイノセントを咎める事もなく、セレスティンは目を見開いてイノセントを見つめている。
「横から口を出してしまいすみません、閣下。ナディアの事だからきっと、僕の事情を勝手に言いふらしても良いものかと悩んでいると思ったので」
「あ、ああ……。それは良いが。……本当にそれが理由なのか?」
先ほどまで「理解が出来ない」やら「恐怖を覚える」と言っていたセレスティンが毒気を抜かれたようにイノセントへと問いかけた。
「ええ、ここに来た理由はそれです。……まあ今は、もうちょっとだけ生きても良いかな、とは思ってますけど。それでも不老不死の解除方法を知りたい気持ちに変わりはないですよ。……ところで、盗み聞きしていたのは申し訳ないんですが。ナディア、僕も閣下の言う通り、君の事が理解出来ないよ。死なないとはいえ、瀕死の重傷の一つや二つくらい負う覚悟で来たっていうのに、暢気に一緒にお茶なんかして。閣下の味方をするのは癪だけど、もうちょっと警戒しないとさすがに心配になるよ」
「癪とはなんだ癪とは。むしろナディアを利用しようとしていたお前がどの面下げてそんな主張をするんだ。……本当にナディアにはきっちり謝ったんだろうな? 謝って許される事じゃないが、謝ってすらいないとしたら、なんとしてでも私が瀕死の重傷を負わせるが」
ナディアを護るように背中へと隠しながら語気を強めるセレスティン。そんな事をしてもイノセントに勝てない、という事実は指摘しない方が良いのだと学んだので黙っておく。
「大丈夫、ちゃんと謝ってくれたよ。それにね……イノセントがした事は許される事ではないけど、あの環境で私が狂わずにいられたのは、イノセントの存在が大きいんだ。だから良いんだよ、もう。……次やったら許さないけどね」
「うん……もうしない」
素直に頷くイノセントの姿がおかしくて思わず笑ったナディアに、セレスティンがなにかを言いかけて口を閉じた。
「だからイノセントを追い出すのはやめてほしい。……ほら、セレスティンの言う通り、裁判で証言してもらう可能性も考えると、ね?」
本当はファントム・マレーズ病の研究をイノセントに協力してもらおうと思っただけなんだけど、セレスティンをぬか喜びさせてはいけないと思って、口には出さないでおいた。
「……理由を付けなくてもナディアの言う通りにするから心配しなくて良い」
なんとも言えない表情で告げたセレスティンの様子に、もしかしてまたなにか選択を間違ったのだろうか、とナディアは不安になったのだった。
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