再会 「王城への招待」
さい−かい 「再び会うこと」
シズルは再び王城に転移した。
といっても今回は召喚ではなく、王太子からの正式な招待だった。
シズルの書いた手紙をルカがいたく気に入り、彼女のたっての希望による招待だということだった。ルカの存在は未だ公には伏せられているので、その代わりに王太子名での招待となったのだった。
同伴者のジークハルトは渋い顔をしている。シルベスタは既に諦観の表情だ。
シズルは、ジークハルト経由で渡された招待状の差出人を確認し、その内容に驚いた。
綺麗なカードにお茶会への招待の旨が書かれ、聖女がぜひシズルに会いたいと言うので城まで来るように、と王太子からの厳命が添えられていた。
どうやらルカにすっかり骨抜きのルーデリックは、彼女のお強請りを断れなかったようだ。シズルの想像以上に、彼女の言動はルーデリックに対し影響力があるようだった。
ルカに強請られた時のルーデリックの渋い表情を想像して、シズルの溜飲はほんの僅かに下がった。
当初、招待されてたのはシズルだけだった。
しかしジークハルトが、危なっかしくてとてもじゃないがシズルひとりでなど向かわせられない、と強硬に反対して同行することになった。そうすると必然的に、シルベスタもジークハルトの護衛騎士として付き従うことになり、いつもの三人組での登城となった。
三人は、王城にある転移の間から控えの間へ移動して、次の案内を待っているところだった。
「お前やっぱりあの手紙を出したのは、嫌がらせだったんじゃないか」
ジークハルトの言う通り、シズルがルカに日本語で手紙を書いたのはルーデリックに対するちょっとした嫌がらせだった。
自分には理解できない手紙に疎外感でも味わえばいい、程度の軽い気持ちで書いたものだった。
まさかルカが会いたいとまで言いだすとは思っておらず、しかもシズルを嫌悪しているルーデリックが、それを許可するとも思っていなかったのだ。
ジークハルトやシルベスタまで登城する羽目になったのは不可抗力であった。
「嫌がらせとか何のことですか? いつもやたらでかいだけのむさ苦しい野郎どもに囲まれて、華やかさとか癒しとか、皆無な生活を送ってますからちょうどよかったです。瑠花ちゃん、可愛いですから今から楽しみですねー」
「でかくてむさ苦しくて悪かったな」
ジークハルトがむっとして言った。
シズルだって本当はちっとも楽しみなんかではない。寧ろ『厄介ごとセンサー』がびしびし反応しているのを感じている。
「そういうシズルだっていつも殺伐としてて、華やかさとか癒しとか無縁じゃないか」
「何言ってるんですかシル。一部の人からは癒されると評判なんですよ私」
「警備団長だな、何て奇特なやつだ」
「料理人もですよ。あの人たちは子供好きですからねー」
残念なことに、ジークハルトとシルベスタは、シズルの良さが理解出来ないようだった。
三人がわいわいやっていると、控えの間にルーデリックとその従者が姿を現した。
「お待たせして申し訳ありません」
シズルの想像通り、とても渋い顔で嫌そうにこちらを見ている。その期待に答え、シズルは嫌われついでに一応先制口撃をしておくことにした。
「ご無沙汰しております殿下。この度は下賤な異世界人で只人の私めを、温情でもって、こんな素敵なお城にお招きいただき、とても感謝しております。本日はどうぞお手柔らかによろしくお願い致します」
シズルの挨拶にルーデリックは益々渋い顔になった。
ジークハルトは今日も絶好調だなと呟き、シルベスタは同情を込めた目でルーデリックを見ていた。
しかし今回は、王城での対面なこともあってか、ルーデリックは冷静を保っていた。さすが王族、脳筋とは一味違うとシズルは感心した。
ルーデリックはシズルを無視して、叔父であるジークハルトに向かって挨拶した。
「叔父上、この度は急な申し出をお受けいただき感謝しております。叔父上とシルベスタはこの者があちらの別室へご案内します。た、シズル殿は、私が聖女ルカの部屋へ案内するのでこちらへ」
只人、と言いかけたのを何とか持ち直し、ルーデリックはシズルのことをちゃんと名前で呼んでみせた。
だがジークハルトは、シズルと別行動になることを訝った。
「ルーデリックどういう事だ。我らが一緒では何か問題でもあるのか?」
「そうではありません。聖女ルカが、久し振りに同郷の者とふたりきりで、遠慮気兼ねなく話がしたいと言っているのです。彼女はとても繊細で、初対面の者が同席すると怯えるのです。どうぞお察しください」
「しかしな」
「ご心配には及びません。私がルカの側におりますので」
んん?!
