衝突 「ぶつかる」
しょう−とつ 「辺境伯VS王太子、甘さとの決別」
シズルとルカは楽しそうに会話をしている。
シズルの無表情は健在だが、会話は弾んでいるのかルカの楽しそうな笑い声が微かに聞こえてくる。
ジークハルトは、正面に座っているルーデリックの視線が、ずっと四阿から逸らされないのは分かっていたが、素知らぬ顔で茶を啜っていた。
これはやはり問い質す必要がありそうだ。
今ここにはルーデリックの取り巻き連中の姿はない。
ジークハルトは無駄だとは理解っていたが、他の邪魔が入らない、今が好機だと思って話し始めた。
「ルーデリック。お前はルカ殿をどうするつもりなんだ」
ルカ、の言葉に反応して、ルーデリックはジークハルトに視線を向けた。
向けられた顔は僅かに眉が顰められていた。自身が信じている聖女を、ジークハルトが頑なに『ルカ殿』と呼び続けることに、僅かに苛立っているようだった。
「どう、とは?」
「そのままの意味だ。この度の聖女召喚は失敗したと聞き及んでいる。あそこにいるのは異世界人の只人、ルカ・シノミヤだ」
ジークハルトがはっきりと、ルカを『只人』と呼んだことにルーデリックは僅かに怯んだ。
「それは。しかし未だ兆しはありませんが、ルカは聖女に間違いありません」
「間違いがあろうがなかろうが、そんなことが問題ではない。仮に本物の聖女だとしても、そのルカ殿をどうするつもりなのかと聞いているんだ」
あくまでもルカを聖女だと言い張るルーデリックに、ジークハルトはゆっくりと言い含めるように話を続ける。
「知っているだろうが元々聖女というものは、滅びの危機の時に招聘され、教会で祈りを奉じその光の力で国を救うとされるものだ。お前個人が抱え込んでひとつところに留め置く性質のものではない」
「別に抱え込んでいるわけでは」
「城から出さず、教会にも行かせず、何時もお前が側から離さないのにか?」
「ルカは未だこの世界に慣れていないので私が」
「ルーク」
ジークハルトは溜息をついた。
「今回お前のやった事は独断で、しかも王に秘密裏に行われた。こんな事は到底、看過出来るものではないが、今更なかった事にもできない。それで? 未だ何処にもあきらかにしない存在の、その聖女ことルカ殿が、この世界に慣れたらどうするのだ? 特に役目もないからと、城から市井に放逐するのか?」
「私はルカを城から追い出したりなどしません!」
「では何もさせずただ与えるだけで、このまま城で飼い殺しにでもするというのか? 何も為さない『偽りの聖女』は只人と何ら変わりはない。そのような者を、城にただ留め置くなど、王族だろうが何だろうが、誰からも支持も許可も得られんぞ」
黙り込んだルーデリックがいずれは、と考えているであろう事にジークハルトは釘を刺した。
「この際だからはっきり言う。いくらお前でも、そのような者を娶る事は許されんぞ」
「そんな!」
「では愛人にでもすると言うのか? 少し頭を冷やせ、ルーク。お前は時期国王だ。気に入ったからと言うだけで、簡単に婚姻など結べる訳がない。そもそも、肩書きだけの『偽物の聖女』の身分など誰が補償するんだ? お前はシズルを、身分のない只人の異世界人だと言ったが、今のルカ殿も同じ事ではないのか?」
「ルカは只人ではありません聖女です! あんな気味の悪い女とは違う!」
やはり今の逆上せ上がった状態では、何を言っても聞く耳を持たないらしい。
どうしたものかとジークハルトが思案していると、背後から急にのんびりとした声がかけられた。
「何の騒ぎです?」
振り返らずともこの声はシズルだと分かった。
何とも間の悪いことだと、ジークハルトは頭を抱えたくなった。
「あまりにも大きな声で騒いでるので、瑠花ちゃんがびっくりしてますよ」
「ルカチャン、だと?」
ルーデリックが剣呑な声で尋ねた。
その時、シズルの後ろから小さな頭がひょっこり覗いた。確かにルーデリックの好みそうな、仕草の可愛らしい少女だった。
ルカはシズルの隣に来るとするりと自らの腕を絡め、上目遣いで下から見上げるように尋ねた。
「静流さん、なんだったんですか?」
仲の良い姉妹か恋人にするような、シズルに対するルカの仕草を見せられ、ルーデリックの顔が驚愕に歪んでいる。
いつの間にそんなに仲良くなったのかと、ジークハルトも驚いた。
が、シズルは珍しく困っているようで、言葉にいつものような切れがない。
「あ、うん。何だか喧嘩になっちゃったようですね。それより瑠花ちゃん、ちょっとその手を離して貰えますか?」
