脳筋ジジイのポジティブポージング。
二話目
五月の始まり
俺の名前は有賀幸作。
日本人なら大半の人が知る『戦艦大和』最後の艦長•有賀幸作海軍中将と同じ漢字だ。
この名前が俺に不幸を呼び寄せ、山本学園に入学してからの一ヶ月間、下校時間にかぎり、とある女に付きまとわれていた。
とある女とは、山本学園理事長の孫娘であり本校の生徒会長山本五十三だ。
黙っていれば宝塚風美人お嬢様だが、綺麗なバラには棘があるという言葉どおり、この女にはとんでもない棘がある。
その一つが戦時中マニア、それも戦艦が大好物(航空母艦や駆逐艦も含む)。
そんな山本五十三と有賀幸作である俺が出会い、一ヶ月間拒み続けた金魚掬いをやっただけで関係が終わるなら、物語は全てハッピーエンドになりバットエンドなど生まれない。
「騙された……」
ため息まじりに呟く。
言葉に出したとおり俺は山本五十三に騙され、今現在、講堂のステージ上で同級生や上級生を見下ろしている。
講堂といってもバスケットゴールがある体育館兼講堂だ。
俺の隣でお嬢様オーラを放つ女が山本五十三。スカートとスラックスの違いはあるが、着る人間が違えばブレザー制服はここまで変わるのか、と思わせる。一部では、山本五十三のために作られた服を一般生徒は制服として着られる。という皮肉と賞賛が混ざる噂もある。
そして教壇前で全校生徒に挨拶している紋付袴を着た身長ニメートルを越す豪傑ジジイが五十三の祖父山本五十六……そう、死んだはずの山本五十六理事長は生きていたのだ。
正確には、俺と五十三が重い足取りで病院に行くと、霊安室で死んだフリをしていた。
俺は騙されたのだ。
祖父と孫娘で学園問わず日本国中を巻き込む一芝居をうち、有賀幸作である俺に金魚掬いをやらせて『轟沈させる』という、手段を選ばない特攻作戦を決行したのだ。朝刊には山本五十六死の淵から帰還と一面を飾っていた。
金魚掬いから生きてましたドッキリなら金持ちの悪戯として笑ってやるが、山本一族の悪癖から生まれる轟沈は笑えるレベルではない。
俺は三○○円を払って金魚掬いをやったことで、自分の意思とは無関係に————
『続きまして、山本五十三生徒会長の婚約者•有賀幸作海軍中将の挨拶になります』
スピーカーから響く轟沈の旋律。
まずは有賀幸作です、というお馴染みのツッコミを入れたい。次に、俺の意思とは無関係な婚約者というのを、本気でどうにかしてほしい。
全校生徒からは期待がこもる視線を向けられ、豪傑ジジイからも光線が出そうな暑苦しい視線。問題は隣にいる詐欺師女、照れながらチラチラと見るな、と言ってやりたい。
俺は平々凡々なサラリーマンになり、平和な暮らしをするという人生設計がある。
しかし、三○○円を払い金魚掬いをやっただけで山本五十三の婚約者にされ、山本財閥の跡取りルートを歩くことになった。
宝クジの一億や七億というレベルではない。日本国さえも動かせる総帥の椅子が三○○円で当選したのだ。
「……はぁ……」
ため息を吐きながら重い腰を上げる。
背中に熱い視線を感じながら歩を進め、教壇を前にしてマイクを口の高さに合わせる。
目の前では同級生が冷やかすように口笛を吹き、上級生からはあたたかい拍手。
俺は何をやらされてるんだ、と思いながらこの場を借りて訂正する。
「ご紹介にあずかりました有賀幸作です。有賀幸作ではありません。もちろん海軍中将でもありません。そして婚約者というのも、先日、三○○円で金魚掬いをやったら金魚は掬うことができず、どういうわけか生徒会長という婚約者を掬ったことにされてます」
『よっシンデレラボーイ』と訂正を茶化すような死語が同級生の中から出ると、冷やかしの口笛がいたる所から鳴り出す。
「(笑えねぇ冗談だな)……分相応という言葉があり……」
「婿殿⁉︎」
野太く暑苦しい声が背後から届く。
振り返ると、山本五十六理事長が上半身をはだけてボディビルのポージング……片方の手首を脇腹の位置で掴み、胸筋と上腕二頭筋を強調させたサイドチェストをきめていた。
「五十三はまだまだ……未熟じゃ!」
脇を広げ、両手を腰の高さに置き、全身の筋肉を見せつけたラットスプレッドをきめると。
