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20.再会

 森へはセレスティンと彼に仕える騎士団の半数が向かい、残り半数はセレスティンの命令でナディアの護衛についた。


 護衛の中には、ナディアに良い感情を抱いていない人物がちらほらと居た。主を危険な森へと向かわせ、自分はぬくぬくと城内で過ごしているのだからそう思われても仕方がない、と考えていたけどそうではなく、それ以前にナディアが魔女だからという理由で嫌悪しているようだった。それも当然か、むしろバーナードやカトリーヌの方がおかしいのだ。


 そしてそこで気付いた。ナディアと直接接する使用人の人選は、セレスティンが特別気を遣って任命していた事に。


(帰ってきたらありがとうって言おう。……これだけの恩を、私はセレスティンに返す事が出来るんだろうか……)


 そうして数日後、無事に帰還した彼らを出迎えたナディアは、一人増えている事に気が付いた。髪の毛からまつげまで全てが純白の、天使のような外見。騎士団の面々と親しげに話すその男性は、ナディアのよく知る

人物だった。


 イノセント。ナディアが探そうと思っていた、魔塔の元主席魔術師だ。


 イノセントが何事かを呟くと、ほんの一瞬、その場の全員が静止した。イノセントが魔術を行使した、とナディアは直感した。


「あうあうお!(どういうつもりだ!?)」


 ナディアが叫ぶのと同時に、ナディアの後ろから「お帰りなさいませ、閣下! 副団長代理様!」という声が聞こえてきた。ナディアの護衛騎士団達だ。


 「副団長代理」?そんな役職あっただろうか、とナディアが首を傾げるのと同時に、イノセントがさっと腕を上げて騎士団達の歓声を静めた。そんな、まさか。


(今の一瞬で騎士団達の意識を書き換えたのか……!)


 イノセントの隣に居るセレスティンはなにも言わない。彼も既に「副団長代理」としてイノセントの存在を受け入れてしまっているようだった。


「ただいま、ナディア。頼まれていた物は全て手に入れた。中で確認してもらえるか?」


 ナディアはどう返答すべきか悩んだ。イノセントの事を、セレスティンに報告するべき? でも本人が目の前に居る。それに、ナディアもイノセントに用事がある。ひとまずは様子を見た方が良いだろうか。


 ——うん、分かった。……おかえり、セレスティン。それとありがとう、色々。


 なんの事だ?と言いたげな表情のセレスティンに、ナディアは曖昧に笑ってから「中に入ろう」という意味を込めてカトリーヌの肩を叩いた。


「皆の者、ご苦労だった。臨時編成はここで解散とする。各々ゆっくり身体を休めるように」


「「はっ」」


 セレスティンのよく通る指示をカトリーヌの背中越しに聞きながら、「もし私が公爵になったら、騎士団はこんなに素直に命令を聞くのだろうか」なんてくだらない事を考えてしまった。どうせ公爵になるつもりなんてないのに。


 採ってきた材料をナディアの部屋へ運んできたのは、イノセントだった。「どういうつもりだ」と眼力で訴えかけるも、イノセントはニコニコと胡散臭い笑顔を顔に貼り付けたまま、なにも答えようとしない。文字盤で直接問いただそうにも、カトリーヌが居るので難しい。


「全部揃ってるでしょうか、ナディアお嬢様?」


 かけられた声に、ナディアはパッと顔を上げた。イノセントの口から、ナディアお嬢様だなんて……。全身に鳥肌が立ってしまった。


「あらナディア様。寒いですか? 毛布を持ってきましょうか」


 カトリーヌの言葉にこれ幸いと甘え、彼女が部屋を出て行った瞬間、ナディアは文字盤に指を滑らせた。


 ——一体どういうつもりだ!? 何故彼らの認識を書き換えた!


「折角の再会なんだ、もう少し喜んでくれたって良いじゃないか、ナディア」


 ——感動の再会ならそうしただろうね。だけど私とイノセントの間にそんな美しい感情があるとでも?


「まあ、ないだろうね。ナディアはきっと僕を恨んでるだろうし。だけど僕はナディアに会いたかった、本当だよ?」


 ——は……、会いたかったなら森に来ればいつでも会えただろう。何故今、ここで、なんだ?


 暗に「一度も森へは来なかったくせに」と非難すると、イノセントは笑顔を消して目を伏せた。


「……ナディアに会う勇気がなかったんだ。だけど森から君の気配が消えて……いつもと違って帝国のどこにも君の気配が感じられなくて、僕は心底恐怖した。もしかして君が死んでしまったんじゃないか、って思ったらいてもたってもいられなかった。それで森の中で手がかりを探していたところに……」


 ——セレスティン達が来たんだね? それで私がここに居ると分かった?


「そう。意識を書き換えたのは悪かったと思ってるよ。だけど僕達、戸籍なんてとうの昔にないだろう? 人の意識を書き換えないと定住出来ないからね。長く生きる者の生活の知恵ってやつさ。別に他意はないよ」


 戸籍の管理をする者の意識を書き換えれば済む話だろうに、とは口にしなかった。イノセントも分かっているに決まってる。単に言い訳をしているだけだ。


 ——どうしてそこまでして私に会いたいと?


「んー……内緒。今は純粋にナディアとの再会に浸りたいからさ、もう少しだけ待ってくれない?」


 また一瞬、イノセントの笑みが崩れるのをナディアは見逃さなかった。憂いを帯びた表情、とでも言えば良いのだろうか。言いにくいなにかがあるようだった。


 ナディアが魔塔で暮らした数年間、イノセントが言い淀んだ姿は一度も見た事がなかった。相手の心情を思いやる事はなく、自分が気に食わなければ遠慮なくこき下ろす。イノセントの方から物理的に攻撃する事はなかったけど、やられれば徹底的にやり返す。だから敵を作りまくる一方で、その圧倒的な実力に心酔する者も多かった。


 結論、イノセントと敵対して無事だった者は一人も居ない。そしてそれが余計にイノセントの言動を助長させていた。そんな彼が「悪かったと思ってる」? 躊躇という感情まであるとは。それに「副団長代理」という設定。昔の彼なら本物の「副団長」の存在が爪弾きになる事を分かった上で「副団長」を名乗るくらいしていたはずだ。わざわざ存在しない役職を選ぶ配慮をするなんて。


 勿論、既に存在している記憶を書き換える方が難易度は高いだろう。だけどナディアが知っているイノセントは、魔術に対する探究心と自尊心から率先して難易度が高い方を選ぶ性格だった。昔の彼とは、印象が大きく変わっている。


 ナディアは悩んだ。最低限度の常識を身につけた今のイノセントであれば、滞在を黙認しても良いだろうか、と。正直な話、ナディアとしても裁判を有利に進めるにはイノセントの協力は必須だ。今ここで滞在を拒めば、協力を取り付けられないかもしれない。


 それになにより。イノセントの力をもってすれば、ナディアの意識を書き換える事も可能だったはず。それをせずにこうして真っ向から部屋に来たのだ。少し様子を見ても良いんじゃないか、とナディアは判断した。


 ——この城に住む者を傷つけないと約束するならセレスティンに報告はしないでおく。勿論、ここを出たあともここで得た情報を悪用したら許さない。


「うん、約束するよ。大人しくしてる。ナディアが困らないようにね」


(私が困らないように、ね……。一体この数百年の間になにがあったんだか……)

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