夏の章(8月編)その10
さて、水梨邸の庭先に設けられた即席茶席に、四人の人物が茶釜を囲むように集まっていた。
一人は茶を点てている東雲美鶴。一人はいづるに懲らしめられたのち、冷静になって茶を所望した御劔様。一人はそれより早く来ていた玉ことサーナ。
そして、最後の一人は、柄にも合わず美鶴が居ることから慣れないことに付き合う事となった東雲いづる。彼女の場合、御劔様に睨みを利かせる意味合いもあったが。
その他の面々が水梨邸の屋内や周辺の片付けやら、野草取りに付き合わされるなどして散らばっている中、この四人だけが一カ所に集まっていたのである。
『サーナさまや御劔さまは解るとして……なぜ"かーさま"までいるんてすか!?』
娘から放たれたこの一言に対し、いづるは『そりゃお前、面倒なのが二つ居て、それを相手取るには荷が重いだろうと思ったからだぜ?』と答えている。
すると即座にサーナが『待て。我はそなたらがスイカ割りに興じている時から美鶴の点てた茶をいただきながら軽く会話に勤しんでいたぞ? まぁ、そこのポンコツ三号がアホな事を提案して、渋々力を貸しはしたが、それはいづるも察していよう。』と答えると、ポンコツ三号と呼ばれた御劔様は『おいぃ〜!? いづるから言われるならともかく、なぜ玉からもポンコツ呼ばわりされねばならんのじゃ!? 』と、言外でスイカ割りの時の事を思い出したかのように強く抗議するのであった。
さて、美鶴が点てたお茶の飲み方はサーナと御劔様に関しては、礼法を弁えたものであった。
しかし、いづるに礼法という概念は無かったらしく、茶器が回ってくると、片手で鷲掴みして、中身の渋茶を一気に飲み干してしまった。
これには二柱のポンも呆れを通り越して唖然としてしまう。そして、美鶴はと言えば……
『かーさま。かーさまは粗雑を通り越して"無"なのですね。礼法も常識も、かーさまの前では無意味という事が改めて理解できました。』
その言葉には、どこか冷めたような、諦めたような想いが籠もっていた。無論、それは美鶴にとってはもはや日常茶飯事と言うべきものであった。
それを示す様に、いづるの口から『おおぅ、相変わらず手厳しい言葉だぜ。けど、お茶ってのはこうやって飲むものだろ? 凄く苦いけど。』という一言が出てきた。
流石にその無作法ぶりに、サーナも『いづる、そなた少しは教養を磨いたほうが良いぞ? いつ如何なる時に教養を試されるか、分からぬのじゃからな?』と突っ込むほどであった。
また御劔様も『汝、ガサツ者も泣いて逃げ出すような事をするのじゃの。あの永松とか申す輩が頭を抱えるのも頷けるというものよ……』と、サーナに同調するような発言を述べる。
二柱のポンから次々と突っ込まれ、いづるの表情は渋くなっていた。こういう時、普段のいづるなら一暴れするところであるが美鶴の手前と、そもそもポンとはいえ実力だけなら上位者と言える存在を相手取るほどいづるは愚かではなかった。
不満は持ちつつ、この場は黙って従ういづるであった……
『ところで、土の鬼の王がこの地に居る理由は他のポン達と意識共有することで把握しておるが、この話は今どうなっておる? 予としては、速やかに終息させるべきと思っておるのだが?』
一瞬の静寂ののち、御劔様の口から放たれた一言で、サーナといづるの表情はそれぞれ強張る。
もっとも、そのあとの流れたるや、サーナが『おい! その件に関して述べる前に言うが、我をポン扱いするな! そなたもそのポンの一柱なのじゃぞぃ!』と反論し、いづるは『伊鈴婆以外の、温泉旅行中の婆様達が諏訪に向かうハズだから、そんなに心配しなくても良いんでね? いざとなれば、富士宮に居る"火倉さん"達が動くだろうし。』と述べる。
直後、同じポンであるサーナの抗議を半ばスルーした御劔様は、いづるの話に食いつく。
「いづるよ、その話は何時の話か覚えておるか?」
「んぁ? 確か先月の事だから、もう諏訪に到着してもおかしくないな。」
「先月? ならば既に話し合いを行なって結論なりなんなり連絡は届けられておらぬのか?」
