表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
―― まほろばの鬼媛 ――  作者: いわい とろ
夏の章・8月編 "続・騒がしい夏"
104/109

夏の章(8月編)その8




 ―― 8月に入り、2週間余りが過ぎ、水梨伊鈴邸ではいつもの面々が他愛のないのんびりとした日々を過ごしていた。


 縁側では、東雲いづるが昼寝をし、部屋の奥では美鶴が宿題を粛々と書き進めていた。しかし、あまりにも静か過ぎるのも問題と思ってか、ラジオだけは付けていた。

 そこから聞こえるのは、高等学校野球選手権大会。所謂"甲子園"の試合であった。

 高等学校の野球部の頂点を目指す試合が行われているのだが、甲子園球場が使われるのは、この夏の大会の時期と、春休み期間に行われる春の大会の期間。

 そして、晩秋の頃に行われる特別大会の期間に限られている。


 天然芝を使う球場であるがため、更に高校野球の聖地として、東の大学野球や社会人野球の聖地と位置付けされる"神宮球場"と共に特定の時期しか使われない、特別な球場とされていた。


 そんな高校野球の試合を耳で聞きながら宿題を進めていた美鶴だったが、やはり前に職業野球の試合を見た事が記憶として印象に残っていたのか?

 いつしか筆を止めて、ラジオから流れる試合の様子をかじり聴いていたのである。



『……へぇ~、美鶴もそんなのに興味を持つようになったかぁ〜。』



 ラジオを聴くことに意識が向いていたため、美鶴はいつの間にかいづるが昼寝から起き、自身の隣に座り込んでいた事に気付かなった。

 そのため『わっ!? か、かーさま、いつの間に起きておられたのですか!?』と、普段になく素っ頓狂な表情と共に上擦った声を出してしまう。


 そんな娘の珍しい姿を見て、いづるは『美鶴でも驚く事があるんだなぁ〜。初めて会った時から考えれば、喜怒哀楽がハッキリするようになったのは良い事だと思う。』と、感慨深げに思っていた。

 無論、それは美鶴がいづるや小蓮と共に長い事旅を続けていた内に得たものだが、佐世保に定着し、友人を得た事で更に磨きが掛かっているようにも思えたという。






 そんな時、近くの小川で冷やしたスイカを幾つも手籠に入れ、それを持つ形で、水梨家の居候となっている土屋紬花(つちやつむは)が庭先に姿を現す。

 その側には、家主でもある水梨伊鈴と、二人に付いて行っていた小蓮の姿もあった。いづると美鶴を加えたこの五人が現在の水梨家の住人である。


 彼らの姿を目視し、美鶴が縁側に出向きながら『伊鈴婆様、紬花さん、小蓮、おかえりなさい。』と一言述べ、同じように出てきたいづるは『おっ? 適度に冷えたスイカが来たか〜。よぉ〜し、さっそくスイカ割りしようぜぇ。』と語るが、即座に伊鈴から『やれやれ、アンタは食い意地だけが優先しすぎだよ。あたしが小蓮と森の食材探しをしてる間、紬花がスイカを見張っていたんだからね。その事に労いの言葉くらいあって良いんじゃないのかい?』と釘を刺される事となる。

 その言葉にうぐぐぐという擬音を出すいづるだったが、決して感謝しないほど無作法な人物ではなかった。程なく『つっちーご苦労さんだぜ。お前一人が居るだけで、スイカ泥棒すら近寄らないんだからな。婆さんと駄狐の食材探しに当たっての憂いを無くしてるってだけでも大手柄ってヤツだ。』と述べつつ、紬花の肩を軽くポンっと叩こうとしたのだが……



『……つっちー、身長が高いってのは、気軽な行為すら困難にするなぁ〜。』



 ……と語りつつ、萎えるいづるであった。

 無理もない、紬花の身長は本当に高い。いづるも女性としては高めの身長だが、そのいづるの身長でも紬花の肩口には及ばないのだ。まさに"天を衝く大女"という言葉がそのまま当てはまる程に、紬花の身長は高いのである。

 そんな萎えるいづるに対し、紬花は『いづる、元気が無くなった? なら、頭撫でれば元気出る。これで解決。』と語ると、いづるの頭を撫で始める。

 流石に頭を撫でられ出したいづるは『お、おい止めれ。周りの視線が、視線が生温いぃ〜!』と口走りつつ、顔が紅潮したのは言うまでもない。

 いづるがそう語るように、美鶴や小蓮、伊鈴らの視線は確かに生温かったようで、小蓮は内心『いづる様、余り撫でられる事が無いですからね。慣れない事態には対応できないのはよく解りますよ〜。』と思っていたという。

