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―― まほろばの鬼媛 ――  作者: いわい とろ
夏の章・8月編 "続・騒がしい夏"
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夏の章(8月編)その7




 姉の春芽からアグニスを預けられた馬場野舞歩。

 彼女はアグニスが宮城いせなに会いたがっているという話を聞き、彼女を伴い山の上の学校の高等部学舎近くの学生寮·東棟へとやって来ていた。


 この時期、学生寮は西も東も、帰省して留まっている生徒は数える程しかいない。

 そのため、寮内の学食も休業という事から、生徒個人の判断で食事を作るなり、外で購入するなりして過ごしていた。


 さて、学生寮に着くなり、野舞歩は残っている生徒の様子を確認するため、アグニスと別行動を取ることになる。

 当然の話だが、いせなが居る部屋番号を教えてだが。






 一方、自室で宮城いせなは、同居人?の御鏡様と、他愛もない会話を交えていた。

 その最中、何かを察した御鏡様。何やら懐から一枚の札を取り出し、それに神力を込める。

 その行動を見て『御鏡様? 一体何をなされようとしているのですか?』と、不思議そうな表情で尋ねた。


 その問いに、御鏡様は『ふふっ、それはあと一分以内に解るぞよ。』とだけ答えるのみ。

 不思議がるいせなであったが、程なく廊下に出るための出入り口の扉を叩く音が響く。

 来客か?と思ういせなだったが、そもそも自分に用事がある寮生はいないハズ。せいぜい、高等部の"織部先輩"が西棟の寮監である"永松はずみ"の茶会に付き合ってくれと頼みに来るくらいであった。

 その織部先輩はこの時間は所用で外出していると聞いていたため、自分に用事がある人物はいないハズと思いつつ、出入り口の扉の前に移動し、扉のロックを外した……次の瞬間、扉が開かれたと同時に金髪碧眼のボブヘアーの少女が飛び込んできたのである!

 無論の事だが、その少女には見覚えがあるいせなは……



『ちょ!? あ、アグニス!? ど、どうしてここに!?』



 困惑気味にその様に告げるのだが、そんな事にはお構いなく、いせなに抱きつく金髪少女。

 早口気味に『イセナァ〜、やっと会えました〜。アルトホルンのオッチャンの知り合いの所に預けられて、暫く動けなかったから、早くイセナに会いたかったんだよ〜!』と述べる。

 嬉しそうにするアグニスに対して、多少どころか慌てた様な表情を浮かべるいせな。なぜなら、アグニスの視界からなら部屋の奥に居る御鏡様が見えているハズだったからである。

 ところが、アグニスの様子が変な事に気付いたいせなは、心の中で青龍に訊ねたところ……



『御鏡様か? お姿を消す呪符を使われて、そこの金髪娘の目には見えていないハズだ。ああ、お前には見えているとは思うが、それだけに変な挙動はするなよ? 勘付かれないとも限らんのだからな。』



 ……と、この様な回答が返ってきたのである。それを示す様に、いせなの目には口元を扇子で隠しつつ、妙にニヤけていることが解る御鏡様の姿があったのである。



『……さっき取り出した札って、姿隠しの札だったの!? ひ、ひどい。御鏡様はアグニスが来ることを察して札を出したんだぁ〜!』



 心の中で恨み言を述べるいせなだったが、そんな事を考える余裕は無かった。

 まずは来客でもあるアグニスを落ち着かせる必要があったのだ。



『アグニス、まずは落ち着いて。いつまでも抱き着かれ続けると動けないし、まず苦しいのだけど……』



 そのいせなの言葉に我を取り戻したアグニス。慌てて一歩離れると『ああっ、Es tut mir leid.(ごめんなさい) 嬉しかったものだからつい力いっぱい抱きついちゃった。』と語りつつ、所謂"てへペロ"ポーズを取っていた。

 その姿を見て、いせなは『アグニス……一体どこでそんな姿勢を知ったんだろ? 叔母様が教える訳もないし、ノイエ·プロイセンにこんな風習があるとも思えないし……』と、呆れ気味に思ったのは言うまでもない。


 ちなみに、彼女にてへペロポーズを教えたのは、案の定クーリアだったという。なんでもアメリカの亡命ヤマト人街で流行っているポーズだと説明を受けたのだという。

 アグニスもアメリカに居た時期があるが、東海岸側だった上、アイゼンシュタイン商会の敷地内や、アメリカ軍の施設内が主だった事もあり、そういうモノの存在を知らなかったのである。


