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第1話  9月5日(月) 08:28

初めましての方、初めまして。

そうでない方は今晩は。

水姫七瀬という者です。以後よろしくお願いいたします。



 ガタガタと音を立てて、階段を上る。


「はぁはぁ……」


 肩に引っ掛けたイーゼルと、キャンバスを抱え、階段を一歩ずつ登る。

 しばらく運動をしていなかったせいで、全然身体が思うように動かない……。

 それでも、やらなければならないことがあるわけで、酷く重く感じる身体を引きずるように動かす。


 イーゼルとキャンバスが身体に重く圧し掛かる。


 今の私は差し詰めキリストの再来と言えるような、そんな状態に思える。

 キリストがゴルゴダの丘まで、十字架を背負って歩いたという逸話を思い出す。

 もっとも、フラスコ画を良く教会に見に行っていたせいで、そんな考えをしてしまうのかもしれない。



 変な考えを、頭を振って追い払う。


「ここは学校なの……。そんなんじゃない」


 それでも、自覚できるくらいに大きなモノを背負っているのは間違いない。

 ジワリ、と胸に広がる後ろめたさを撫で下ろしてなだめる。


「やっぱり……一度に持ち運ぶの……止めた方が良かったかなぁ……」


 イーゼルを肩に引っ掛け直して気合いを入れ、階段を上る。

 それでも、もう少しで到着するから引返すには惜しいな、と思う。

 一歩一歩が重くても、これが自分の道ならば、と覚悟を決める。


 でも、ここでどちらか片方を下ろして2回に分ければ、楽だったと後で思いつくのだ。

 後悔後先立たず、とでも言いますか。

 今の私には正常な判断があまりできないくらい余裕が無い。

 むしろ、期限は約1週間と定められている身の上で、私には後悔をしている暇など無いんだ。



 やがて、最後の一段を上り切り、ひと息吐く。

 これから1週間、毎日これを繰り返すのか、と陰鬱な気分になってしかたない。


「いけないいけない……」


 軽く首を振って否定する。

 これは私が選んだ道で、初日から愚痴なんて言ってられない。


「え~っと……どこに入れたのかしら?」


 制服のブレザーの両方のポケットをまさぐる。

 軽く『ソレ』を探したけれど、どこに入れたか忘れてしまった。

 仕方ない、と思ってイーゼルとキャンバスを置いてさらにまさぐる。

 胸ポケットに手を突っ込んだところで、スカートのポケットに突っ込んでた事を思い出す。

 最近、記憶力が悪くなっている。

 いえ、気がする程度のレベルだけれど、脳に血が巡っていないのか、若年性健忘症なんじゃないかって空恐ろしくなる。

 ああ、この歳でそんな健忘症なんて恥ずかしくて誰にも言えない……。



「あったあった」


 改めてスカートのポケットから『ソレ』を取り出す。

 『ソレ』とは、ラベルに『天使の階段』と書かれた部室棟屋上への鍵だ。今の私には実に洒落を効かせた名前で、一瞬笑いそうになる。


 鍵に『天使の階段』なんて名称を付けたのは4代前の美術部の部長らしい。実に美術部員らしい感性で名前を付けたんだなあ、って感心してしまう。

 そんな経緯を軽く思い出しながら、ドアノブの鍵穴に差し込んで捻る。


―― ガチャン……。


 重苦しい音と共に鍵が開く。


―― ギィィィィー……。


 手早く鍵を引き抜いてドアノブを開けて押し出すと、目の前から強い光と共に夏特有のカラッとした、朝に似合わない温かい空気が流れ込んでくる。


「あっつー……今日も良い天気……か」


 手をかざして日光を遮り、空を見上げた。

 晴れ間8割、雲2割。

 ギリギリ快晴と言えなくもない。

 遠くの空には飛行機が通った後だろうか、飛行機雲が2筋通ってる。

 あんまり気にもしていないけれど、山の向こうには自衛隊の基地があった気がする。多分そこから飛行機が飛んできたんだと思う。

 でも、そんな綺麗な天気も今の私にとってはあまり好ましくない。

 今の私に暑さは天敵だ。油断もできないこの状態に少しの不安が生まれる。


「水分しっかり取らないといけないなぁ……」


 バッグの中に、スポーツ飲料がどれくらい入ってたのか気になったけど、もうここまで来たら腹を括るしかない、と判断する。


 ドアの脇に立て掛けてたイーゼルとキャンバスを、抱え直して外に出る。

 徐々に暑くなる外に一歩、歩き出す。


「風があって良かった……」


 目指すは、部室棟屋上からの街が一望できる場所。そこからの風景を作品にするのが、今の私の使命だ。

 イーゼルを立てて、キャンバスを上に乗せた所で、イスも無ければ画材の入ったカバンも美術部の部室に置いて来ていたことを思い出す。


「しまった……。また、取りに行かなくちゃいけないのか……」


 憂鬱に浸りながらも校舎内に引き返す。

 屋上から美術部の部室は校舎の構造上、結構遠い。



 面倒臭さを感じながら、美術部の部室からカバンを持って再び屋上に戻ってきた。



 太陽は、9時を過ぎたばかりなのに……もう結構高いところまで来ている。

 残暑厳しく ―― という今朝の天気予報で見た文字を思い出してウンザリする。


「せめて曇ってればいいのに……」


 愚痴を言いながら、重い荷物を運ぶという重労働で痛んだ体を伸ばす。


「んぅ~~~~! っと」


 カバンと一緒に持って来たパイプイスに座って、道具を準備して行く。

 とりあえずは線画から開始することに決めて、鉛筆を握り締めた。

 俯瞰ふかんする街並みは朝とは言え、夏の強い日差しを受けて鮮やかだった。

 こんな爽やかな景色、普段だったら絶対居眠りしてそう。


「っと、いけないいけない」


 カバンから画材を取り出して、白いタオルを頭からひっかぶる。

 なにも頭に乗せてないよりはマシかな? と思いながら、イスに座って下絵に取り掛かった。

 風景画は写実性も重要だけど、一番はパースが狂わないことに細心の注意を払わないといけない。

 まあ、慣れた作業だから体調に難有りでも行けるでしょう。

 本当は描くことさえ許されなかった私が、こうして筆を握っている。それだけでも嬉しくて仕方ない。


 水を得た魚のように、とは良く言ったもので、私にとって水は絵を描くことがそれに相当する。

 文字通り今は絵を書くことだけに生きていられるのだから、これ以上嬉しいことはない。

 口元にできる笑みを感じながら、鉛筆をキャンバスに走らせはじめた。





                         ― 続く ―

本作品はザッピング形式の小説になります。

ザッピング先の小説はまだアップされてませんが、『天使の階段 -B side-』というタイトルになる予定です。

『B side』のアップは4月26日21:00の予定です。

天使の階段シリーズという括りになるので良ければそちらもお願いします(ぺっこり

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