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神剣のセレスティア  作者: 玉響すばる


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幕間 神々の本意

 セレスティアが神域第一層で神眼制御を始めた頃。


 世界の理の境界では、再び神々が集まっていた。


 そこは、地上ではない。


 天でもない。


 神域そのものでもない。


 神域のさらに外側。


 世界の内側と外側の狭間。


 神々が地上を見守るための境界である。


 白樹の精霊王は、そこから神域第一層を見ていた。


 白い大地に立つ剣神セレスティア。


 背には黒星。


 左腰には閃白。


 背に横付けされた解白。


 三振りの神剣を携え、セレスティアは神眼を開いては閉じている。


 見える。


 閉じる。


 見える。


 閉じる。


 救えるものを見ても、すぐに動かない。


 斬れるものを見ても、すぐに斬らない。


 この世界は、この世界の者に任せる。


 それを身に刻む修行だった。


 赤樹の精霊王が、腕を組んで言った。


「本人は、過干渉を防ぐために神域へ入ったと思っている」


 白樹の精霊王は頷いた。


「そうだ」


「それは嘘ではない」


「嘘ではない」


「だが、全てではない」


「全てではない」


 火炉の神が、炎を宿した槌を肩に担いで笑った。


「本当は、あの剣神の格を上げるためだな」


 白樹の精霊王は、静かに答えた。


「そうだ」


 神々は沈黙した。


 その沈黙は、重い。


 セレスティアは神格を得た。


 現世神となった。


 神剣黒星。


 神剣閃白。


 神剣解白。


 三振りの神剣を持つ。


 邪神本体へ届く可能性を持つ、神側の切り札。


 だが、それだけでは足りない。


 竜の神が低く唸った。


「今のままでは、邪神本体の神格圧に耐えられぬか」


「耐えられぬ」


 白樹の精霊王は、はっきり言った。


「神剣は届く」


 火炉の神が頷く。


「黒星、閃白、解白は、確かに届くだろう」


「だが、持ち主が呑まれれば終わる」


「そうだ」


 白樹の精霊王は、神域に立つセレスティアを見た。


「邪神は、世界の外の理に属する」


 海の神が、波の衣を揺らした。


「我らとは理が違う」


「そうだ」


 夜の神が静かに言った。


「邪神は、世界の内側の死を滅びへ変える」


 死者を見守る神が続ける。


「そして、死を眠らせない」


 灰樹の精霊王が杖を鳴らした。


「死者を役目に縛り、忘れられた犠牲を支配する」


 白樹の精霊王は頷いた。


「その邪神本体と向き合うには、刃が届くだけでは足りぬ」


 竜の神が言う。


「剣神そのものの格が足りねばならぬ」


「そうだ」


「古き神々と並んでも遜色ないほどに」


「そうだ」


「最終的には、邪神の格を上回るほどに」


「そうだ」


 その言葉に、小さな土地神たちがざわめいた。


 邪神の格を上回る。


 それは容易なことではない。


 邪神は世界の外から来た理。


 世界の内側にある神々でさえ、直接向き合えば危うい。


 ましてセレスティアは、神としては若い。


 影を失い、虹色の神眼を得て、神格を得たばかりの現世神である。


 金樹の精霊王が言った。


「剣神セレスティアは、地上に干渉できるという意味では特別だ」


「そうだ」


「だが、神としては若い」


「そうだ」


「若い神に、邪神を上回れと言うのか」


 白樹の精霊王は、しばらく沈黙した。


 そして答えた。


「言わねばならぬ」


 眠樹の精霊王が、夢の霞の中で囁いた。


「今、本人へ告げれば、背負う」


「そうだ」


「わたくしが邪神を上回らねば世界が終わる、と」


「そう思うだろう」


「そして、眠れなくなる」


「そうだ」


「食事も忘れる」


「そうだ」


「地上の危機を見つけるたび、修行を中断しようとする」


