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父――聯合艦隊司令長官本山大将の銃殺刑

 一二三(ひふみ)はすでに、焼け落ちた帝都の至るところで黒焦げになった遺体を目にしている。

 あれは酷い。

 あれは怖かった。

 なのに……。


 ――父の最期もこれら光景に負けず、惨たらしいものであった。


「――っ!」


 その瞬間。

 一二三は自身の想像とはまったく異なった現実に全身を戦慄させた。


 ――どう……して……?


 どうして父は、顔中を乱暴に殴られたような跡を生々しく残しながら目隠しをされて、大人の背丈よりわずかに高いだけの一本の丸太に両手を後ろ手にするように縛られているのだろう?

 その父を囲むように立つのは、長い銃を手にする死刑執行人。


 ――しかも、それはひとりではない。


 父ひとりに対して片指と等しい数で父を囲んでいる。

 そして、どこか興奮めいた醜い嗤いをこぼしながら銃をかまえて、父に照準を合わせている。

 それがひどく不快に思えたし、


 ――何より。


 処刑開始の合図とともに執行人たちが一斉に銃を咆哮させるが、彼らの腕が未熟なのか、それとも反して故意でのことなのか。

 無抵抗の父を一斉射撃したにもかかわらず、父を即死させるには至らず。

 そのせいで猿轡をしていな父は必死になって激痛の声を噛み殺し、楽には死ねないその時間に脂汗を浮かばせながら耐えるしかほかがなく……。

 そんな父の形相が一二三のまぶたを凍りつかせ、心臓を凍りつかせる。


「どう……して……」


 ――どうしてあんな酷いことをするのだろう。


 誰かに訊ねようと思い顔を上に向けて左右を見やると、同席していた帝国海軍の将校や士官たちは自分たちの上官である聯合艦隊司令長官に対するあまりの非道ぶりに、執行人に隠しようのない殺気を放っていた。

 さらにその上の海軍軍令部の上層部は、彼らの殺気に気圧され、いくつも撃ち込まれる銃弾に必死に耐える父を見ることもできず、すまなそうに目を逸らしている。


 ――どうして……?


 となりを見やると、普段は温厚な長兄さえも明らかに形相を変え、それでもどうにかして父が受けている屈辱に耐えていた。

 そして……。

 こちらで合流した次兄の蔽九郎(へいくろう)は、すでに全身で激怒をあらわしていた。

 どう見ても故意に致命傷から銃口を逸らして父をいたぶっている執行人たちめがけて跳びかかりそうな勢いだったが、同行する海軍次官に寸前のところで腕をつかまれ、辛うじてその場に踏み止まったが、激しく唇を噛んでいる。


 ――まだ少年の唇からは血が滲んでいる。


「これって……」


 これが大日本帝国陸海軍共通の軍法会議で定められた、正規の銃殺刑のないようなのだろうか。

 一二三が想像していたそれは、軍人がかつて武士と呼ばれていた時代より伝わる切腹に類似し、父が自身で手にしている銃をこめかみに当て、そして最後の決断で引き金に指をかける自決のようなもの。

 あるいは執行人の手によって一撃でその刑を終了させるのか、それが銃殺刑の内容だと思っていた。


 ――だというのに、何だというのだっ。


 この、虐殺まがいの実態は。


「――ッ!」


 激痛に耐えた父がようやくそれに乗り越えたようすを見せると、それを待っていたかのように、再度の撃ち方はじめ。


「――ッ!」


 これもあからさまな悪意があって、誰も脳や心臓をひと思いに撃ち抜いて楽にはしてくれない。

 父は耐えきった激痛にふたたび襲われ、食いしばる歯を圧で折り、唇を噛み裂いてしまう。


 ――酷い、酷いっ!


「お父さんっ!」


 そう声をあげて叫びたかったけれど、その口を暁久(あきひさ)の手によって塞がれてしまう。

 一二三は反射的に「どうして邪魔をするのっ」とその手に激しく噛みついたが、暁久は白い手袋を血染めにしながらもぜったいに一二三から手を放そうとしない。


 ――酷いっ、酷いっ!


 そうやって何度も、何度も。

 信じがたい屈辱でいたぶられる父の姿を目に焼きつけて、ようやくのことで最期の一弾――心臓を撃ち抜かれた父の最期を目にして、一二三はあまりの興奮と憤りで半ば意識を失いかけてしまう。


 ――お父さんっ、お父さんっ……!