「分相応と思う気持ちもわかるが……これからじゃ!」
両腕を上げ、両脇を広げたまま肘と手首を曲げたボディビルダーお馴染みのゴリラポーズ、ダブルバイセプス。
「必ず有賀幸作海軍中将に相応しい女に……なる!」
ヘソの位置で片方の手首を掴み、少し前屈みになりながら首•胸•腕の筋肉を膨張させたモストマスキュラーから。
「暫しの時間を与えてやってくれい!」
後ろに腕を回し、片方の手首を掴みながら全身のマッチョラインを見せたサイドトライセプスが見事にきまった。
幸作の分相応という発言に対して、ボディビルダー顔負けに暑苦しいポージングを繰り広げながら、勘違いした返答をする。
「会長じゃなくて俺が分相応ではないという意味です」
暑苦しいポージングを無視、あっさりと勘違いを訂正する。
「ワシが甘やかして育てたことが分相応を生んでいるとは⁉︎ 婿殿! 同棲はまだ早い!」
両手を頭にのせ、脇を広げたアブドミナル&サイで驚愕をアピール。勘違いからの脱線が始まる。
この暑苦しいポージングからの脱線は山本学園名物、山本五十六のポジティブポージング。
【ポジティブポージングとは】
一方通行な自己解釈と暑苦しいポージングで万物の理を解決するという、他人の迷惑を考えないめんどくさい技だ。
俺はこのジジイの恐ろしさを身を以て知っている。
先日も死んだフリからポジティブポージングが発動、混乱した俺は済し崩しのように婚約者にされ、跡取りにされた。朝刊では山本財閥次期総帥とデカデカと記載され、モザイク処理がされてない俺が見開きを飾った。
「どう解釈したら同棲になるんだ……」
ため息まじりに呟く。
「わ、わ、わ、わたしは……かまわな! ……かまわない!」
山本一族のポジティブを色濃く継ぐ山本五十三、舌を噛みながら参戦。口の中をモゴモゴとする。
脱線したまま突き進むのが山本一族だが、この女が口を挟むと脱線どころではなくなる。
「お前は入ってくるな。話がこじれる」
俺は間髪入れず五十三に着席を促す。
「婿殿、ワシは赤飯を作れん。同棲はワシが赤飯を作れるようになるまで待つんじゃ」
口調が震え、ポジティブポージングができないほどに動揺している。
その表情は、孫娘の初夜を心配する祖父。まだ手元に置いておきたいというのが本音であり、赤飯を作れないというのは言い訳にしか聞こえない。
「おい、脳筋ジジイ、脱線しすぎだ」
尊敬や尊重もない暴言を吐く。
温厚を自負する俺にも限界があるのだ。
先日から実家にはマスコミが張り付き。
父親は平社員から取締役社長に昇進。
母親は事務員から支店長に昇進。
妹は中学受験で落とされた私立中学校からの熱い転校願い。
我が家の平々凡々な私生活をぶち壊されたのか良くされたのかよくわからない現象が起こっているのだ。
その怒りの吐き口を探していたところに緊急の全校集会。
嫌な予感がするなか講堂にきたら、ステージの壁には気合いの入った文字で【山本財閥次期総帥有賀幸作海軍中将婚約披露集会】と書かれた垂れ幕。
俺はドヤ顔でいる山本五十六と頬を紅色に染める山本五十三に暴言の限りを吐いた。
だが、万人の迷惑を考えない山本一族のポジティブは暴言など吐いたところで皆無。結果は言うまでもなく、ステージ上にいる時点で俺の負けだ。
「お祖父様、調理場に参りましょう」
頬を紅色に染める。
「脱線した話を進めるな」
この女はどこまでが本気なんだと心底思う。
「婿殿、初夜は逃げん。逸る気持ちはあると思うが……」
まだ孫娘を手元に置いておきたい。
「お祖父様、女の身体は日に日に枯れていきます。逸る気持ちを受け入れるのも妻の勤めです」
頬を紅色に染めながら視線に決意を込める。
祖父と孫娘は脱線する会話を続ける。
俺は迷走していく会話について行けず、二人を無視して全校生徒の方へ向き直る。
山本一族に遠慮のない暴言を吐く俺に向けられた視線は、どこか尊敬が混ざっている。羨望の眼差しと言いかえた方が正しいかもしれない。
俺が金魚掬いをやったことで、家族の人生に劇的な変化を生み。自分の人生設計を壊されるという、バットエンドのフラグを立ててしまった。