「間違いなく」


 赤樹の精霊王が、ため息をついた。


「あの子は優しいからな」


 白樹の精霊王は頷いた。


「優しい」


 影樹の精霊王が、薄く笑う。


「優しい神は危うい」


 黒樹の精霊王が、影の奥から言った。


「優しい神は、世界を背負いたがる」


 死者を見守る神が続けた。


「死者の痛みに触れれば、全て送りたがる」


 山の神が重く言う。


「民の苦しみに触れれば、全て守りたがる」


 火炉の神が腕を組んだ。


「剣を持てば、斬れるものを斬りたがる」


 白樹の精霊王は、静かに言った。


「だから、まずは過干渉を防ぐ修行として神域へ入らせた」


 青樹の精霊王が水面の声で言う。


「それは嘘ではない」


「嘘ではない」


「しかし神域は、いるだけで神格を削り、磨き、深める」


「そうだ」


「神眼制御も」


「神格上昇に繋がる」


「最低限介入の訓練も」


「神格の節度を作る」


「神剣同調も」


「剣神としての格を押し上げる」


「邪神問答も」


「世界外の理に呑まれぬための器を作る」


 火炉の神が、満足そうに槌を鳴らした。


「よい鍛え方だ」


「鍛冶に例えるか」


 赤樹の精霊王が言うと、火炉の神は当然のように頷いた。


「神格も鍛えるものだ。火に入れ、叩き、冷やし、また火に入れる」


 白樹の精霊王は、セレスティアを見た。


 神域で、彼女は見ない修行をしている。


 だが、見ないたびに、神眼の層は整っていく。


 動かないたびに、神格の輪郭は強くなる。


 背負わないたびに、神としての器は深くなる。


 それは、優しさを捨てる修行ではない。


 優しさに呑まれない修行だった。


 火炉の神は言った。


「しかし、あの剣神は気づくぞ」


 白樹の精霊王は頷く。


「いずれ気づく」


「神域での修行が、過干渉を防ぐだけではないと」


「そうだ」


「神格が上がっていると」


「そうだ」


「邪神を上回るために鍛えられていると」


「気づくだろう」


 竜の神が問う。


「気づいた時、告げるのか」


「告げる」


 白樹の精霊王は答えた。


「だが、今ではない」


 眠樹の精霊王が言う。


「いつだ」


「セレスティアが、見えるものを全て自分の責任へ結びつけなくなった時」


「はい」


「黒星が重くなる前に自分で止まれる時」


「はい」


「閃白が沈黙する前に、自ら怒りを芯へ沈められる時」


「はい」


「解白に過剰な責任を解かれる前に、自分で結び目を緩められる時」


「はい」


「その時に告げる」


 影樹の精霊王が笑った。


「つまり、まだまだ先だな」


 白樹の精霊王は否定しなかった。


「そうだ」


 会議の中央に、神域第一層の光景が大きく映る。


 セレスティアは、神眼制御を繰り返していた。


 千回。


 二千回。


 三千回。


 神域の時間は地上と同じではない。


 一瞬が長く、長い時間が一瞬に折り畳まれる。


 セレスティアは、見える世界を閉じる。


 そのたびに、わずかに神格が深まる。


 神々には、それが見えていた。


 剣神セレスティアの神格。


 破邪。


 葬送。


 守護。


 終焉。


 剣。


 その五つの柱が、まだ若い光を放っている。


 だが、神域に触れるたび、光は深くなる。


 優しさの光ではない。


 強さだけの光でもない。


 節度を覚えた神格の光だった。


 死者を見守る神が、静かに言った。


「葬送の神格は、深まり始めている」


 灰樹の精霊王が頷く。


「前世のセレスティアを眠らせたことで、死者を役目から解く意味を知った」


 死者の神は言う。


「だが、まだ全ての死者を自ら送ろうとする危うさがある」


「そこを鍛える」


 黒樹の精霊王が言った。


「守護の神格も危うい」


 山の神が頷く。


「守りすぎれば、守られる者は弱くなる」


 白樹の精霊王は言う。


「だから、守護に節度を与える」


 赤樹の精霊王が言った。


「終焉はどうだ」