 後日、この話を知ったいせながクーリアを問い詰め、追い掛け回したのは言うまでもないが、ここでは語られない話である。






 数分後、とりあえず落ち着かせたアグニスを室内へ案内するいせな。

 アグニスはその部屋の様子を見て『うわぁ〜、御母様から聞いていたけど、ヤマトの住宅の部屋って"sehr schmal(とても狭い)"ね〜。』と、一言感想を漏らす。

 ドイッチュラント諸語混じりのヤマト語での感想だったため、いせなはぽか~んとした表情を浮かべていたが、そんな彼女の表情に気付いたアグニス、すぐに『あ、え~と、とてもかわいい部屋だよね~。』と言い直している。

 無論、いせなはアグニスの言い回しなどから、言い訳込みの一言である事に気付くが、ドイッチュラント諸語を知らないので、言い直しの言葉をこの時は信じることとなる。

 もっとも、部屋の片隅で相変わらず扇子で口元を隠していた御鏡様が笑うのを圧し殺しているのがいせなには見えた事から、あとで聞き直そうと強く思ったのは言うまでもなく、また青龍も理解はしていたが黙っておく事にしたようである。


 決して広いとは言えないまでも、東棟が一人一人に個室が与えられているという点で言うなら、一人用としては充分な広さの部屋の奥へ、窓際まで歩き進んだ時、アグニスは"()なる雰囲気"を感じ取る。

 そして、振り返ると『イセナ〜、私、さっきから妙な感じがする〜。よく解らないけど、私達以外に何か居る……そんな気がする。』と一言告げたのである。

 その一言にいせなは一瞬驚くも、すぐに平静に戻ると『な、何か居る!? そ、それは一体どういう意味なのかな〜。』と、どことなくとぼけ気味に答えている。


 一方、姿を隠しているはずの御鏡様は『な、何と!? ま、まさかこの異人の娘、妾の気配を察したとでもいうのか!? 姿を消した際に気配察知もできぬ様にしたハズであるが……』と考えたのち……



『おい、青龍! 汝の気配が漏れ出ておるのではないか!? 妾の備えに不備は存在せぬ。ならば、そなたの気配が漏れていると考えるのが自然というものじゃぁ〜。』



 ……と、今はいせなの首から下がっている刀型のペンダントに擬している青龍に文句を垂れたのである。

 もっとも、青龍の方も『何をおっしゃる! 四神の一柱たる我がそんなヘマをするわけないでしょう? むしろ貴方様こそ"別天津神(ことあまつがみ)"の一柱として、尊大にしている為に隙が生じているのではありませぬか!?』と反論している。


 この、神々の口論が脳内で響いていたいせなの表情はどんよりとしだしていた。それはアグニスの目から見ても明らかな程であり、思わず『あ、あれ? ど、どうしたイセナ? 何だか不機嫌な表情になっているみたいだけど……。もしかして、私が押し掛けてきた事がそんなに迷惑だった?』と、言い出してしまう程であった。

 その問いにいせなは否定の意を示しつつ、自身の心の中で聞こえてくる口論に対し『御鏡様も青龍も黙ってて下さい! アグニスから不審がられている時に口論など論外中の論外ですっ!!』と、心の中で叫んでいた。

 本当なら実際に声に出して叫びたいところだが、アグニスが居る手前、そういう行動を起こすわけにもいかず、いせななりの意思表示をした訳である。


 いせなから注意を受けた双方、共に暫く沈黙したのち、青龍の方から『居候の身で口が過ぎたようだ、許せ。』と一言述べている。

 その上で青龍は続けて『謝りついでに一つ、あのアグニスという娘はどのような気配なり何なり感じたのか? さりげなくて良い、質問して貰えると助かる。』と語り、いせなの返答を待った。