 もっとも直後に『……まあ、私も昔そうでしたからね。私の頭を撫でてくれたのは貴女が初めてでしたから。』と、誰に聞こえるでもなく呟いていた……






 この日の水梨邸は、不思議な日であった。

 いづる達が庭先でスイカ割りの準備をしていたところ、来客があったのである。


 まず初めに現れたのは、茶道具一式を納めた葛籠(つづら)を背負って現れた学生寮西棟の寮監である"永松はずみ”。つまり"松永弾正久秀"その人であった……



『こんな山里の奥地に住むとは、全く世捨て人にも程があるのではないか? しかし東雲寮生が居るならば、顔を出すのも悪くあるまい。』



 このように愚痴りつつ登場した人物を見て、いづるは『おっ、珍しいな。まさかそっちから来るとは思わなかったぜ、弾正のオッサン。』と述べ、美鶴は『寮監様、まさかわざわざこちらにお越しになるとは……解っていたなら、準備の一つなりしたのですが。』と答える。

 それを聞き、美鶴には"はずみ"として『寮生、わざわざそう考えなくてもよい。必要な物は一緒に持ってきた。』と答え、いづるには"久秀"として『来て悪いか? どこにどう行こうが儂の自由じゃろう?』と軽くやり返している。


 庭先の会話が聞こえたのか? 邸の奥から伊鈴が現れると『おや? これは珍しい客人じゃないか。スイカ割りもだけど、茶道具を持ってきている以上、それなりの準備をしないとねぇ。』と述べ、自身が行うスイカ割りでの道具の準備を小蓮を呼び引き継がせ、庭先で茶道を行う為の道具を母屋から少し離れた小屋の中から取り出しに掛かる。

 伊鈴の素早い対応に、はずみは『あ……まあ、野点(のだて)を行う以上、それに必要な道具はあるに越したことはないか。』と述べつつ、背中の茶道具一式が入った葛籠を下ろすと、伊鈴の手伝いをすべく小屋へと向かう。


 この動きに乱れを感じなかった事から、美鶴は心の中で『寮監様は私が佐世保に来る前からこちらに度々来ていたみたいですね。手際が良いように思いますし。』と思っていたという。






 伊鈴とはずみが野点の準備を済ませ、スイカ割りの準備も整った時、また別の客人が水梨邸に現れる。

 その人物とは……



『ピーピー鳴く美紗音を宥めるのに手間取ったが、やっと来れたぜ〜。お~い、姐さ〜ん。今川美羽音が遊びに来ましたよ〜!』



 こう誰にでも聞こえる程の声を出しながら、水梨邸上空に現れた美羽音を仰ぎ見て、はずみが『んん? アレは確か今川の……随分と懐かしい輩が来たようだな。』と一言語る。

 すると隣で野点の準備を手伝っていた美鶴が『寮監様は美紗音さんの姉様の事を存じ上げているのですか?』と尋ねると、はずみが答えるより早く、美羽音が『うげっ!? な、永松先輩じゃねーか! なんで先輩がここに来てるんだ!?』と、少し狼狽気味に叫んだのは言うまでもなかった。

 しかし直後、いづるから『空の上で叫んだり驚いたりしてる暇あるならさっさと降りてこいミハ坊!』という一声が放たれた事から、美羽音は慌てて水梨邸の庭先に降下した。


 美羽音がいづるから口頭注意を受ける間、はずみは美鶴に簡単な説明をしていた。

 曰く『私がまだ山の上の学校の生徒兼茶道部主宰……ああ、こういう場合は部長か。それをやっていた頃の中等部に居たのがあの今川美羽音という輩よ。寮生も知っているとは思うが、生徒会の馬場野舞歩らとは同期でな、もし高等部に来ていたら面倒な事になっておったであろう。』と。

 そう語るはずみの表情から、美鶴は色々と察する事となる。その上で『どうやら美紗音さんの姉様は、何やら問題児というモノだったみたいですね。家出をしていたという事から考えると、そう見て良さそうです。』と思い、当時のはずみの世代の生徒の気苦労に思いを馳せるのであった。






 そんな感じで野点とスイカ割りの準備が整った時、ラジオから流れる甲子園大会の試合も一つ終わり、また次の試合を実況しだしていた。

 これらの光景を目の当たりにして、邸の主である伊鈴は『スイカ割りを見ながら簡単な茶会で、高校野球の試合の音がラジオから聞こえる……ふふっ、実に混沌としているねぇ。』と、心の中で語りつつ、行方を見守る。