 いったい、父が何をしたというのだ。

 たしかに祖国――大日本帝国を海洋より護る絶対の要である帝国海軍聯合艦隊司令長官でありながら、米国海軍による帝都大空襲攻撃の情報を察知し、迎撃に向かったものの、これと直截砲弾を交えるどころか、敵空母から飛び立った米国海軍大太洋艦隊の爆撃部隊を取り逃し、帝都に前代未聞の大空襲を与え、煉獄と変えてしまった。


 ――犠牲となった帝都民。


 十万人の無念を思えばこのように惨たらしい処刑の在り方もしかたがないのかもしれないが、でもそれは、父がこのように射殺される理由ではないはずだ。



      ■  ■



「――どうしてっ、どうして、どうして、どうして、どうしてっ!」


 処刑場からの帰路。

 この興奮状態ではとても母や十七郎(とおしちろう)が待つ母の生家には帰せないと判断し、このまましばらく預かると言った暁久に背負われながら一二三は泣き、何度も、何度も、憤怒を口にした。

 それに耐えかねて、暁久が静かに口を開いてくる。


「大日本帝国の双剣であるはずの陸軍と海軍。軍隊組織と言えばすべてがおなじようにも思えるだろうけど、そのじつ、陸軍と海軍は昔から酷く仲が悪い」


 幕府時代が終焉を迎え、帝国維新を成した後。

 当初帝国を護る要として「海陸軍」と称されていたものが陸軍側からの圧力によって「陸海軍」と改められたのが、因果のはじまりだっただろうか。

 帝国維新早々、陸軍主体の軍政が中国大陸に利権を求めて貪欲に溺れ、そのたびに海軍が日清戦争、日露戦争に引きずり込まれて仲違いに溝が深まっていったのか。

 それとも、理由などもうどうでもいい。

 どちらにとっても水と油としか思えなくなっているのか。

 考えれば考えるほど原因は単純なはずなのに答えが出てこず、


「……経緯も結論ももう相容れられない。そんな何かが確実におかしくなってきている帝国陸海軍のなかで、父さんは本来の帝国海軍軍人としてあるべき綱紀と己の魂を磨き、国を護れ、家族を護れと説いていてね。欲するは軍事力でも権力でも国力でもない、国と家族の安寧だ――って」


 その高潔さは帝国海軍そのものを象徴し、苗字を取って「本山幕府」とまで揶揄されて尊崇されてきたが、一方で、それだけに上層部の古老たちには煙たがられてきた。

 おなじように、その存在が陸軍からすれば疎ましく目に映ったのだろう。


 ――かがやく光が眩いほど、地に映る影もまた濃い。


 暁久はそんなふうに言う。


「あの銃殺刑の決定には、陸軍がかなりの圧力をかけてきたらしい。上層部はそれでも一応は庇ってくれた節もあったようだけれど、海軍としては敵艦隊の上空侵入を許してしまっただけに反論の余地もなくて」

「だから、お父さんはあんなふうに殺されたの? 痛い思いをいっぱして」

「……」

「それとも誰かが何かに失敗したら、みんなあんなふうに殺されちゃうの?」

「……」

「海軍はみんな、殺されちゃうの?」


 問うが、これに暁久は答えない。


 ――だが、その無言が答えなのだということを、一二三は悲しくも察してしまった。


 殴打の跡と、無数の銃創。

 激痛と格闘して折れた歯、避けた唇。

 おびただしい流血に汚れた父の身体は、どうしたらきれいにして棺桶に入れてやることができるのか。

 きっと坊主だってあの姿を見れば、経文を唱えるはずの口を開いたまま、動かすこともできないだろう。

 そんな父の遺体を母にはとてもではないが見せることはできない。


 ――そもそも。


 父の遺体を無事に棺桶に入れて、墓に入れて、きちんと供養することができるだろうか。

 敵艦隊の砲弾によって父を戦死に追いやられたのならいざ知らず、どうして同胞であるはずの陸軍によって父を失わなければならないのだろうか。


「お父さん……」


 ――これが、大日本帝国海軍陸海軍の本性なのだろうか。

 ――これが、戦争というものなのだろうか。

 ――これが、帝都大空襲に対する責任の取り方なのだろうか。


 もしこういった事柄が大日本帝国そのものを具現しているのだとしたら、この国はなんて恐ろしく悲しい、憤りに満ち溢れた澱みに穢されているのだろう。


 ――父の死がそれを語っているのであれば……っ。


 一二三は泣くだけ泣いて、目元を乱暴に拭う。


「ボク……」


 ――ボクは……。


 もう誰もあんな目には合わせない。

 兄も弟も、母も家族も、親せきも。

 友人も、隣家も、顔も知らぬ大日本帝国国民すべても……。


 ――そのすべてというすべてを護るのだ。


 悪しき穢れから。

 その穢れから生まれてくる大きな戦禍から。


 ――護って、護って。


 護らなければ、きっと誰かがあんなふうに死んでしまう。


 ――そんな姿はもう見たくない。


 父の遺言曰く、


 ――信念忠するは国家にあらず、人心と己が魂のためと心せよ。


 一二三はそれを誓い、胸に刻む。


「今度はボクが大日本帝国海軍聯合艦隊司令長官になって、みんなを護ってみせる――」

「一二三……」


 そして、父の魂は人心のために高潔であったことをあらためて伝えるのだ。

 父は銃殺刑で死ぬべき人間ではなかった、と。


 ――あいつらに思い知らせてやるのだ……っ。



《完》

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