「ふふ。いいじゃないですか、女の子同士なんだし」
ルカはシズルの腕に益々ぎゅうぎゅうしがみつく。
「いや、あのね。あっちの赤いのが凄い顔になってるから、ね?」
それは火に油を注ぐ行為だと、ジークハルトはシズルに言いたかった。
実際、ルーデリックの顔は驚愕と嫉妬と怒りで、真っ赤になっている。
ジークハルトは、それ以上ルーデリックを刺激しないよう、シズルに視線で話しかけたが勿論通じる訳がない。
「静流さんも最初から、お城に住めばよかったのに。そうすれば毎日一緒で楽しいのに、なんでよそに行っちゃったんですか? 静流さんは素敵だから、ここでもきっと人気者になりますよ」
ジークハルトはシズルの何処が素敵なのか、ルカに是非とも聞いてみたかった。
シズルが城から放逐された理由を知らないルカは、ずっとシズルにしがみついたまま楽しそうに話している。なんとも緩い雰囲気で癒されるといえばそうなのかもしれないが、ルーデリックが殺気を放っている今はそれどころではなかった。
「・・・貴様、今すぐルカから離れろ」
シズルに絡みついているのはどう見てもルカの方だが、ルーデリックには関係ないらしい。
何だか変な方向に、話が進んでいるのを感じたジークハルトは、ルーデリックの説得はさておき、これはそろそろ帰ったほうが良さそうだと考えた。
「シズル、話は楽しめたか? そろそろ失礼して邸に戻ろうか」
「ええっ?! まだいいでしょう静流さん。なんだったら今日は私の部屋に泊まってください。そうだわ! パジャマパーティーしましょう静流さん! いいでしょう? ルーク」
「ルカ?!」
空気の読めないルカの発言に、ルーデリックが驚いた声をあげる。ジークハルトも驚いた。
シズルをルカの目の前から排除したかったルーデリックだが、ルカの一声に心が揺らいでいるようだった。ジークハルトもルーデリックの悪意がこれ以上シズルに向けられることは避けたかった。ジークハルトもルーデリックもこの場をなんとかしたかったが方法が思いつかない。
そんな時、興奮しているルカに、静かで冷たい言葉が投げかけられた。
「悪いけど無理です。それにもうここには来ません」
シズルが自分の腕から、ルカの手をゆっくり引き剥がした。視線をルカに向けたまま、諭すように話し始めた。シズルから笑顔は消え、いつにも増して感情の読めない無表情な顔になっていた。
「自分から望んでではなかったにせよ、私は既にこの世界で生活して仕事も与えてもらっています。ですからあなたの都合にばかり合わせる訳にはいきません。今回のように、いきなり呼びつけるようなことは困るんです。それに私は本来、簡単に王城に出入りできるような身分じゃないんですよ。この世界では」
「そんな・・・! 身分なんて関係ないです、静流さんは同じ国の人だしお友達です! お友達ですよね? 大丈夫ですよ、ちゃんと頼めばお城に入れてもらえます。ね、ルーク」
シズルの急な態度の変化に事態がよく飲み込めないのか、ルカは両手を胸の前で組んで、訴えるようにシズルとルーデリックを交互に見ている。だがシズルの表情は変わらない。
「瑠花ちゃん、あなたは何故、何のためにここにいるんですか? あなたはこの『現実世界』でどうなりたいんです? これから先もずっとそこの王子様に面倒を見てもらって、何にも疑問を持たず流されるまま何も為さず、一生夢のような魔法の世界でふわふわ生きていくんですか? 残念だけど、私はあなたのそんな夢の世界には付き合えない。私にはそういうことは無理です、できないんです」
静かに話すシズルの言葉の意味が染み渡るようにゆっくりと伝わったのか、ルカの顔がだんだん強張っていき、やがて身体が小刻みに震えだした。
「瑠花ちゃん、いえ篠宮さん、今日は楽しかったです。お招きありかとうございました。御機嫌よう、お元気で。・・・さようなら、失礼します」
シズルは綺麗な礼をした。
唖然としていたルーデリックが、立ち尽くしたまま真っ青な顔をして震えているルカに、あわてて駆け寄って行く。
ジークハルトは何も言えなかった。
全く熱が感じられない言葉や、冷たく突き放す言い方は酷くシズルらしくないと思った。
シズルは踵を返すと、そのまま振り向かず庭園から出て行こうしていた。ジークハルトはそれを尻目に辞去したが、ルーデリックは震えているルカの肩を抱いたまま、こちらを振り向こうともしない。そして。
「あれはルカの心を乱す魔物だ」
庭園を出る寸前、地の底から湧き上がるようなルーデリックの呟きが、ジークハルトの耳朶を打った。




