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20.再会

 森へは、セレスティンと彼に仕える騎士団の半数が向かい、残り半数は公爵城でナディアの護衛へとついた。


 だが護衛の中にはナディアに良い感情を抱いていない人物も多く、決して万全とは言い難い。


 それについてナディアは「自身の主を危険な森へと向かわせ、自分はぬくぬくと城内で過ごしているのだからそう思われても仕方がない」と考えていたがそうではなく、ナディアが魔女だからという理由で嫌悪しているのだと遅ればせながら気が付いた。どうやら、バーナードやカトリーヌといった面々と過ごしているうちに平和ぼけをしてしまっていたらしい。


 そこでようやくナディアは、セレスティンが人選に特別気を遣ってくれていた事に思い至った。


(帰ってきたらお礼を言わないとね……)


 だがその決意は数日後、ナディアの頭からすっぽりと抜け落ちる事になったのだった。


   ◇◆◇◆◇◆


 無事に帰還した彼らをカトリーヌに抱かれながら出迎えたナディアは、行きよりも人数が一人増えている事に気が付いた。髪の毛からまつげまで全て純白で彩られた、人とは思えぬほど儚げで美しい外見。面識があったとは思えない。だというのに(くだん)の人物は、旧知の間柄だと言わんばかりに親しげな様子でセレスティン一行と共にこちらに向かって歩いてきているではないか。


 イノセント。


 ナディアの唇は自然とその名を呟いた。


 魔塔の元主席魔術師。会えたらどれだけ助けになるだろうとは思っていた。彼の性格を考えれば、ナディアが結界の呪縛から逃れたと知れば会いに来るのではないかという期待も。だがまさか、本当にこうしてすぐに姿を現すとは思ってもみなかった。


 何をどうするつもりなのかと警戒しながらイノセントを凝視していると、彼の唇がほんのわずかに動くのが見て取れた。瞬間、ほんのつかの間その場の全員が静止し、ナディアは微かな魔術の余波を検知した。


「あうあうお!(どういうつもりだ!?)」


 ナディアが叫ぶのと同時に、ナディアの後ろから「お帰りなさいませ、閣下! 団長代理様!」という声が上がり、同時にイノセントがさっと腕を上げて騎士団達の歓声を静めた。そんな、まさか。


(今の一瞬で騎士団達の意識を書き換えたのか……!)


 ちらりとイノセントの隣に視線を送るも、セレスティンは何も言わずにナディアを見つめて微笑んでいる。なんの疑念も浮かばぬその顔にナディアは、ほんの少し前にセレスティンとイノセントが親しげに話していた事を思い出した。彼らはここに帰還する前から既に団長代理(イノセント)の存在を受け入れてしまっている。


「頼まれていた物は全て手に入れた。中で確認してもらえるか?」


 ナディアはどう返答すべきか悩んだ。イノセントの事を、セレスティンに報告するべき? でも本人が目の前に居る。それに、ナディアもイノセントに用事がある。ひとまずは様子を見た方が良いだろうか。


 ——うん、分かった。……おかえり、セレスティン。それとありがとう、色々。


 なんの事だ?と言いたげな表情のセレスティンに、ナディアは曖昧に笑ってから「中に入ろう」という意味を込めてカトリーヌの肩を叩いた。


「皆の者、ご苦労だった。臨時編成はここで解散とする。各々ゆっくり身体を休めるように」


「「はっ」」


 セレスティンのよく通る指示をカトリーヌの背中越しに聞きながら、「もし私が公爵になったら、騎士団はこんなに素直に命令を聞くのだろうか」なんてくだらない事を考えてしまった。どうせ公爵になるつもりなんてないというのに。


 採ってきた材料をナディアの部屋へ運んできたのは、イノセントだった。「どういうつもりだ」と眼力で訴えかけるも、イノセントはニコニコと胡散臭い笑顔を顔に貼り付けたまま、なにも答えようとしない。文字盤で直接問いただそうにもカトリーヌが居る場で問い詰めてしまっては面倒な事になりかねない。


「全部揃ってるでしょうか、ナディアお嬢様?」


 かけられた声にナディアはぞっとして顔を上げた。イノセントからお嬢様呼ばわりされた違和感で全身に鳥肌が立っている。


「あらナディア様。寒いですか? 毛布を持ってきましょうか」


 カトリーヌの勘違いにこれ幸いと甘え、彼女が部屋を出て行った瞬間、ナディアは文字盤に指を滑らせた。


 ——一体どういうつもりだ!?