「連絡? 一応"稲荷神社"の情報網で、報告は鹿野郎の下に入る手筈となってるハズだぜ。まぁ、その鹿野郎から何も話が来てないから、まだ話し合いが続いているって事だろ? そんなに焦らなくても良いと思うぜ?」
そう語り、最後に『まぁ、心配御無用だぜ。』と話を締めるいづるを見て、御劔様は『ふぅ〜む、果たしてそう簡単に話が収まるものであろうか? 当代の鬼の王が佐世保に来るという時点で異常なのだ。蒼の月、ヤマト国の"神域"の平衡を保つ存在と定められた"鬼の王"が、それを放棄して来ているとなれば、いかな先代とはいえ、一人で支えきれるとも思えん。』と思い、更に続けて……
『それに……紬花以外の、かつての土の鬼の王候補だった者達が"強訴"している。今の王は認められないと言わんばかりに。だが、あ奴らは知らぬ。"あの場"に駆け付けたのが今の四人の鬼の王なのだ。紬花もその一人であり、それこそが土の鬼の王に指名された"真の理由"でもあるのだからな。』
……目の前で、今度はサーナといづるの変な絡み合いが始まり、それに美鶴が突っ込みを入れる光景が繰り広げられる中、御劔様はそんな事を考えていたという。
その後、山菜取りに出向いていた伊鈴と、彼女に付いて行き、山菜取りを手伝わされていた御鏡様や小蓮、はずみ、美羽音に紬花らが戻ってきた事で、御劔様の黙考は一端中断となった。
特に御鏡様は『妾の力を山菜探しに使わせるとか、伊鈴は力の無駄使いという言葉を知らぬかぇ?』と愚痴っていたものの、即座に伊鈴から『都合が良いから使ってもらっただけさね。探し物に特化すればすぐに見つけられる訳だからねぇ〜。』と、ニヤリとしてやったり顔をしていたのであった。
こののち、先に帰る美羽音に山菜を幾つか持たせ、詳しい調理の仕方は美清に聞くように言い聞かせた伊鈴。
かたや美羽音は『お袋にかよ!』と叫んだものの、いづるから『良いんじゃね? たまには妹とお前と水のねーちゃんの三人で料理を作ってみな。改めて有り難みが解るかもよ?』と言われては、流石の美羽音も渋々従うしかなかった……
美羽音が去ったあと、野点道具一式を纏めたはずみも学生寮に戻る事となり、一人で帰らせるには心許ないと判断したいづるは、小蓮に学生寮まで荷物持ち兼任で同行するように指示を出した。
ええっ!?という表情を見せた小蓮であったが、美鶴から『小蓮が帰って来た時には一通りの山菜料理を用意しています。家庭科の授業で多少は作れるようになっているので、楽しみにしていて下さい。』と語られては、流石の小蓮も『お嬢様の手料理っ……。わ、解りました。必ずはずみ様を送り届けて戻って来ますぅ〜!!』と言うなり、左手に山菜入りの袋。右手に野点道具一式を背負ったはずみを掴むと、勇躍して水梨邸から飛び出して行ったのである。
なお、はずみは『うわぁぁ!? わ、儂をそんなに雑に扱うなぁ!?』と叫びつつ抗議したものの、その声は山彦となって辺りの山々に響くのみであった。
そんな立ち去った面々を見て、紬花は『騒がしい。けど、楽しい。……諏訪だとこんなに楽しくない。』と、消え入るような小声で呟いていたという……
さて、それより暫くのち、時は日暮れが迫る時間帯だが、この場所は西に聳える山々のために時刻上の日没時間より早く日暮れが訪れる。
この場所……つまり今川家兼神社では、美羽音が持ち帰った山菜を美清が美紗音と共に調理し始めていた。
山菜を届けた美羽音は何とか静かに逃げようと試みるも、即座に母親の"操水術"によって呆気なく捕捉され、拘束されて台所に連れ戻されてしまう。
そんな母娘のドタバタを見届けると、水梨鈴鹿は神社境内の清掃作業を始める。
竹箒を使い、掃き掃除をしていた鈴鹿の手は……
―― その場に似つかぬ気配の出現で止まる事となる ――
『……何者だ。隠れてないで出てくるが良い。そこの鳥居の柱の裏に居ることは解っている。』
そう語り、鈴鹿の鋭利な視線が神社の側道側の鳥居を見据える。
すると程なく、その鳥居の影から一人の人影がふらっと現れたかと思った瞬間、境内側に倒れ込むと同時に煙が噴き出し、数枚の枯葉を撒き散らしながら煙の中から"一匹のタヌキ"が転がるように現れたのである。
