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―― まほろばの鬼媛 ――  作者: いわい とろ
夏の章・8月編 "続・騒がしい夏"
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夏の章(8月編)その12




 ―― 佐渡狸の少女"砂金里穂"の口から語られた、諏訪で起きている事態。――


 それは、当事者である土屋紬花以上に、その場に居た全ての面々を温度差はあるにせよ驚かせるものであった。


 ―― 諏訪大社の片隅で行われていた"先々代の火、土、風の鬼の王"と、先代の土の鬼の王の会談の最中、突如として土鬼の拘束結界が張られた。しかもそれは一重ではなく十重二十重と言える規模の物であり、その結果、四人の鬼の王経験者は身動きが取れなくなったのである。――



『……この時、私は諏訪大社に二ッ岩大明神の社を代表して参っていたところでした。ですが、この結界の範囲の外側に居たため、この時は難を逃れる事が出来たのです。しかし、話はこれで終わりませんでした。』



 里穂はそう語ると一呼吸整えて、更に話を進める。


 この結界の展張と同時に、諏訪湖を中心とする地域全体に外部との霊的接続を断ち切る特殊結界が更に張られたのだという。

 だが、この結界の展張には時間が掛かったため、里穂は当地の稲荷社の稲荷人に呼び止められ、この時の事の仔細を知る事となる。


 その上で『私は事前に先々代の鬼の王の方々が来る事を知らされていたので、先代土の鬼の王との会談結果を知らせる役割を命じられた。だが、霊的接続が絶たれれば、稲荷社の、いや、稲荷神の情報網が途絶させられ、報告すら出来なくなるだろう。それだけでなく、霊的存在の物理的な移動もできなくなる。』と告げられた。

 これが意味するのは、霊的な力を大して持たない人間や動物ならば結界を出入りできるが、ある程度の霊的存在や力を持つものは、この結界の内側に入る事も、外に出ることも出来なくなるという事であった。


 つまり里穂はたまたま諏訪に来ていたために、この騒動に巻き込まれた訳である。

 その上で当地の稲荷社の稲荷人から『お前が佐渡から来た化け狸である事は承知している。我々稲荷人は君達とは仲が良い訳ではない。だが、今は頼める者に頼むしか無いのだ。頼む二ッ岩の縁者よ、特殊結界が展張される前に諏訪を離れ、九州の西の果て、佐世保に向かって欲しい。そこに当代の土の鬼の王が逗留している。彼女と面会し、諏訪に戻ってきてもらうように説得してほしいのだ。今回の騒動を収めるにはそれしかない。』と告げられ、併せて紬花を連れ戻すように依頼されてしまったのである。


 そして、特殊結界が完全に展張完了する前に諏訪を離れた里穂は、中山道に沿って移動を開始。

 数日を掛けてヤマト国の都である"平安京"に到着する。この間、襲撃らしい襲撃は無かった。

 いや、厳密には襲撃者は追尾を続けていただけで、里穂から悟られない程度に間合いを取っていたのである。


 ただ、里穂の方も自身を追尾する存在を察していたらしく、平安京を発つと、速度を上げて一気に四国へと向かったのである。

 四国は佐渡と共に化け狸の聖地と呼べる土地であり、その伝手を辿る形で瀬戸内海沿いに西へと移動を続けた。


 そして、豊後水道を通り大分の佐賀関に上陸して程なく最初の襲撃を受ける。

 この時は難を逃れた里穂であったが、その後も別府、九重連山、久留米と、何度も襲撃を受け続け、その都度手傷を負う事が増えていく。

 暫くして、佐賀にある"祐徳稲荷神社"の稲荷神と対面し、事情を説明したあと、当地に留まるようにその稲荷神から念押しされた里穂であったが、度々自身を襲撃する者が居る以上、祐徳稲荷に被害が及ぶ事は避ける必要があると言わんばかりに、神社から離れ、一気に佐世保を目指したのである。


 このタイミングで、襲撃者はその姿を露わとして襲撃を仕掛けていた。この際に里穂は複数の傷を負い、ボロボロになりながら今川家が自宅としている神社の境内へと逃げ込んだのだった……






