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姫君の明暗



 これが罪だと誰が決めたの? 誰も言ってないわ。あなたが勝手にそう思いこんでるだけでしょう?


 手をとることも抱き合うことも、愛しているならおかしなことではないはずよ。



 だけど、もし。そう、もしこの気持ちが罪だというのなら。私は罪人と言われてもいいわ。罰を受けてもいいわ。


 祝福はされないかもしれない。けれど思いは止められないのよ。




 だって、こんなにも恋い焦がれているのだから。




  †姫君の明暗†




「何を考えているのですか貴女は!」


 彼の空気を切り裂く怒声に、チェリーはソファにもたれかかったまま、耳を塞いで眉をひそめた。

 絶対になにか言われると分かっていたとはいえ、実際こんなにも叫ばれると不愉快と感じる気持ちが顔にありありと出てしまう。

 そしてそれを見たブリーズは更に顔を赤くし怒りを露わにするのだが、理性が働いたのか、拳を握り締め抑えた。

 その様子を見てチェリーがほっとすると、彼はわざとらしい咳払いをひとつする。


「……姫君、今からでも遅くはありません。あの話は断りましょう」


 先ほどとは打って変わって落ち着きのある声色でブリーズが言う。しかしチェリーは冗談じゃないと思った。

 ――やっと、見ず知らずの奴との政略結婚の道を逃れられるんだもの。ここでリーフの提案を蹴ったらいつまでも進めないわ。

 そう、行動を起こさなければいつまでたっても現状は変わらない。これは彼女にとって最大のチャンスなのだ。


「それに、ブリーズは一向に振り向いてくれないし」

「っ、それは……」

「私が姫だから? それともブリーズが私の護衛だから? そんなの理由にならないわ。確かに、反対する人はたくさんいると思う。でもまだ分からないじゃない。何も言ってもないんだもの。もしかしたらお父様だって――」

「貴女は分かってない!」


 突然叫ばれた彼の荒い声に、チェリーは肩を揺らした。


「もしかしたら? 本気でそんなことを思っているのか? 俺は貴女の護衛だ。そう、レイク家は代々王家に仕えてきた。相互の信頼は何よりも厚い。それを今俺が姫に手を出したとすれば、その信頼を壊すことになる。それがどんな裏切りか貴女は分かるか!?」

「分からない、わよ……」

「……なに?」

「それって結局ブリーズが怖がってるだけじゃない! 騎士の信念が許さない? それとも自分の立場の保障? そんなの、そんなの理由にならないわよ!」


 悲痛な叫びが空気を切り裂くと、深く重い沈黙が落ちる。互いに何も言わず、ただうつむくばかりだ。

 チェリーは悔しくて悔しくて、ひたすら手を握る。爪が手のひらの肉に食い込むのも気にならなかった。


 ――だって私は、ブリーズと一緒にいれるなら姫なんかやめたって構わない。


 他人が聞けばそれは世間を知らない彼女のわがままである。だけどチェリーは、本気でそう思っているのだ。

 一瞬にも永遠にも感じた気まずい空気。それをやぶったのは、立ちすくんだままのブリーズだった。


「……リーフ様の婚約者のふりは反対します。しかし、ふりでないなら止めません」


 低く落ち着きのある声で、温度を感じられない冷たい瞳で、あまりに残酷な言葉を。

 チェリーは彼の口にしたそれに目を見張る。今、自分の聞いた言葉が信じられない。これは本当に彼? そんな錯覚にも陥るほど、彼女は驚いたのだ。


「…私に、リーフと結婚しろって言うの…?」

「………」


 沈黙は、肯定。

 チェリーは自分の顔がみるみるうちに熱くなるのが分かった。怒りか、混乱か。しかしそれと同時に手足の指先はスッと冷えていく。恐ろしいほど、冷たく。身体が熱と冷えで混ざり合う感覚に、目眩がした。

 そして気がつけば、彼女は部屋から飛び出していた。



 足音が遠ざかるのを聞き、部屋に一人残されたブリーズはため息を吐き出す。

 なぜ、あんな売り言葉に買い言葉のようなことを言ってしまったのだろうか。

 ……否、あの言葉は本心である。彼女が幸せになる為にも、自分が妨げになるわけにはいかないのだ。そう、彼は間違っていない。本当のことを言ったまでだ。


「なのに、何故こんなにも辛い……?」


 愛しく思えば思うほど、貴女を傷付ける。




  ◇


 分かってる。分かってる。身分違いの恋ってことも。貴方が私の気持ちに困っているのも。

 だけど、諦めろというなら、私のこの膨らみすぎた想いの矛先はどこに向ければいいの?

 想うことさえ許されないというなら、きっと私は、壊れてしまう。


「チェリー!?」


 無我夢中で走っていた途中で、聞き慣れた声が耳に届いた。彼女はそれに、やっと足を止める。


「お前、そんな格好で町に出るなよ!」


 リーフだ。城で別れてから一時間もたってないというのに、彼はいつもの些か小汚い服に身を纏い、民に混ざっていた。

 しかしチェリーは、そのことに驚く余裕はなかった。リーフを見た途端、嘘みたいな量の涙が溢れてきたのだから。ずっと走っていたせいで息切れもしているというのに、泣いてしまったら呼吸も満足に出来ない。死んでしまいそうだ、チェリーは本気で思う。

 それを見たリーフはギョッとしあわてふためく。しばらく手を空中でさまよわせた後、決心がついたのか彼女の腕をひき、家と家の間にある細い路地裏に導いた。



「大丈夫かよチェリー。ほら、そんなに泣くと化粧落ちるぞ」


 そう言って、リーフはチェリーにハンカチを手渡した。青地に金の刺繍が入った、彼の今の(なり)には似合わない上質なものである。


「鼻はかむなよ」


 チェリーは思いきりかんでやった。


「ちょっ、言ってるそばからぁぁぁ!」

「うう…揺らさないでよ…、また泣きそうになるじゃない」

「泣きそうっていうか、現に泣いてただろ」


 それは彼女も十分理解していたので、言い返さなかった。チェリーはすん、と鼻を鳴らしてリーフにハンカチを返す。少年は少し嫌そうな顔をしたが、何も言わずそれを懐にしまった。


「とりあえず、その格好はまずいよな……」


 ドレス姿のチェリーを見て呟く。その言葉に、余裕なかったから、と彼女は返した。

 ただひたすら逃げ出したくて飛び出してしまったが、確かにこの行動はあまりに軽率だったかもしれない。チェリーはそう思い、いかに自分が混乱してたのか痛いほど分かった。

 ――貴族だって思われていればいいけど……。

 もし姫ということがバレたら大変だ。一国の姫が町でぶらぶら遊んでいるなんてことが国民に知られては、きっと城の内情をけなされる。

 ……いや、本当は知っている。そんなことするような人達ではないと。知っているのだ。だから、彼女はこの町が、国が愛しいと思う。

 ――まぁ、それでも不謹慎なのには変わりないけど。


「とにかく、着替えた方がいいよな。話はその後だ」

「着替え……って」


 いったいどこで? そう尋ねると、リーフは悪戯っぽく笑い


「着いてからのお楽しみ」


 そう言って、チェリーの腕をひいた。





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