22.真実
――近々私の罪状見直し裁判が開かれる。だから参考資料として当時の資料が必要なんだ。だけどセレスティンが言うには記録らしい記録がない、と……。
「僕ならそれを持ってるんじゃないか、って事だね」
――ああ、なんでも良い。裁判記録でも、日記のような非公式なものでも。イノセントが昔私に教えてくれた通り、判決が「死刑」だったのなら今の扱いが不当だと訴える事が出来る。
「なるほどねえ……、まあ裁判記録がないのは当たり前だよ、裁判なんてしてないから」
――裁判をしていない?
「そう。おかしいと思わなかった? あの当時の『医者と魔術師は国家の管理下とする』っていうアホな法律に違反してたのが原因なら、せいぜい罰金の支払いと、管理登録だけ。死刑なんてどう転んでも無理だよ」
おかしいかおかしくないかは、ナディアはその当時法律に疎かったので判断なんて出来る訳がなかった。森で過ごすようになってからは多少勉強したとはいえ、今更そんな事を勉強してなにになる、という思いがあったので本腰は入れていない。とはいえ、そこを掘り下げてしまえば話が進まないので別の疑問を口にした。
――そっちじゃなくて、私は殺人の罪に問われたんじゃないのかい? 村に来た兵士や村人を魔力暴走で殺してしまったから……。
「あの当時も魔力暴走は事故で処理されてたよ、明確な規定はなかったけど。だから本来、君はあんな酷い刑罰を受け続ける必要なんてなかったんだ。……ま、僕が言うなって話だろうけど」
――よく分からないな。それなら実際にはどういう扱いで、どうして私は死刑になったと説明したんだい?
「色々ややこしくて手っ取り早く『死刑』って言った方が君も諦めるかと思ったんだ。ごめん、改めて順を追って説明する。まず、本来の規律に基づく手続きを魔塔が反対した。言っとくけど僕は反対してないからね? 他のやつらが君の魔塔入りを反対したのさ。魔力暴走の規模的に、君が僕と同じくらい強いって察したんだろうね、貴族が平民に負けるなんて認められない、とか思ったんだよきっとさ」
頷くナディアに「どうせナディアが居ようが居まいが、僕に勝てない時点で意味ないのにね。僕が貴族だったからギリギリプライドが許したんだろうけど」とイノセントは今は亡き彼らに対し、どこまでも辛辣な評価だ。
――あいつら貴族だったのか……。まあ良い、続けてくれ。
「そうやって処遇を決め兼ねている時に、君の魔力暴走から生き延びた人達が次々と病気になったって報告が上がったんだ。そっからは早かったみたいだよ? 元々国は、君という人材をどうにかして確保したかった。だから魔塔へ何度も受入要請を出していたんだ。ところがその最中に病気が蔓延して、それが誰にも治せない、原因不明なものだって事で、呪いを疑った。で、その原因は君だろう、って話になって……」
原因不明の病気……。気にはなるものの、まずは一つ一つ片付けていくべきだ。
――訳の分からない術を使う者を手元に置く事は出来ない、って判断でもしたか。
「その通り。だけどいつまた君のような能力の人物が現れるかもしれない。対策を立てる為とか、強い魔術師を育成する為とか、まあ色々理由を付けて君の研究が魔塔に命じられたって訳だ。生かしておけば有事の際に利用出来るって算段もあったんじゃないかな」
――森の結界の一部に組み込まれたのは「有事の際に利用」した結果かい?
「うん。君に対する研究はあらかた終えたからね。でも結局病気の原因は分からなかったし、君の魔力量を考えるとそのまま解放するのは危険だし勿体ない。丁度その当時、人里を襲う魔獣が問題になっていて、魔塔は全力を挙げてその対応策を研究していた。森に結界を張る、というのは早い段階から構想されていたんだけど、問題はその維持方法で、」
——そこで私の保有魔力に目を付けた、と?