「折角の再会なんだ、もう少し喜んでくれたって良いじゃないか、ナディア」


 ——感動の再会ならそうしただろうね。だけど私とお前の間にそんな美しい感情があるとでも?


「まあ……、ない、かな? 君はきっと僕を恨んでるだろうし。でも僕はナディアに会いたかった、これは本当」


 ——は……、会いたかったなら森に来ればいつでも会えただろう。何故今、ここで、なんだ?


 キッとナディアが睨み付けると、イノセントはようやく笑顔を引っ込め目を伏せた。その仕草一つとっても絵になるところが、自分の魅せ方を分かっているように思えて更にナディアの気分を逆なでした。


「……会う勇気がなかったんだ」


 ——そんな殊勝な感情を持ち合わせてるとは知らなかったね。


「嘘じゃないよ。だけど、突然森から君の気配が消えて……帝国のどこを探しても君の気配が感じられなくて、そこで初めて君が死んだんじゃないかと思って怖くなった。いてもたってもいられなくて森で手がかりを探していたところに彼らが現れた」


 ——それで私がここに居ると分かった?


「そう。意識を書き換えたのは悪かったと思ってるよ。だけどほら、戸籍なんてないからさ。でも公文書偽造は罪だろう? それなら人の意識を書き換えた方が早い。どうせ一所に長く留まるつもりなんてないんだし、長く生きる者の生活の知恵ってやつさ。別に他意はないから許してくれよ」


 イノセントの事だ、公文書偽造の罪くらい屁とも思わずやってのけるだろう。単に言い訳をしているだけだとは分かっていたが、カトリーヌが戻って来てしまっては困ると判断し、さっさと続きを促した。


 ——それで、どうして私に会いたかったんだい。


「んー……内緒。今は純粋にナディアとの再会に浸りたいからさ、もう少しだけ待ってくれない?」


 また貼り付けたような胡散臭い笑顔に戻るイノセント。だが一瞬、その笑みが崩れるのをナディアは見逃さなかった。憂いを帯びた表情、とでも言えば良いのだろうか。


 魔塔で人体実験の被検体として過ごしていた間、ナディアが知る限りではイノセントが言い淀んだ事は一度もなかった。相手の心情を思いやる事はなく、自分が気に食わなければ遠慮なくこき下ろす。イノセントの方から物理的に攻撃する事はなかったが、やられれば徹底的にやり返す。敵が多い一方で、その圧倒的な実力に心酔する者も多かった。


 結論、イノセントと敵対して無事だった者は一人も居ない。そしてそれが余計に彼の言動を助長させていた。だというのに今、イノセントは明らかに言い淀んでいる。


 考えてみれば「団長代理」という設定も妙だった。昔のイノセントなら本物の「団長」の存在が爪弾きになると分かった上で平気で「団長」を名乗っていただろう。わざわざ存在しない役職を選ぶ配慮まで覚えたとは驚きだ。


 勿論、既に存在している記憶を書き換える方が難易度は高いはず。だがナディアが知っているイノセントは、魔術に対する探究心と自尊心から率先して難易度が高い方を選ぶ性格だった。


 明らかにイノセントは昔とは違っている。


 正直な話、ナディアとしても裁判の為にイノセントに協力を仰ぎたい。だがナディアの過去に憤ったセレスティンならばイノセントを危険視し、追い出してしまう可能性が高いように思えた。


 それならばこのまま、滞在を黙認しても大丈夫だろうか。


 なにより、イノセントの力をもってすればナディアの意識を書き換える事も可能だったはずなのだ。それをせずにこうして真っ向から部屋に来た事を考慮すれば、少しくらい様子を見ても良いんじゃないだろうか。


 ——この城に住む者を傷つけないと約束するならセレスティンに報告はしないでおく。勿論、ここで得た情報は一切悪用禁止だ。


「分かった。約束するよ、ナディアが困らないように大人しくしてる」


(私が困らないように、ね……。一体この数百年の間になにがあったんだか……)

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