 この青龍の問いには御鏡様も何やら同心していたようで、この間何も語らなかった。


 この流れを受けて、いせなはアグニスに問い掛けることとなる……




「あ、アグニス? ちょっと質問いいかな?」


「ん? イセナからの質問! 私で良ければ答えられる事なら答えるよ。」


「そう……んじゃ、早速だけど、さっき言っていた"妙な感じ"ってどんなものなの? こっちとしてはサッパリだから、教えてもらえると助かるよ。」


「ああ、そういう事か〜。えっ~とねぇ、何処か"包みこまれている感じ"なのかな? 少なくとも悪意じゃないような、そんな感じ。」




 アグニスからの回答に、青龍は『これで確定しましたね。それほどの存在感を保有する存在はこの場では"一柱"しかおりませぬ。』と語る。

 無論、その存在と暗に指される形となった御鏡様は口元を隠していた扇子をたたんで『この娘、何気に妾の気配を感じ取っているということなのかぇ? 完全に隠したハズにも関わらず感じ取るとは……此奴、もしやいせなの同類やも知れぬ。』と語りながら僅かに驚きの表情を見せていた。


 自身の心の中で聞こえてきたそれらの発言に、いせなは『私と同じ!? って事は、アグニスも何か特殊な力の持ち主って事? いやいや、今でもアグニスは"超常者"だから、それなりに力は使えるよ? それとも、超常者とは別の何かを持っているって事なのかな?』と思うのであった。

 その直後、アグニスから『イセナ〜、ちゃんと私の話を聞いてる? 何か所謂"ウワノソラ"になってるよ?』というツッコミが入ってきた事から、一端この話は後回しとして、いせなはアグニスへの対応を優先する。


 いせながアグニスの相手をしている間、御鏡様と青龍はいせなに聞こえない様にしながら念話を行う。

 御鏡様は自身の存在を感じ取られている事を受けて、何かを考えていた。その様子に気付いた青龍が『何をお考えですか? 貴方様が沈思黙考するとなるといささか怖い物を感じない訳にもいかぬのですが……』と、少し恐る恐る訊ねている。

 すると『うむ……青龍よ、もしやとは思うが、アグニスとかいう娘、武成坊やいせなにとってのソナタと同じで"四神の使徒"の資格があるのやも知れん。』と告げたのである。

 それには青龍も驚いたらしく『何と!? ……もしそうであるなら、我以外の者。即ち"北の玄武"、"南の朱雀"、"西の白虎"のいずれかと相生の関係になる可能性を持つという事になりますな。』と答えるのだった。






 暫く会話を続けていた時、いせなの部屋の扉を叩く音が響く。

 そしてその直後、聞き覚えのある声が聞こえてきた。それはアグニスを連れてきた馬場野舞歩の声であった。



『お~い、客人。そろそろ帰る時間だぞ〜。あまり遅くまでいると姉貴のヤツ……あ、客人の宿泊先の怖いおねーさんが手ぐすね引いて待ち構えているのが目に見えるんだが。ついでにアタシも何言われるか解ったものじゃないんだが。』



 最後は個人的な話を出しつつ、野舞歩はアグニスに宿泊先に帰る事を勧めにやって来たのである。

 その声を聞いて『Verdammt, diese Haushälterin liegt auf der Lauer...(うわ、あの家政婦が待ち構えている……)イセナ〜、何とかしてぇ〜。』と、先ほどまでとは一転して酷く弱気になるアグニスであった。


 流石にいせなでも野舞歩の口から出た姉貴……つまり以前の"コモド妖"との戦いの際にクーリアと共に現れた家政婦さんをどうにかできるとは思えなかった。

 無論、この時点でいせなは家政婦さんこと教来石春芽の事を詳しく知っている訳ではない。しかし、上級統合生徒会の一員でもある野舞歩が少し嫌がるような口振りで個人的な話を出してきた事から、少なくとも野舞歩よりは数段格上という結論に達してしまう。

 この後、いせなはアグニスに早めの帰宅を勧め、ピーピー鳴く雛鳥のような状態のアグニスを野舞歩に引き渡す。

 結果、アグニスは野舞歩に担ぎ上げられる形で寮内の通路を玄関の側へと連れ出されていく……



『イセナ〜、今度は一人で遊びに来るからね〜!!』



 これがいせながこの日、聞いたアグニスの最後の声となった。

 無論、それは明日以降もアグニスが遊びに来るであろう事を意味しており、今後どのようにするかを考えさせられる宮城いせなであった……






 ― Fortsetzung folgt("つづく"の意) ―

 


なお、"Fortsetzung folgt"を直訳すると"続きは次号でお伝えします"となります。

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