イノセントが言い切るよりも前にナディアが文字盤に指を滑らせると、イノセントは頷いた。
「そう。自然界から自力で魔法陣に魔力を調達させる方法がどうしても思いつかなかった。魔法陣は人が直接魔力を流すもの、というのが当たり前だったからね。だけど森は魔獣だらけだ、魔術師を派遣したところで、魔法陣の維持どころか生命すら危ぶまれる。かといって何人も投入出来るほど人材に余裕はない。そこで君に白羽の矢が立てられた。子供の頃から一人で森に暮らしていたんだ、丁度良いじゃないか、とね。そこからは魔法陣の維持じゃなくて、君をどうやって生かし続けるか、どうやって森から逃げ出さないようにするか、に研究内容はシフトしていった」
イノセントの解説にナディアは顔をしかめた。分かっていた事だけど、誰一人としてナディアを人間扱いしていなかったようだ。魔力量が多いから。森の中で生き延びていたから。条件に合てはまっているからこれを使おうじゃないか。でもそれだと別の問題が出てくるから研究しよう……。そんな感じだ。
——色々思う事はあるけど、一通りは理解した。それで、その話を証明出来そうななにかは残っているかな?
「最初に言ったように、裁判記録はないだ。『死刑』っていうのは言葉の綾。実際には死刑にするだけの理由をねつ造するのを嫌って、そういう体にして戸籍だけを抹消したはずだ。ねつ造が発覚すれば、後々問題になりかねないからね。……病死にしたのか事故死にしたのか、その辺の事情は分からないけど」
要するに、ナディアの記録を消せればなんでも良かったって事だ。人一人の人生をなんだと思っているのか、と怒鳴りたかったが、イノセントに言ったところで仕方がない。魔塔はナディアを研究材料として扱ったけど、その境遇に落としたのは国であって魔塔ではないからだ。
——だとしたら私の戸籍情報を調べれば分かるかな?
「多分。だけど今も残ってるのかは分かんないよ? 貴族ならともかく、平民だし。それにそもそも戸籍の存在自体を消されて、生まれてすらいない事になってる可能性もあるからね」
生まれてすらいない事……。実の父親が下した判断と同じ事を国がした可能性があると聞いて、知らず知らずのうちにナディアは獣じみたうなり声を上げていた。
——じゃあ日記とか……プライベートな資料は?
「文字通りプライベートなものだから、どこまで残ってるかは分かんないけど……魔塔の人間は大半が貴族だったから今も残ってる可能性はあるかな。勿論僕の日記は貸してあげるよ」
——やけにあっさり協力するんだな。
「うん、まあ……下心があるからね。大丈夫、君が裁判に勝つのは僕の願いでもあるから警戒しなくて良いよ。……ところで、そろそろ侍女の行動を制限するのも限界なんだけど。 他に聞きたい事はない?」
なにをするにも素早いカトリーヌが今日に限って遅いと思えば、イノセントが原因だったのか。てっきりカトリーヌが空気を読んで時間をかけているのだと思っていたナディアは、ぎろり、とイノセントを一にらみしてから続けた。
——急ぎで聞きたいのはあと一つだ。……この場所で私が、ある程度の年齢まで身体を成長させたとして、森の魔法陣の影響下に入るだろうか?
「うーん、赤ん坊になって森を出るのは想定外だったから断言は出来ないけど……大丈夫だと思うよ? 魔法陣の影響範囲はあくまで森の中だけだから」
続けてイノセントは、クレメントが使用する魔術についても解説し始めた。
「森の魔法陣を無効化する為の魔術があるでしょ? あれも僕達が作ったんだけど、君が半年以上森に戻らなかった時、自主的に森に戻らせる為の魔術が発動する仕組みなんだ。だからもしあれを使って森を出た時には、気を付けた方が良い」
——なるほど……、今の状態ならなにも考えずに身体を成長させても良いんだね。助かったよ、いい加減この身体じゃ不便でどうしようかと思ってたんだ。
「まあそうだよね、自分じゃなにも出来ないし。……でも今のナディアも可愛いから、これで見納めだと思うとちょっと寂しいなあ、なんて」
——……馬鹿な事言ってないでカトリーヌを呼んでくれ。さすがにお茶もせずに話し込んでたら不審がられるから。





