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火星の雪  作者: 上泉護
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弔い

ブロディはスペースポートのターミナルビルに向って、広い滑走路を歩いていた。

マスバレットシャトルから立ち昇る煙は昇る事無く横にたなびき、地面を這う様に漂っている。

冷たくツンとくる空気に、刺すような煙の臭いが鼻をついた。

そんな中、多くの人達が同じ様にターミナルビルへと歩いている。

火星に来ていきなりの事故に驚きもしていたが、特にけが人もなく大した事のなかったことに安堵している様で、皆の顔には笑顔が見え無事を喜びあっていた。

そんな中、一人寂(ひとりさび)しげに歩くブロディは、煙越しに見えるはる彼方(かなたのオリンポスの(いただき)を見るとはなしに見ていると、

「あの・・さっきの・・・」と声をかけられた。

あの少女だ。どうやら助けてくれたブロディを探していた様だ。

ジーンズに白いシャツ、美しく整ったまだ幼さの残る顔の後ろで束ねたブロンドの髪が、冷たい風に揺れていた。

「先程はありがとうございました。助かりました」とマリアは頭を下げ言った。

マリアを見たブロディは一瞬、死んだ妹に見えた。

似てはいないが雰囲気が似ていた。

そしてこの美しい少女がなぜさらわれそうになったのか疑問を持った。

「あいつらに心当たりはあるのか?」

マリアは今あらためて助けてくれた人を見ると、まだ若く少年から青年になったばかりといった感じの、全身がバネの様な躍動感と、どこかそれと相反する寂しげな様子が印象的だと思った。

マリアより頭一つ大きな体に、厚手で紺色の作業ズボンとカーキ色のジャケットを着こんでいる。

「わからない事ばかりなんです・・なぜ私をさらおうとしたのか・・・」

寒さと恐怖から身をすくめ両手で自分の二の腕を掴んだ。

「ここは寒すぎる。ターミナルビルに行こう。そこで今回の事を相談したらいい」

ブロディは自分の着ていたジャケットをかけてやった。

Tシャツ姿の筋肉質のガタイが(あらわになるが、大して寒そうでもなかった。

「ありがとう・・」二人は並んで歩き出した。

「ここで働いているの?」と聞いたマリアに、ブロディは面倒くさそうに

「あぁ」と短く答えた。

「ご家族はこの街に?」

人付き合いが苦手な彼は面倒くさくなってきた。

それ以前に全ての事が・・・なにもかもが面倒くさかった・・・

「死んだよ。これから帰って妹を埋葬する」

マリアは絶句してしまった。

なんと言えばいいのか・・・地面を見つめた。

「あの!私も葬儀に参列していいですか?邪魔にならない様にしてるんで・・」咄嗟にそんな言葉が口をついた。

”なにを言いだすんだこの女は・・”とブロディは思ったが、妹に罪はない。全て親父が悪いんだ。

こんな火星にこなければ妹だって死ぬ事はなかった・・・

妹の”死”を悲しみ、(とむらいに参加したいと言うなら、妹も喜ぶのではないか?と思った。

「好きにしな・・ただ穴を掘って埋めるだけだぜ」

「葬儀社に連絡とか?・・」驚いてマリアは聞いた。

「しない。火星ではこれが普通の事だ。死人が多すぎるのさ・・」

葬式は金持ちがする事だ。とういう言葉を彼は飲み込んだ。

ギリシャのパルテノン神殿を思わせる大きなターミナルビルの前では、事故にあった搭乗者達とそれを出迎える人達でごった返しになっている。

それらの人々をかきわけターミナルビル内に入ると、先についていたエヴァンスと、保安官のジャック・シュワルツが近づいてきた。

「その()か?」とエヴァンス。

「あぁ、名前は・・」と言ってからまだ聞いていない事にブロディは気が付いた。

「マリア・ウィンフィールドです」彼女は名乗った。

「ちょっと話をきかせてくれ、それとブロディ、妹さんの事ちゃんと届け出ろよ」と付け加えた。


話す事といってもなにもなかった。

2人連れの男が彼女を拉致しようとした事だけである。

マリアは聞かれるままに火星に来た目的と、祖父の死について語った。

「わかった。身代金目当ての誘拐の線だろう。とにかく人の多い所を選んで移動する様に気をつけなさい」

現状で被害はまったくない状況で、警察が動く訳にもいかない。とでも言うかの様に保安官のジャックは結論づけた。

しかし彼等はあまりにも事の重大さを軽視していたのである。

ケビンに会社のWRを借りて、マリアとブロディは彼の家に向った。

本来一人乗りのWRだが、座席の後ろのスペースに人が乗る事が出来る。

マリアは膝を折って乗り込んでいる。

「せまくないか?」

「大丈夫です」マリアがニコっと笑った。


彼等はスペースポートから北へ5kmの所にある高台の見晴らしの良い両親の墓の隣にWRで穴を掘った。

WRなら人ひとりの穴などあっという間に掘る事ができる。

地面に毛布を敷き詰め、妹のサラを寝かせる。

ブロディとマリアは手で少しづつ土をかけ埋めた。

鉄骨を針金で十字に固定したものを墓の上に立て、しばらくの間、彼等は無言で立ち尽くした。

日が暮れ始めた火星の大地を遠くまで見渡す事が出来る。

この高さまで来ると砂嵐は殆どなく、すき通った大気がさらに心を冷たくさせた。

”地球を離れなければこんなに早く死ぬ事もなかったろうに・・・”