『……という訳で、危ういところを鈴鹿様に助けて頂き、追手も当代の水の鬼の王と正面から争う事を避ける意味で引き下がり、こうして今日、土の鬼の王である土屋紬花様が居るというこちらの邸に来たのです。』



 一通り事情を話し終えた里穂に対し、邸の主である伊鈴が『先代だけでなく、あの三人まで拘束されるとはねぇ〜。結界が十重二十重に展張されたという事は、少なくとも鬼の王候補だった子達が十人以上関与していると見ていいだろうね。アンタはどう見ていたんだい?』と述べ、里穂の意見を求めてきた。

 その問いに、里穂は『はい、確かに強い霊力の迸りの様な物を複数感じ取りました。いや、アレが鬼の王候補の方々であれば"鬼力"と呼ぶべきなのでしょうけど、とにかくあの場から離れる事を優先する事になったので、詳しくは……』と語る。

 その語りを受けて、伊鈴は『う〜ん……』と一唸りを発して何かを考え込んでいた。その事が気になったいづるが『どうした婆さん、あの三人が抑え込まれた事が気になるのか?』と語る。

 すると伊鈴の口から思わぬ事が出てくる……



『先代はともかく、あの三人すら抑え込むとなると、単に紬花世代の鬼の王候補だけでなく、先代と同じ世代の鬼の王候補らも関与している可能性を考えていたのさ。』



 その一言を聞いたいづるは『はぁ!? 睦婆(むつばあ)の後釜候補連中もかよ? だとしたら、もう反つっちー運動とか何とかって話じゃねぇって事じゃね? コレは……』と述べ、更に何かを言おうとしたところで、美鶴が『所謂"謀叛"という物ですね。クーリアさんの国の言葉だと"クーデター"というモノだそうですが、どうやら紬花さんが鬼の王である事、それそのものを否定したい方々がそれなりに存在するという事で認識として合ってますか?』と、母の言葉を遮り被せる形で発言したのであった。


 娘に発言を潰されたいづるは『み、美鶴さん、アタシの台詞ってか、言いたいことを先回りして言うのはちょっと……。』と、少し涙目になりながら力無い抗議の声を上げていた。

 かたや鈴鹿は『美鶴嬢の語る通りだろうな。コレは単なる王の地位を巡る争いでは無くなりつつある。私自身も警告を受けたくらいだからな。注意するに越したことはない。』と述べ、美鶴の認識を肯定的に扱ったのである。


 そして、事態の中心と言える土屋紬花本人は『先代達、わたしのために捕まった。皆、わたしが王である事を嫌がっている。なら、わたしは……』と、語るも、そこから先を伊鈴が言わせなかった。



『だから鬼の王の地位を返上したかったのかい? ……だったら、アンタは一つ勘違いをしてるさね。アンタは"あの子"から指名された。鬼の王が自らの後釜を指名するという行為は、在位の内に一度しか行えない。まあ、アタシらの場合はやんちゃをしたから"王選公会"という当時存在した組織が後任を指名したけど、本来は王の意思が重視される。それを否定するならば……』



 ここまで言ったあと、一呼吸入れ直して伊鈴は『否定するなら、それは"王の権威・威厳"の否定でしかない。今、土の子達がやっている事は、自らが立つべき土台を崩している事と同義なのさ。それをアンタは肯定するつもりかい?』と述べるが、その紬花を見る鋭い視線は、かつて瀬戸内の海上で、当時の"東郷平八郎海軍大将"に向けた、水の鬼の王のソレそのものと言えた。

 その視線に、紬花は背筋が凍りつくような感覚を得ていた。無論、それは一瞬の事であったが、一瞬とはいえ"鬼の王の威厳"を垣間見たと、後年紬花は自らの後継者候補となる若い鬼達に語っている。