シズルは思わずルーデリックを二度見した。
ついさっきふたりきりで、と言ったはずなのに、自分はしっかり同席するつもりらしい。しかも『心配』とはどう言う事なのか。今の言い方ではまるで、シズルがルカに何かしやしないか心配だから側にいる、と言っているようなものだ。
とても心外だった。
シズルにとっては、自分を嫌悪しているルーデリックが同じ部屋にいることのほうがよっぽど心配だった。寧ろ安心できる要素が何ひとつないではないかと思った。
ジークハルトもシズルと同じ感想を抱いたのか、難色を示した。
「ならば、会う場所を中央庭園にすれば良い。あそこの四阿にシズルとルカ殿、四阿から少し離れた場所に我々の席を設ければ、様子が窺えるし問題無いだろう」
「・・・わかりました。すぐ準備をさせましょう。もう暫くお待ち下さい」
チャラ男にそこまで警戒されて、それでも、というほどルカに会いたいわけでもなかったシズルは、既に帰りたくなっていた。
四阿で先に待っていたシズルのところに、ルカが花が綻んだような笑顔で駆け寄ってきた。
「はじめまして、っておかしいですね。会えて嬉しいです、静流さん」
ルカは薄い緑のドレスを着ていて、ウェーブした栗色の髪には小花が飾ってあって人形のようだった。髪も肌も艶があり、ここで大事にされているのがよく分かる。
対するシズルの方は、いつもの侍従もどきのパンツスーツ姿だったが、今日だけは胸元にアスコットタイが結ばれている。
浮かれて駈けたことが恥ずかしかったのか、聖女ことルカは可愛らしくはにかんだ。
「静流さん、でいいですよね? ちょっと馴れ馴れしいですか?」
「もちろんいいですよ。私は瑠花ちゃんて呼んで良いですか?」
「わたしもその方が嬉しいです。その、聖女様って呼ばれるのまだ慣れなくて。それにもっと気安く話してください。わたしの方が年下なんですから」
確かルカにも魔力はなく、シズルと同じ只人だったはずだった。
しかしルーデリックは、あくまでもルカが聖女だと言い、どうやらルカ本人にもそう信じ込ませているようだった。
「癖というか、私はいつもこんな感じなんで気にしないで下さい」
シズルはちらりと四阿の外を見る。
声は聞こえないが、姿と表情は確認できるほどの距離に、男が四人集まっている。ジークハルトとルーデリックは対面で着席し、シルベスタとルーデリックの従者は、それぞれの主の背後に立っている。
ルーデリックはこちらを、というかシズルを睨んでいる。ジークハルトはというと、素知らぬ顔でのんびりとお茶を飲んでいる。
やれやれと思いながらシズルはルカに視線を戻した。
「あの後、ずっと静流さんがどうしてるのか気にはなっていたんです。でも危ないからって外には出してもらえないし探す方法も分からなくって、本当にごめんなさい」
そう言ってルカはしょんぼりする。
この子は本当に優しい普通の女の子のようだ。
シズルはルカが本物でなくても、聖女の扱いを受けていて本当に良かったと思った。この子が只人として、シズルと同じような扱いを受けていたら、それこそどうなっていたか分からない。
「瑠花ちゃんのせいじゃないから謝らなくてもいいですよ。それより気にしてくれてありがとう。瑠花ちゃんだってひとりで不安だったでしょう?」
「最初はそうだったけど、ここのみんなやルークに良くしてもらってるから」
ルーデリックのあの勢いで想いが一方通行だったら、監禁でもされているのかもしれないと危惧していたが、結構上手くやっているようでシズルは安心した。
「静流さんは今どこに住んでるんですか?」
「今はあそこにいる黒髪のでかい人に、仕事をもらってお世話になってます。後ろの金髪の人が同僚? になるのかな」
「すごいです! やっぱり大人の女の人はちゃんとしてるんですね。それでそのお仕事ってなんですか? お邸で働いてるんですよね? 静流さん、家事でもなんでもできそうですもんね」
ルカは好奇心いっぱいで次々とシズルに質問を投げかけてくる。
「家事は得意じゃないので、侍女みたいなのは無理ですよ。幸い格闘技とかやってて身体を動かすのが得意なので、それを活かした仕事をしてます」
実際はこの態で大男のジークハルトの護衛官で、最近は兵士や魔導士をぶっ飛ばしましたとは言えず、素直な賞賛の視線が痛いシズルは、詳細は伝えずぼかして話した。
「え、格闘技とかすごいです! 強いんですか? それに静流さんスレンダーだし、スーツ姿だと男装の麗人みたいでカッコいいですもん! カッコよくて強いとかまるで物語の王子様みたい!」
本物の王子様は凄い顔でこっちを睨んでますが、とシズルはちらりと向こうのテーブル席を見る。
ルカは興奮して目をキラキラさせて、こちらに迫る勢いで話しかけてくる。ルカにそんな目で見られていることを、あっちの赤毛に知られたら大変なことになりそうだとシズルに危機感が募る。
シズルは慣れない誉め殺しと女子高生パワーに圧倒されていたが、ふと思った。
ルカは、今のこの状態をどう考えているのだろうか。
元の世界の日常の延長上として、異世界を認識しているのか、それともこの期に及んでもまだ、ふわふわと夢の中にでもいる感覚で、いつかは元の世界に帰れると思っているのか。
シズルはそれが気にかかった。
「あ、そうだ! この世界では、魔術でなんでもできて凄いです。火をおこしたりするんですよ、見たことありますか? それにわたしも頑張れば魔術が使えるようになるんですって。よくわからないけど、聖女は癒し? の力があるって言われて。静流さんは魔術が使えますか? 格闘技が得意だから攻撃魔法とかですかね。だったらこの世界では勇者になれたりして。わたしが聖女で静流さんが勇者とか、ふふ素敵ですね」
ああ多分この子は何も考えていない、とシズルは思った。
自分もいつか魔術が使える、自分は聖女だとルーデリックに言われたことを疑いもせずに信じ込んでいる。
ルカからは危機感がまるで感じられなかった。確かにふわふわして可愛いし癒されるけど、もう無理だと思った。
シズルは決して善人ではない。
ルカが自分で気づいて、自分で何とかする気がない限り、わざわざ自分から手を差し伸べてまでは何かをする気はなかった。
ルカと話してると現実感が遠のくような気がして、シズルはなんだか堪らなくなった。腹の底に得体の知れない重いものが溜まっていくようで、不快感が増してくるのを感じていた。
でかくてむさ苦しくても構わないから、あっちのテーブルに混ざりたいと願った。
しかし、どうやらその願いは叶いそうになかった。
男四人の居るテーブルが俄かに騒がしくなったのだ。