 既にいづるや美羽音が見守る形で、小蓮が目隠しをしてスイカを割る棒を軸点としてくるくると回り始めていた。

 一方、美鶴ははずみと茶を点て始める。茶人としても一流だった松永弾正が前世でもあるはずみから直接手ほどきを受けたその腕前は、はずみを信奉する"織部先輩"こと"織部しげみ"をして『飲み込みが早い。このまま素直に伸びれば、数年も経たずにヤマト国でも十指の茶道家になれる素養があるぞ!』と言わしめさせるものであったという。


 野点を行っている二人を横目に、スイカ割りは『ああ、そっちじゃねぇ〜! 右だ駄狐っ!』だの『そこは左ですよ! 姐さんの言葉に惑わされてはダメだ小蓮さんっ!』だの『なっ!? ミハ坊とアタシと、どっちが付き合い長いか考えろ駄狐!』『そんな事今は関係無いでしょ姐さん!』などと言う声が聞こえていた。

 その煩い声の数々に、茶を点てている美鶴は表面的には表情を変えていなかったが、はずみの方は『やれやれ、落ち着きの無い奴らじゃな。明鏡止水とまでは言わんが、儂が信貴山で爆死を選んだ時くらいには心澄ましてもらいたいものじゃ。』と、どちらかと言うと久秀として心の中で毒づいていた。


 そののち、グシャっとした音が聞こえ、小蓮が『やったぁ〜、やりましたよお嬢様〜。』と叫びつつ美鶴の方を見る。

 しかし、茶を点て終え、ススっと軽く茶器を両手で持ち構えて一口渋茶を口に含んでいた美鶴は、その小蓮のアピールには気づいていなかったという。

 気づいてもらえなかった事に気づき、頭の中で『ガ~ン』という音と共にショックを受ける小蓮に、いづるから『駄狐、機会を外したな。』と一言。更に美羽音から『今のあんたの面、妹が見たら"私の推しがこんな表情をする訳が無い"と、現実逃避に走ってたと思うぜ?』という言葉が投げかけられ、小蓮は『えっ? えっ!?』という困惑気味な反応を示す。


 そんな様子を見ながら、はずみは『やれやれ、分かり易すぎる狐娘であるな。あれで寮生の従者とは、まだまだ未熟よな。』と述べつつ、美鶴から回されてきた茶器を手にしていた。

 その言葉に、更に次の番を待っていた伊鈴が『人生経験の差があるからそう言えるのさ。なんならお主を信奉する織部とか言う娘がお主から無視されたら、小蓮と似た反応をしたやも知れぬぞぇ?』と語ると、はずみは『やめい! アレは執着が強い。信奉してもらうのは構わぬが、儂は東大寺の大仏ではないぞ!』と、明らかに久秀として反応、反論するのであった。






 そんな水梨邸の様子を遥か上空から眺めている者達が居た。

 一人は普段"サーナ"と呼ばれることもある"勾玉"とも"御玉"とも尊称される存在。

 一人は宮城いせなの部屋の隠れた同居人こと"御鏡様"と呼ばれる存在。


 そして、そんな両方の前にもう一人。空間が僅かに裂けると、その裂け目から飛び出した存在があった……




「やれやれ、やっとコッチに来たか。我らを待たせ過ぎであるぞ"御劔"よ。」


「そうじゃぞぇ。妾たちがここに来ている事は解っていたハズじゃからのぅ〜。」


「……双方とも好き勝手言い腐る。"予"があちらこちらの世界の"悪邪"を滅して廻っておる間に合流しおってからに。」




 サーナから"御劔"と呼ばれた存在……それは見た目こそサーナや御鏡らと似て、黄金色の頭髪、碧色の瞳、古代の巫女を彷彿とさせる衣装を纏っていた。

 その首からは"直刀"をモチーフとした朱色の首飾りを下げており、これはサーナの黄色の勾玉、御鏡様の青色の鏡とは対となる代物であった。

 そして、この三者が一堂に会したという事は、"騒がしき三柱"……いづるの言葉で語るなら"ポンコツ神一号二号三号"が同じ場所に集ったという事を意味していた。


 そんな三柱の内、来たばかりの御劔は、眼下にある水梨邸に視線を向けた。

 そこにはいづる達がいる訳だが、その中に土屋紬花の姿を認める。すると『おい汝ら、なぜ土の鬼の王がここに来ているのだ? この土地は水の鬼の王が護る神域であろう? 土の王が護りし土地は、東方の諏訪のハズ。それがここに居るとは……』と、明らかに不満げな口調で意見を述べる。


 もっとも、この三柱は深層意識で通じている事から、御劔も不満げではあれども、決して事情を知らない訳ではなかった。

 程なく、ポンコツ神三号こと御劔様は水梨邸の庭先へと向かって降下を始めるのであった……





 ー つづく ー

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