だが、そのタヌキの様子を見て、鈴鹿はただごとではないと察し、急ぎ側に寄る事となる。なぜなら……
『なっ!? 手傷を負っているではないか。それに今の煙……このタヌキ、もしや"変化狸"の者か?』
傷つき、倒れ込んだタヌキを抱きかかえると、鈴鹿は水の鬼の王の力を少しだけ解放し、タヌキを治癒する。
ちなみに、解放しているとはいえ、完全解放ではないので、那苗を拘束した時のような姿になっている訳ではない。
水の鬼の治癒術は、自身が持つ鬼力を霊力に変換し相手に与える事で、相手の自然治癒力を促進させる物であり、大地の力を引き出して治癒に用いる土の鬼の治癒術とは根本が異なる。
それでも小動物の治癒には充分な力であり、その証拠にタヌキの傷はみるみる塞がっていく。
それと同時に、タヌキの意識が回復していくのであるが……
「う、ううっ……こ、ここは。」
「まだ喋るな。もう少しすれば身体的傷は完全に塞がる。それより貴様は変化狸の一族の者だな? 四国の者か? それとも……」
「うっ……さ、佐渡、です。」
「佐渡……。という事は"二ッ岩大明神"縁の者か?」
「はい。二ッ岩様を祀る社でご奉仕させて頂いている者です。あなた様は?」
「フッ、私の事を知れば、その小さな躰が緊張で動けなくなるぞ? それで良いなら……」
鈴鹿がそこまで述べた時、境内の内側に不穏な気配が複数入り込んでいるのを察知した。
その気配は鈴鹿を取り囲むように動きつつ、徐々に人型を取り始める。だが、鈴鹿には見覚えがある代物であった……
『これは……土人形? 傀儡の輩か!? このような物が入り込んで来るとは。しかし、私も舐められた物だ!』
そう語るや否や、近くにあった大理石製の浄めの水が溜まった"手水舎"から、溜まっていた水がまるで生き物のように飛び出し、鈴鹿の周囲の傀儡を次々と飲み込んでいく。
飲み込まれた傀儡はその形を維持出来ず、次々と崩壊していった。鈴鹿の鬼の王としての"水を統べ、司る力"の一端が見えた瞬間であった。
この時、抱きかかえられていた変化狸は『まさかこの方は水の鬼の王!? ご当代の方であれば水梨鈴鹿様という方に違いない!』と、心の中で思うと同時に、緊張で躰が強張ったのは言うまでもなかった。
傀儡を全て破壊し尽くした水は手水舎へと戻った。その水は濁り一つなく、傀儡の残骸すら浄化するほど強力であった事を示していた。
無論、それは鈴鹿の鬼の王としての力も影響しているのであるが。
そして傷が塞がったタヌキを地面に置いた上で『さて、早速だが再度"人化の術"を使うが良い。今の姿でも喋れるだろうが、人間体の方がより自然に喋る事も出来よう。』と鈴鹿が述べた事から、タヌキはどこからか取り出した草の葉を頭の上に乗せ、印を結びつつ何事かを呟いたあと、その場でジャンプしつつ縦方向に一回転した。
すると着地と同時に煙が立ち上り、その煙が晴れた時、そこには何処となく田舎娘と呼ぶにたる素朴な姿の巫女服少女が立って居た。
『……お助け頂き感謝致します。水の鬼の王、そのご当代であられる水梨鈴鹿様ですね。申し遅れましたが私は二ッ岩大明神を祀る社にお仕えする……』
そこまで言ったところで鈴鹿が『待て、自己紹介は後で幾らでも聞く。……それよりそこの鳥居の裏に隠れている奴、さっさと出てくるが良い。先ほどの傀儡を呼び出したのも、この狸娘に手傷を負わせたのも、貴様の仕業であろう?』と、語気を強めに警告を発した。
その鈴鹿の言葉に、慌てて狸娘は鈴鹿の後ろに隠れる。そして、鈴鹿の警告に応えるかのように"一人の人物"が姿を現す。
それは、何処となく紬花と同じく朴訥としながら、紬花と異なり荒々しさを容姿にも、気配にも纏う大女であった……
ー つづく ー
※驚くべき事に、この回で投稿開始して丸2年を迎えました。
(2024/01/01に初回投稿)
流石に2年前のように正月休み中、毎日投稿という事はできそうにないですが、これからも少しづつ記していければと考えている次第です。