 夜の神が答える。


「終わらせる力は、最も危うい」


 セレスティアの像の背後に、黒い線が浮かぶ。


 終焉。


 終わるべきものを終わらせる神格。


 正しく使えば、邪神の冒涜を終わらせる。


 誤れば、まだ終わるべきでないものまで終わらせる。


 夜の神は言った。


「終焉を持つ神は、忍耐を覚えねばならぬ」


 白樹の精霊王は頷く。


「そのための神域だ」


 火炉の神が、黒星、閃白、解白の像を見る。


「神剣はよく支えている」


「黒星は守護と終焉を支える」


「重く砕く剣だ」


「閃白は破邪と葬送を支える」


「清く祓う剣だ」


「解白は封じと縛りの結び目を解く」


「細く解く剣だ」


 火炉の神は楽しそうに笑った。


「三振りとも良い。実によい」


 白樹の精霊王は言った。


「だが、神剣へ直接力を注ぐことは禁ずる」


「分かっている」


 火炉の神は肩をすくめた。


「何度も言うな。あれはゴルドの剣だ」


「そうだ」


「神が鍛え直せば、地上の剣ではなくなる」


「その通りだ」


「だが、見るくらいはよいだろう」


「見るだけならば」


 火炉の神は、少しだけ満足そうに頷いた。


 竜の神が、神域の奥を見た。


「神域第一層だけでは足りぬ」


「当然だ」


 白樹の精霊王は答えた。


「第一層は神眼制御」


「第二層は」


「神格圧への耐性」


「第三層は」


「神剣同調」


「第四層は」


「邪神問答」


「第五層は」


「終焉の一太刀」


 神々の空気が重くなった。


 終焉の一太刀。


 邪神本体の中核へ届く最後の刃。


 それは、世界が十年かけて立ち、封印を補強し、死者の名を取り戻し、邪神の理を削り、その上でなお届かぬ一点に放つ刃である。


 それを放つのは、セレスティア。


 だが、そのためには、邪神の格を上回らなければならない。


 青樹の精霊王が言った。


「数年で足りるか」


 白樹の精霊王は答えた。


「神域の数年ならば、可能性はある」


「地上の数年とは違う」


「そうだ」


「だが、長く置きすぎれば」


「セレスティアが地上から離れすぎる」


「危険だ」


「だから、錨を持たせた」


 白樹の精霊王の視線が、セレスティアの手元へ向く。


 干し肉。


 硬焼きパン。


 豆の携行食。


 白樹の乾燥果実。


 神域に似合わぬ地上の食べ物。


 だが、それが必要だった。


 火炉の神が笑う。


「あの干し肉が、神格上昇の錨になるとはな」


「侮るな」


 白樹の精霊王は真面目に言った。


「地上の味は、現世神にとって重要である」


 眠樹の精霊王も頷く。


「夢も同じだ。神が神だけにならぬためには、些細なものが必要だ」


 死者を見守る神が言う。


「名も同じだ」


 影樹の精霊王が続ける。


「不名誉な呼び名もな」


 赤樹の精霊王が笑った。


「バカ姫か」


 白樹の精霊王は、厳かに頷いた。


「強力な錨である」


 火炉の神が大笑いした。


「神々の会議で、バカ姫が強力な錨と認定されるとはな」


「事実である」


 白樹の精霊王は真面目だった。


「セレスティアを神だけにしないための言葉だ」


 黒樹の精霊王が言う。


「神は名で縛られる」


「そうだ」


「剣神、現世神、切り札、最後の刃」


「はい」


「それらは重い名だ」


「そうだ」


「だから、軽い名が必要になる」


「そうだ」


「バカ姫」


 影樹の精霊王が、愉快そうに言った。


「実によい」


 白樹の精霊王は否定しなかった。


「よい」


 神々の間に、わずかな笑いが広がった。


 それは、ただの笑いではない。


 神々が、セレスティアを神だけにしないための錨を確認した瞬間だった。


 やがて、白樹の精霊王は、神域第一層を見つめたまま言った。


「いずれ、セレスティアは問うだろう」


 火炉の神が言う。


「この修行は、過干渉を防ぐためだけではないのですね、と」


「そうだ」