枯れ果てた涙と言葉にならない思いに、呆然と立ち尽くすブロディを冷たく強い風がなぶっている。

天涯孤独になった寂しさは、なった者にしか本当の気持ちは分からない。

ぽっかりと穴の空いてしまった心の奥底にある、不安と恐怖と死への渇望。

同じ境遇のマリアは、それを痛い程知っていた。

ブロディの背中を見ていると、彼をほっとく事が出来なくなってしまった。

「冷え込みが厳しくなってきたね・・・とりあえずWRにもどりましょう・・・」

とブロディを気遣って長い沈黙を破った。

そこにマリアがいる事をすっかり忘れてしまっていたブロディは、はっとして彼女を見た。

赤い土に汚れた手、顔にも赤い土がついている。

ブロンドの髪を風になぶられながら、夕日越しの彼女は幻想的に美しかった。

「ありがとう・・」自分でも不思議ながら感謝の言葉が口をついた。

ブロディは妹を一緒に(とむら)ってくれた事に心から感謝した。

本当に救われた想いだったのだ。

岩がごつごつとした足場を、2人は手をとり助け合いながらWRに戻った。

WRを起動させると温風が吹き出し、冷え切った体にその時気が付いた。

膝を折って座席の後ろに収まっているマリアに向って、先ほどと同じ言葉だが心がこもったまるで別のような言葉をかけた。

「せまくないか?」マリアはまたニコッと笑って

「大丈夫」と同じ言葉をイントネーションを少し変えて言った。

人と人が心を通じさせた時の嬉しさがブロディの目を自然とうるませる。

それを隠そうと前に向き直ったブロディの視線の先に、近づいてくるライトがあった。

「こんなところにWR?違う!バトルローバーだ!」ブロディは声をあげた。

バトルローバー(BR)とは戦争用に開発された戦闘兵器である。

ワークローバー(WR)より人型に近いフォルムをしていて、WRとBRとでは軽自動車と戦車ほどの違いがある。

立ち上がったサイの様に見えるBR三機が、あきらかな意志を持ってこちらへと近づいてくる。

「まずい!さっきのやつらか?軍関係者だったのか?」

ブロディはとっさに逃げ道を探す。

ケタ違いのパワーを持つBR相手に、上へ逃げたのではいずれ追いつかれてしまう。

サラの墓の横をすりぬけ、道なき斜面にWRを滑走させた。

ブロディは大きな岩を避けながら巧みに操り滑り下りていく。

BRは3機だった。同じように斜面を滑り下りて追いかけてくる。

マリアの顔が恐怖にゆがんだ。

まるでスキーの様にWRの膝で衝撃を吸収しながら、あざやかにすべり下りて行く。

BRの1機がバランスを崩して転倒した。

その時、WRのすぐ横に着弾し岩が粉砕された。

別の1機が発砲してきたのだ。

フロントガラスに飛び散った岩の破片がバチバチと当たる。

バランスを崩しかけたがすぐに持ち直した。

あまりにも鮮やかなブロディの操縦に業を煮やしたのか、1機が停止し膝をつき、狙いを定めて発砲してきたのだ。

立ち上がった機体が、頭部の二つ折りの砲身を”ガツンッ”という金属音と共に接続、伸ばした。

腰を落とし反動に備える。

爆音と共にBRを中心に衝撃波が地面の石を跳ね上げ、砲弾の光跡がブロディ達のWRを襲う。

空気を震わせてWRのすぐ上を飛び抜けた。

追いかけてきていた1機がバランスを崩して転倒した。

道に戻ったブロディ達は街に向う。

2発3発とWRの近くに着弾し赤い土と岩を巻き上げたが、それらを(かわ)しながらどんどん距離をあける事が出来た。

精神的に荒れていた少年が、自暴自棄になりながら乱暴に操作していた技術が今生きたのだ。

とりあえず逃げ切る事が出来た。

すでにBRは視界には入らない。

「あいつらスペースポートからつけてきやがったんだ」

「どうして私を・・・」

「考えるのは後だ、とにかく身を隠すのが先だ」

家に戻り、なけなしの荷物と現金を持ち出して、再びWRでスペースポートへと向かった。

とにかくそこが一番安全だと思えたからだ。

スペースポートに着くと、顔見知りの守衛がすぐに通してくれた。

WRを降りターミナルビルに入ると、まだケビンが残っていた。

「ブロディどうした?そんな汚れた格好で?」

彼は彼なりにブロディを勇気づけ様としていたので、明るく聞いた。

「あいつらにまた襲われた!BRまでかりだしてきやがった」

「なんだと!なんっ・・・」爆発音が守衛所の方でした。

窓越しに火柱が上がっているのが見える。


「あいつらだ!」ブロディは叫んだ。


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