 それらの会話を間近で見聞きしていた里穂は、所謂実力者同士の会話というモノとはこの事かと内心驚きつつ、平静を装っていた。

 もっとも、その化けの皮は、天敵と言える稲荷人の小蓮に呆気なく見破られていた……




「おやぁ〜、化け狸でも、これだけの実力者の会話を聞いて心臓が張り裂けそうになってるみたいだね〜。」


「なっ!? ……何を言っている狐女っ! これでも二ッ岩大明神に御奉仕する立場。お前のような依るべきモノが無い稲荷人と一緒にするなっ!!」


「依るべきモノ無しとは、それは失礼極まりない物言いだっ! 私にも依るべきモノはある。」


「ふん、どうせ鶴様の事だろ! だが、鶴様のお近くに居る事そのものが特別だと思わない時点で、お前はその程度だぞっ!!」


「なっ、何をぉ〜!! そっちも二ッ岩大明神が無ければ、ただの化け狸だろ!!」


「その台詞、そのままお返しするぞ駄狐っ!!」


「お前に駄狐呼ばわりされる謂れは無いっ!! このぽんぽんポンコツ狸っ!!」




 ……と、勝手に言い争いを始める"狐と狸"。種族を越えた"キャットファイト"であったが、それが長く続く事は無かった。

 彼女ら二人を除く実力者四人から"鬼氣"を放たれ、それにより金縛り状態となったところで、二人の間に割り込む形で立った美鶴が一言……



『二人とも、喧嘩はダメですよ。でないと、かーさま達から頭を冷やされる事になりますからね。』



 ……と、トドメを刺すが如き発言により、狐狸(こり)論争は終息する事となる。






 そのあと、状況が状況という事で、紬花が諏訪に赴くと言い出す。

 しかし、それは伊鈴と鈴鹿両人に止められる。当事者中の当事者が赴けば、却って向こうの思う壺という事が明らかだったからである。


 その様に言われて困惑する紬花に対し、伊鈴が『こういう荒事を収めるに足る人物がいるじゃないか。しかもアンタのすぐ身近にね。』と言われ、紬花はハッと何かに気付く。

 また、それを聞いた鈴鹿も『なるほど、毒には毒をぶつけろ。そう言うことですね先々代様。』と相槌を打つ。

 これらの話から、何を言わんやという事に美鶴も小蓮も、そして里穂も気付いてしまう。


 知らぬは、本人一人のみ。単に自覚が無いだけの"東雲いづる"だけであった……
















 ―― その数日後、いづるの姿は諏訪地方を包む結界の外郭部にあった。――


 従うは佐渡狸の砂金里穂、ただ一人。いや、一匹か?


 その里穂を隣に置き、いづるは『こりゃまた、随分と厳重な結界だなぁ〜。この規模となると、伊鈴婆の読み通り、先代土の鬼の王世代の候補だった連中も加担していても不思議でもなさそうだぜ。』と語りつつ、その表情はむしろ楽しそうなものであった。

 それを聞き『二世代の土の鬼の王候補複数が絡んでいるのに、全く怯える素振りが無い。そういえば、前に佐渡に来た時、二ッ岩大明神の社の主導権争いの時も間に割って入ったあと、有力二大勢力を黙らせていた様な……』と、少し昔を思い出す様に内心考えていた。


 そんな考えを巡らせていた里穂だったが、その考えはいづるの『さぁ〜て、そんじゃ、早速だけどこの邪魔な壁を軽く斬り裂くとするか。』という語りにより中断される。

 そしていづるの方を改めて見ると、彼女の前方の何もない空間に突如穴が開き、そこから一本の金棒が飛び出してくる。

 その金棒の柄を素早く掴み、軽く二三度振るいづるの表情は……



 ―― 恐れを知らない人間の顔だ。むしろ恐れを感じた事があるのか? この人は。――



 そう、里穂が強く印象を感じるものであった。






 その日、諏訪地方全域を揺さぶる見えざる衝撃が襲ったという。

 だが、ヤマト国の天相局(気象庁)は、諏訪地方で地震が起きたという報告を受けてはいなかった。

 それは物理的な衝撃とは異なるモノだったのである……






 ー つづく ー

 


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