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後編


 杏が大学の食堂で友達と談笑している時に携帯が着信を告げた。

「ちょっとごめん、外す」

 一言友達に断り急いで食堂の外に出て通話ボタンを押した。


「もしもし」

『もしもし、杏? 箕郁です』

 それは杏の好きな人からの電話だった。

 着信した時点で携帯の画面には電話してきた人の名前が表示されるため名乗る必要はないのだが、箕郁は毎回律儀に名乗ってくる。

 まあ、箕郁の着信メロディは他の人と変えてあるから名前を見ずともわかるのだが。

「みく兄、どうしたの? こんな時間に電話してくるなんて珍しいな」

 箕郁は社会人。お昼休憩の時間ではない今の時間帯に電話してくることは今までにはなかったことだ。

『今日はお昼休憩がずれたから、今昼食を食べたところ。杏は今大丈夫?』

「うん、平気だ」

 昼食後の授業は休講だったため、友人達と一緒に食堂で時間を潰していただけなのだ。

 タイミングよく休講にしてくれた先生に感謝しないと。

 いつも通りに授業があったらこの電話に出ることができなかった。

『よかった。早速本題なんだけど、一か月後は杏の誕生日だよね? もう予定入れた?』

 一か月後の6月23日は杏の二十回目の誕生日だ。

「いや、今年は平日だから家にも帰れないし、今のところは何も入れてないが」

 もしかして、という気持ちが浮かぶ。

 昨年は何人かの友人が誕生日会という名の女子会を開いてくれたのだが、今年はまだ一か月後の計画などたてていない。

『よかった。じゃあその日、よかったら一緒にご飯食べに行かないか。勿論、他の人と過ごしたいって言うなら断ってくれてもいいんだけど』

「行く!」

 思わず即答してしまった。

 今まで箕郁にご飯に連れて行ってもらったことは何度もあるのだが、誕生日に誘ってもらったのは初めてだ。

 反応の良さに電話の向こうの箕郁がくすっと笑う。

『よかった。何か食べたいものはない? せっかくの二十歳の誕生日だから、どこにでも連れてってあげるよ』

 箕郁は食事に連れて行ってくれる時はいつも杏の希望を聞いてくれる。杏はあまり格式ばったとろこや高そうなところは好きではないということも彼は知っているから、リラックスできそうな、気安い雰囲気のお店ばかりだ。

「そうだな……あっ、居酒屋行きたい!」

『居酒屋?』

 予想外の答えだったらしく箕郁も驚いている。

「二十歳になるからお酒を飲んでみたい。バイト先の先輩から聞いたんだが、居酒屋の料理も美味しいんだろう?」

 杏は一回も居酒屋に行ったことがなかった。大学の新歓やコンパ、バイトの打ち上げなどで誘われることは何度かあった。未成年の友達の中にも既にお酒を飲んでいる人がいるのも知っている。しかし杏は真面目な性格なので成人するまでお酒を飲むつもりはなかった。

『いいの? 居酒屋なんかで』

 箕郁が戸惑うのも無理はない。誕生日、しかも二十歳のお祝いをするのに居酒屋に行く者はそう多くはないだろう。だが。

「いい。みく兄の一番おすすめの居酒屋に連れて行ってくれ」

 杏にとっては箕郁と一緒にいられたらどこでもいい。というか、初めてお酒を飲むのは箕郁とがいいとずっと前から思っていた。これはいい機会だ。

『わかった。じゃあ待ち合わせとかはまたメールする』

「うん。楽しみにしてる」

 お互いに別れの挨拶をして通話を終えた。

 杏は胸に手を当てて高鳴りを静め、友達の所に戻った。


「あ、杏、おかえり」

 大学に入学して最初に友人になった三根夏香。

 彼女は杏の自分改革に協力してくれた友達の一人だ。

「あら、もしかしてさっきの電話はあこがれの君から?」

 夏香には自分改革に協力してもらうことになった時に箕郁のことを話している。話を聞いた夏香は目を輝かせて進んで協力を申し出てくれた。ただ、それから箕郁のことを「あこがれの君」と呼ぶので杏にとっては恥ずかしい。

「うん、そうだ。……わかるか?」

「わかるわかる。杏、ものすごくうれしそうな顔してるもの」

 自分ではわからないのだが、どうやら杏は箕郁のことを話すときには乙女オーラを放出しているらしい。



「私の二十歳の誕生日、箕郁が居酒屋に連れて行ってくれることになったんだ。そこで告白しようと思う」

 そう言った杏の顔は夏香には乙女、というより恋する女性の顔に見えた。

「ついに改革の成果を試されるのか……頑張ってね! というか、なんで居酒屋?」

 普通レストランとかちょっとオシャレなところに行くでしょう。

 夏香は呆れた顔をする。

「私が居酒屋がいいと言ったんだ。大人といえばお酒だろ? 昔から箕郁とお酒を飲みたいと思ってたんだ」

「でも告白するんでしょう?」

 さすがに居酒屋での告白はどうなのか。

「別に場所はどこでもいいだろう? 要は私の気持ちが箕郁に届けばいいのだから」

 そういうところが男らしいと思うのだが。しかもちょっと無神経の。

 だが、今回告白されるのは男のほうだし、普通はムードを気にする女のほうがこれなのだからいいのだろうか。


(気持ちが届けばいい……か)


 願わくば、本当に彼女の気持ちが箕郁に届きますように。

 夏香はいつも頼りになるくせにたまにかわいらしくなる友人を微笑ましく見つめてそう祈るのだった。





 杏は姿鏡の前で最終チェックをしていた。

 今日は箕郁との約束の日。つまり杏の誕生日だ。

待ち合わせは杏の家。箕郁が仕事終わりに迎えに来てくれることになっていた。


 髪型よし、服よし、化粧よし。

 杏の性格上、箕郁の元彼女たちのようなふわふわとした恰好はできないし、するつもりもない。

 箕郁には杏自身を見てほしいから、彼女たちのまねはしない。

 それで箕郁に好きになってもらえなくても。

 杏は杏だから、「岡本杏」を好きになってほしいから。


 杏らしさを失わず、かつ女の子らしさと杏の魅力を引き出す改革。

 

「……よし!」

 最後に気合を入れて鏡の前から離れた。

 丁度そのタイミングで玄関のチャイムが鳴る。




「杏」


 大好きな彼の声がする。


 目の前に大好きな彼の姿がある。


 いつも数歩先にいて、時々振り返り微笑みかけてくれる彼の姿。



 私はあなたに完全には追いつけていないけど。


 前よりは確実に近づけているはず。


 まだ私のことが子供に見えるなら、もっと頑張って大人になるから。


 頑張ってあなたにもっと近づくから。




 今日、あなたに告白します。





遅くなってしまい申し訳ありません。

告白シーン書いてません。単なる私の力不足からです。

いつまでも連載中のまま放置するのはしのびなかったので、とりあえず告白抜きで一旦完結とさせていただきます。

書け次第短編を投稿しようと思ってます。

その時はまた覗いてくださると大変喜びます。


ここまで読んでくださってありがとうございました。

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