「その時、お前は何と答える」


 白樹の精霊王は、静かに答えた。


「答える」


 そして、ゆっくりと言葉を続けた。


「邪神本体を討つには、今のお前では足りぬ、と」


 神々は黙った。


「神剣は届く」


「はい」


「だが、剣神が呑まれれば終わる」


「はい」


「お前自身が、邪神の格を上回らねばならぬ」


「はい」


「だから、神域なのだ、と」


 眠樹の精霊王が問う。


「その時、セレスティアはどう受け取る」


「分からぬ」


 白樹の精霊王は正直に答えた。


「だが、その時までに、背負わぬ修行を積ませる」


「はい」


「世界を信じる修行を積ませる」


「はい」


「神剣が止める」


「はい」


「家族が待つ」


「はい」


「ゴルドが叱る」


「はい」


「ならば、受け止められる可能性はある」


 竜の神が、低く言った。


「可能性か」


「神々にも、確定はできぬ」


「そうだな」


「未来は、生きる者の選択で変わる」


「それが世界だ」


 神々は、神域で修行するセレスティアを見守った。


 セレスティアは、干し肉を噛んでいた。


 神域の白い大地で、剣神が干し肉を噛んでいる。


 その光景は、神々にとって奇妙だった。


 だが、同時に希望でもあった。


 あの剣神は、まだ地上の味を忘れていない。


 ならば、神だけにはならない。


 現世神として、世界に生きる者たちの最後の刃であり続けられる。


 白樹の精霊王は、静かに言った。


「鍛えるぞ」


 火炉の神が槌を鳴らす。


「鍛えよう」


 竜の神が頷く。


「邪神の格を上回るまで」


 死者を見守る神が目を伏せる。


「死者を眠らせるために」


 山の神が言う。


「生者が立つために」


 海の神が言う。


「世界が沈まぬために」


 夜の神が言う。


「終わるべきものだけを終わらせるために」


 白樹の精霊王は、神域のセレスティアを見た。


 セレスティアは、まだ知らない。


 自分が、どれほど高い場所まで登らされようとしているのか。


 自分の神格が、どれほど深く鍛えられようとしているのか。


 だが、今はそれでよい。


 まずは、見ても動かないこと。


 見えても背負わないこと。


 世界を信じること。


 その先に、邪神を上回る剣神への道がある。


 神々の本意は、まだセレスティアには伏せられている。


 それは欺きではない。


 背負わせすぎないための配慮である。


 そして同時に、神々の覚悟でもあった。


 若き現世神を、邪神を討つ格へ至らせる。


 そのために、神々は直接力を与えない。


 ただ、神域という炉に入れる。


 叩くのは、修行。


 冷やすのは、静けさ。


 研ぐのは、神剣。


 錨となるのは、地上。


 そして最後に。


 剣神セレスティア自身が、自らの意志で刃となる。


 白樹の精霊王は、誰にも聞こえぬほど静かに呟いた。


「折れるな、セレスティア」


 その声は、神域へは届かない。


 だが、黒星がわずかに鳴った。


 閃白も、淡く光った。


 解白も、細く震えた。


 三振りの神剣は、何かを感じ取ったのかもしれない。


 セレスティアは顔を上げた。


「何かありました?」


 黒星が答える。


『主よ』


「はい」


『食事を続けろ』


 閃白が言う。


『干し肉はまだ残っています』


 解白が続く。


『咀嚼、地上への錨』


 セレスティアは、少しだけ笑った。


「神域で干し肉を食べる剣神など、わたくしくらいでしょうね」


 黒星が低く言った。


『それでよい』


 閃白が澄んで続ける。


『それがよいのです』


 解白が淡く言う。


『維持推奨』


 セレスティアは、もう一口、干し肉を噛んだ。


 神々は、それを見守った。


 若き剣神は、まだ知らない。


 だが、その一口さえ、邪神を上回るための修行の一部だった。

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